第二話
それは高さ7メートルほど。白くすべすべとした石の剣。同じく石製の台座があり、それに突き刺さってるように見える。台座と剣では少し色が異なっていた。
「巨人族?」
「はい、偉大な力を持つ方々だったそうです。人々の祈りを受けて降り立ち、人々に知恵や技術を与え、時には自ら剣を振るって人々を守ったと伝えられます」
なるほどこれも宗教か。巨人というモチーフは上古の時代には星皇銀河にも見られたはず……まあ大きい人間は偉大だというシンプルな発想だな。
「数千年前、世に悪しき竜の跋扈せし時代のことです。その時からこの村を見守っているのです」
「……数千年? 見たところただの石材に見えるが、とてもそんな古いものには……それにリュウというのは何のことかな」
「竜は悪しき存在です。竜使いに支配される竜もいますが、この村にも時々、はぐれ竜が……」
があん、と金属質の重低音が鳴り響く。
急な音だったためにスーツが音紋を自動分析。今のは金属板を木製のハンマーで殴りつけた音だ。
なぜそんなことを? まさか敵襲警報のようなものか? 村の住人に警戒を走らせるための音?
「はぐれ竜が出たぞー!!」
女性の声。続いて木戸が閉まる音が連続する。シールが声のほうに駆け出す。
「あっ、待って!」
があん、と金属音は連続している。悲鳴や金切り声、そして地響きの音。
「シール! 戻ったか!」
「村長様……村に竜が出たのですか」
「いま毒餌を用意している、だがコルカナとエイミが……」
シールに追い付く。
二十軒ほどの木造建築が集まった小さな集落。周囲は身の丈ほどの柵で囲まれている。
住居はいずれも高床式。その一つにかなり高齢の男性がいた。あれが村長だろうか。
そして見た。村の中に巨大な何かがいる。
大きさは20トン級の輸送車ほど。膨らんだ胴体に無数の鱗。印象としてはセンザンコウかアルマジロに近いか。
そいつは鼻っ柱を建物の一つに突っこんでいる。建物はギシギシと悲鳴を上げ、中から女の子の悲鳴が。
「あれは……まさか恐竜? 大型の爬虫類? この星の原生生物か」
襲っているのは窓のない箱状の建物。ごふうと空気を吐き出す音や、激しく首を動かして入り口を押し広げんとする気配がある。
村の住人たちは雨戸を少し開けて様子を見ていたが、一人が家を飛び出してシールに駆け寄る。
「シール、家に入って」
「メリオ! 中に子供がいるの!?」
「そうみたい、二人が咄嗟に倉庫に逃げて……」
子供が……。
「ナオ様、ここにいてください」
「え……」
シールは僕を置いて村の中央へと走り、持っていた鈴付きの杖で地面を打ち据える。
「なっ……」
あの原生生物の気を引く気か。無茶な、もし首を抜いて君を見つけたら……。
くそっ……武器。個人兵装はナイフだけか。
「シールやめて! いま毒餌を持ってくるから!」
「間に合わない! 少しでもこっちに気を向けないと!」
どうする――。
座学で受けた法の知識が思い出される。
未登録文明への接触は軍務遂行のため仕方ない。だが原生生物のうち大型獣の殺害は違法だ。生態系にどんな影響があるか分からない。それに僕は異邦人であり、この星に必要以上に干渉するわけには。
竜が荒ぶる。地面を打つ鈴の音が響く。
ある瞬間、竜は動きを止めてその首を抜く。鰐とトカゲの中間のような口から多数の牙がはみ出し、それが唾液を垂らし――。
「来い! ベーシックE-2876!」
どがあん、と強烈な爆発音が山々に響く。ベーシックの自己射出によるものだ。脚部の薬圧サスペンションを全開にし、重量2.4トン。体高8.8メートルの体を2キロほど飛ばす。
そして来る。スラスターをふかしつつ村の空き地に、手足のサスペンションを駆使して四つ足での着地。もうもうと砂塵が舞い上がる。
村人たちが仰ぎ見る、それは白い巨人。
人間の肉体を模してはいるが、全体的に四肢が太くずんぐりとした体形。各種センサーを内蔵している頭部はさらに大きくアンバランスな印象だが、すべての武装が剥がれている状態だから仕方ない。大気圏突入の際にほとんどの火器を離断したし、増加装甲も根こそぎ剥がれてしまったのだ。
それはまるで白いマネキンのような、人間のデフォルメのような姿に見えただろうか。
僕は開いた胸部から乗り込む。ハッチが閉まり、シートに腰を下ろすと同時に全方位モニターが展開。空に浮く椅子に座っている心境。
竜が吼える。およそ生物の声とは思えない重低音。村を囲む森がおぞけのように震える。
「駆動限界……48秒か、Cエナジーがまるで溜まってないが……」
竜が迫る。大地を踏み鳴らし腹で地面をこすり、その太い体の先には細身の頭部、それで僕に噛みつかんとする。
「なめるなよ、しょせん生物だろうが……」
僕は右腕を真上に。重量にして120キロ以上の拳を握る。
竜が組みかかる。その重量でベーシックを押し倒さんとする刹那。全身の駆動系を連動させた拳が竜の背中に突き刺さる。
どおん、と肉の奥まで響く衝撃。コンクリートのビルすら一撃で破壊するだろう。
竜は全身を硬直、そして首がだらんと弛緩するかに見えて。
その全身から力が抜け、どうと横倒しになる。ベーシックの全身から排気が。
そして住人たちから、歓喜の声が上がった。
※
「まことに有り難いことです、村人全員を代表してお礼申し上げます」
