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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第四章 若き兵士、竜を統べる伯爵、天より堕ちたる悲しみに哭く
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第十七話




「生産兵どの、おとなしくベーシックを降りてもらおうか。なに心配は要らない。機体を優しく撫でで破壊するだけさ」


スモーカーは余裕を見せようとしている。僕は城の上空を飛行しつつ通信に応じる。


「……その火器で力を示したつもりか。単騎のベーシックが持っている弾薬なんか高が知れてる。レーザー兵器だってメンテもなしで使い続けられるものか。この星の王になんて……」

「それは分析でも何でもない」


スモーカーが上昇してくる。こちらのスラスターはいくつか応答しなくなってるが、向こうはほぼ無傷だ。最高戦速にも差が出るだろうか。


「あんたは何も考えてないだけさ。この星でベーシックに何ができるか、何ができないか、そんなことは誰にも分からんだろう。あんたは軍規に盲目的に従ってるだけだ。何も見えちゃいない」

「……軍人が軍規に従って何がおかしい」

「自分の頭で考えろと言っている!」


言葉とともに突き出される右腕、25ミリチェーンガンの連射が空を裂く。


反応できている。スラスターを瞬間的にふかして回避。この距離なら到達までは0.2秒。偏差射撃を防ぐためのアトランダムな軌道で飛ぶ。慣性レジストは僕をシートに吸い付けるように働く。


「シール! しっかり捕まってて!」

「はい!」


かなりの強風、スラスターの出力も安定しない。揺れるモニターの中で弾丸を避ける。


スモーカーが武器を変える。銃剣のような細長い構造体、KBハドロンレーザーだ。ちかちかと光る銃口から亜光速、70キロワット相当の水素ガスレーザーが連射される。ベーシックの浸潤プレートといえど連続では喰らえない。


盾を抜き放つ。剣と重ねて一つの防具のような形状となり、盾の向こう側でパルス照射されるレーザーが拡散される。


そして雲の中へ。ベーシックの携行しているレーザーは短距離用。霧の中で減衰するはず。


「生産兵どの、その剣はどうなってやがるんだ?」


モニターからスラスターの出力音がする。やつも雲の中に来る気か。


夜の雲は闇の領域。何も見通せない。山肌を登る風が雪を巻き上げ、分厚い雪雲の中で無限に循環している。


「その盾はなんだ? なぜレーザーを防げる」


モニターが乱れる。電磁波ジャミングでこちらの観測を乱す気か。


だが雲海から出たらレーザーで狙い撃ちにされるだろう。ここでケリをつけてやる。


僕は盾を背中に戻し、剣を両腕で構える。果たして、竜を屠るためのまじないがベーシックにも有効だろうか。対艦砲の直撃にすら17%の生存率を示す増加装甲プラスアーマー、この剣で斬れるか。


「ナオ様……」


シールが身を起こす。狭いコックピットの中で天井に手をつき、僕に頬を寄せる。


「ナオ様、これは艇界雲ていかいうんです。山脈の東側から噴き上がる風によって生まれる、鉛のように重い雲と形容されます。百を数える間に成長し、ひょうと突風で猟師たちを蹴落としてきたと……」

「そうなのか……かなり電位差も生まれてるな」


閃光。そして数秒遅れて雷鳴も届く。雲はびっくり箱のように一気に厚みを増す。上昇気流の中でベーシックに氷の粒が当たる。おそらく数センチもの雹が形成されている。


「ナオ様、私が風の音を聞きます」

「何だって」

「敵の人形を見つけます、外からの音を最大まで大きくできますか」


シールの目は真剣そのものに見える。この地上8000メートルあまり、暴風が吹き荒れる中でスモーカーの機体を見つけると言うのか。イオンスラスターの噴気音を聞き取ると。