村長と名乗る人物はかなりの高齢。白い髭を胸にまで垂らした人物だった。背は曲がっており、かなり小柄、村の女性を数人従えて僕にひざまづく。
「なりゆきなんです。あまり気にしないで」
「あなたはもしや、伝説の巨人族ザウエルの御使いでは」
声が震えている。畏敬の念と恐怖が半々という印象だ。無理もない。見たところ彼らの文明には電気すら見られない。機動兵器なんて見たこともないだろう。
「違います。その……あなたたちの知らない遠くの国の兵士です」
「あ、あの石の巨人を術で従者とされているのでは?」
「術? いや、そんなものじゃないけど」
日は暮れている。あのあと竜が壊した柵を村人たちで直し、逃げるときにケガをした人たちを手当てして、村の周りにぐるりと罠を張り直したのだ。ベーシックはCエナジーの不足のため手伝えなかった。
「すまないが補給をしたいんだ。食料と水と、あるだけの工具を……あと適当な金属片があれば」
「おお、食料ですか、ではこれより祭りを行います。竜を供しますので、召し上がられるとよろしいでしょう」
「竜を……」
そして村の中央に篝火台が組まれ、30人ほどの村人が周りを囲む。まだ点火されてはいないが、村のあちこちにある小さな篝火によって暗くはない。
「どうぞナオ様、この村で作っております果実酒です」
「あ、ありがとう」
「ナオ様、ナッツとビノン葉の焼き菓子です」
なぜだろう、この村にいるのは女性ばかりだ。
ここは狩猟の村で、男は狩りに出ているのかとも思っていたが、どうもそうでもないらしい。
女性たちは簡素な麻布の衣服だが、虹色にも見える鮮やかな布を肩や腰に巻いている。それは彼らなりのお洒落であるらしい。花輪を首にかけたり、金属の飾り物を髪にさしている女性もいる。
「ナオ様」
シールがやってきた。眼が見えないはずなのに、ごく自然に僕のそばに座る。
「これより竜の肉を分け合います。最初の一皿を食べることが最高の栄誉です。それはぜひナオ様に」
「あ、ああ……そうしてほしいなら」
篝火台のそばに厚手の板が置かれ、その上に首から上だけになった竜が運ばれてきた。
村長が板に上がる、彼は装飾のある短剣を持っていた。この村に男性は村長だけなのだろうか。男女比が極端に偏った種族なのかな。
何やらしわがれた声が流れる。すでにだいぶ語彙は収集したがうまく翻訳されない。普段の言語と類似性はあるが、かなり古い言い回しのようだ。
シールが移動し、村長のそばにひざまづく。両手を組み合わせ、一心に何かに祈るような構え。
「ヴァグラン・エル・ソルズレイ」
村長の言葉、語彙が少しづつ翻訳される。すべての……竜を殺す……光?
短剣を竜の頭に突き立てる。短剣はその頑丈そうな竜の頭部にするりと入り込み、下まで抜ける。女性たちが竜の頭を持つと、果たしてそれは左右にぱっくりと割れた。
すると周りの女性たちからおおという歓声が上がり、全員がシールと同じように祈る構えとなる。頭を地面につくほど倒している人もいる。
「……今のは?」
「ありがたいことです……巨人の残したまじないの光でございます」
「どのような堅固な鱗もするりと斬り裂く光なのです」
村長は今度は松明を用意する。あかあかと燃える炎だ。
「ゼルド・アシュ・ヴァーニス」
今のも古い言葉のようだ。彼らの言語との類似性で判断すると……「わざわいの炎を盾で防ぐ」となるのかな。
村長が松明に手を突っ込む。炎の中で揺らめくしわだらけの手。数秒後に引き抜くが火傷はない。女性たちから感嘆の声があがる。村長は篝火台にその松明を投じた。
ごう、と立ち上がる炎。村の中央から光がぱあっと広がり、すべての建物を照らし出す。
「……」
「今宵は、勇者に最初のひとかけを……」
村長が重々しく言い、女性が頭部の肉の一部を切り分け、金ばさみで掴んで篝火の中で炙る。
「ナオ様、最初のひとかけをどうぞ」
シールが持ってきてくれる。この篝火のはぜる音と、祭りの賑わいの中でよく僕を見つけられるものだと感心しながら、ミディアムな肉片を一つまみ。
「……うん、美味しいよ」
培養肉ではない天然の肉か。味わい深くて滋養がある気がする。いちおうパイロットスーツの機能で毒物チェックはするけど。
「よかった」
シールの艶やかな口元が花のように笑う。その金刺繍の入った目隠しは闇色であり、夜の中でさらに黒みを増すかに思える。
口元と小ぶりの鼻がわずかに見えるだけだが、彼女は美しかった。他の村人もみな礼儀正しくて優しげだけど、彼女にはそれ以上の魅力が感じられた。
これは何だろう。彼女の笑顔にはもっとずっと奥深い意味があるような。彼女の整った美しい顔にはもっともっと深い理解が必要な気がする。
淡い笑顔の中に数多くの言葉がある。僕の意識は彼女への興味に埋没していきそうに……。
「ナオ様……?」
「あ、いや、何でもない」
ほんの数秒、ありえないほど彼女の顔を凝視してしまった。自分でも不思議な感情だった。
「ナオ様、どうかこの村をお守りいただけますか」
「ずっと、とは約束できないけど……まあ、逗留している間は」
「よかった」
シールは心底ほっとしたように胸をなでおろす。
……ずっといるわけにはいかない。僕は星皇軍の軍人として、戦場に戻るすべを探さなければ。
ここは超光速文明圏の外なのだから。
僕が立ち入っていい場所ではないのだから……。