「分かった、君を信じる」


マイクの感度を上げる。外部情報集積用のマイクだが、少し上げるだけでランドリーマシンの中にいるような轟音。


シールは目を見開いている。美しいブルーの瞳。集中を示すように瞳孔がすぼまる。


こちらの手元には何も見えてこない。警戒を感音センサーに割り振っても、何も……。


「上です」


あっさりと言ってのける。


「この上昇気流に乗ってください。こちらの音が消せます」


さすがに半信半疑ではあったが、その通りにする。上昇気流の勢いはかなりのもので、イオンスラスターの出力を大幅にカットしても機体が浮くほどだ。


「盾を使って……」


盾を頭上に構える。なるほど、さらに加速が加わって風の音が遠ざかる。つまりベーシックの表面でかき乱される空気が減少したのか。


「……この先にいるのか?」

「必ず接近します。目で見て、すれ違う瞬間に剣の一撃を……」


暴風の中でベーシックは漂う。スラスターは自重を軽減するのみ。

ヨットのように盾で風を受け、上昇から水平移動に移る。このあたりは雲の上限なのだろうか。


影が。


「見えた……」


見えてから接敵まで、おそらくは三秒もなかった。

イオンスラスターの全方位噴射で姿勢を制御しつつ、周囲を警戒するスモーカーの機体。


そしてやはり歴戦の傭兵、僕に気づいた。

肩の誘導弾を僕に向けんとする刹那。大上段に構えた剣が、雲海を突き抜けて月光を浴びる一瞬――。


あらゆるヴァグラン・竜を断つ光をエル・ソルズレイ!」


光の剣が。

背負っていたハドロンレーザーの照射体を、青の装甲板を、そのコックピットを守る胸部ハッチの一部を斬り裂き、機体制御を失ったスモーカーは暴風に煽られ、下方へと落下しながら流される。


「よし」


間髪入れず下方に向かう。

胸部ハッチを壊した以上、やつは上空8000メートルなどで戦えないはず。高度を落とすしかないはずだ。体勢を立て直す前に決める。


山頂付近に墜落し、スラスターをふかそうとしている機体。

胸部ハッチが開いている。おそらく全方位モニターが機能停止したのだ。目視で僕を見る気か。


見上げたものだ。やつの目が瞬時に僕を見つけ、右腕の25ミリチェーンガンを――。


「無駄だ!」


どん。と雷鳴のごとく突き立つ巨剣。機体の右胸部を貫通する。 ベーシックの全身から排気。熱循環系が急停止したのだ。


「ぐうっ……!」

「あきらめろ! もうお前の負けだ!」


スモーカーの顔は蒼白になっている。無理もない。ここはまだ標高5000メートル。全身に力を入れたまま低酸素に曝露したのだ。高山病とは行かずとも、体調に変化があっておかしくない。


「く……くそっ……何なんだその剣は、なぜ増加装甲プラスアーマーを……」

「スモーカー、喋るな。すぐに低い位置に降りないと危険だ」

「はっ……ど、どこまでズレてんだ。こ、こうなった以上はとっとと、トドメを、刺せよ」

「……駄目だ。それは私刑だ。戦闘行為の中でやむなく死に到らしめるならともかく、もうお前のベーシックは戦えない。ここから命を奪う道理はない」

「ち、畜生が……。どこまでコケにしやがる」


コケにしてるのはお前だ。なぜ僕がお前を殺さねばならない。

僕は軍人であるためにお前と戦ったんだ。なぜ勝利した後にそれを捨てねばならないんだ。


僕とスモーカーはどこまでもわかり合えないのか。傭兵と生産兵という違いしかないのに。


だが勝ったのは僕だ。僕に従ってもらうぞ。


スモーカーはなおも僕を睨みつける。この低酸素、低温環境がこたえるのか、口の端が泡状の唾液で濡れている。


「や、やっぱり……助けるんじゃ、なかったぜ、お前なんか……」

「……? どういう意味だ」

「はっ……! さ、さっきの話で察しなかったのか。お前が、転移してくるのを見てから……ち、地上に降りた。そ、そう言ったはずだ」


確かにそうだ。


あの時に何があった? 

確か、目を覚ますと、ベーシックが大気圏に落下していた。断熱圧縮で機体が高温になり、あらゆる武装を離断パージして、そして。


「まさか」


あの時、流れてきた対爆盾アンチボム


あれはスモーカーのものだったのか?


そうだ、考えてみればおかしかった。あの盾が僕のものなら、僕のベーシックから剥がれたもののはず。剥がれたものが宇宙の虚無の中でまた寄ってくるはずがない。


「あの対爆盾アンチボムはお前が……」

「た、大して意味なんかねえ……。気まぐれだ。それで助かる、とも、思ってなかったさ」

「なぜ……なぜそんな事をしたのに、僕を殺そうとしたんだ。僕を仲間にしようとか、一緒にやろうと誘ったってよかったはず……」

「だから……言っただろう、気まぐれ、だよ。そういう事も、ある、のさ、人間だから……」


……。


「この星に……ベーシックは、二機も、いらねえ……。だ、だが、目の前、で、堕ちていく野郎は、つい救って、しまった……ま、間抜けな……こった」


一度は助けた……少なくとも助けようとしたのに、再び会った時は殺すしかないと言う。


衛星軌道で1000時間も待機したのに、僕を見て星に降下する。


揺らいでいる。一貫性がない。


……それが人間というもの?


軍規というバックボーンを投げ捨てた、自分の意志で考えている人間?


だから揺らぐ?


だから自由に生きる?


だから……。


赤が。


視界の端に赤。ふいに鳴り響く熱源警告音。全方位モニターの端が赤く染まっている。

背景の炎が一瞬で拡大する。天を焦がして、風景を赤く塗り込める夕映えのように。


「何だ……?」


光学望遠。それは城だ。


キルレ山脈の東斜面にそびえていた豪奢な城。


それが炎に包まれている。青旗連合ブルーフラッグの火薬庫を破壊した時のような、怪物が腕を突き上げるように噴き上がる炎。


さらにカメラの倍率を上げ、熱で歪む画像を補正する。炎を噴き上げるのは平たい蜘蛛のような竜。


「あれは、爆華伏竜ブラムヴォル


その体が燃えている。逃げまどっている。蒔き散らす火の粉が城壁に触れ、それすらも小爆発を起こす。城壁が連続する爆発で崩されていく。


「何が起きている……? 事故でも起きたのか、確か、徴兵に取られた人たちがいるはずだが……」


その炎の中に、黄金の閃光が。


「!?」


何かがいる。カメラのとらえた映像を最大倍率で拡大。数秒前のログを出現させて最大補正。


「竜だ、竜がいる」


小さな竜だ。絨毯ほどの大きさしかなく、細い首と短い尾、そしてだんびらほどの大きさしかない鋭角の翼が左右に。十字の星のようなフォルム。


叫び声。崩れかけていた城壁を突き破って別の竜が出てくる。センザンコウのような甲竜ベガントの大型個体。全身に鉄の鎧を着こんでいる。あれは、徴兵された男たちによって作られたという竜の具足か。さらに大勢の人間も脱出してくる。雪の中を逃げ惑う。

黄金の閃光。


ペンで線を引くような軌跡。その線が引かれた一瞬後、甲竜ベガントの首が落ちる。首を保護していた鎧が紙のように斬り裂かれる。


「なんだ……あれは」


スモーカーもそれに気づいた。その綺羅星のような竜は僕たちの上空に来る。


ホバリング? いや、高空で文字通り静止しているのだ。


黄金色の竜。十字星のような、夕映えの中の一番星を連想するような姿。


「あれは、まさか竜皇さま」


シールの言葉に、スモーカーが反応を示す。


「はっ……そ、そうか。竜皇は特別な竜を飼ってるとか、殺した伯爵が言ってたっけ、なあ」


スモーカーが起き上がろうとする。僕はやつの右胸から巨剣を抜くが、傷口から激しい火花が散っていた。

だがベーシックのダメージ回復能力はさすがというべきか、無数の回路によりダメージ箇所を迂回させ、右腕のコントロールを回復させる。


高空の竜はまだ動かない。


望遠、やはり上に誰か乗っている。立ち尽くしているのだ。

信じられない、とてつもない速度で飛んでいたはずだが。


「やってやるよ……! お前を殺せば、俺がこの星の皇帝ってやつだなあ!!!」


雪原が丸ごとめくれ上がるような排気。スモーカーの機体が飛翔する。




太陽をめがけて飛んだ、昔話の愚者のように――。


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