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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第四章 若き兵士、竜を統べる伯爵、天より堕ちたる悲しみに哭く
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第十六話



スモーカーはまだ姿を現さない。モニターの様子からして向こうもベーシックに乗っているはずだが、城の中にいるのだろうか。


「この星の王にだって……何を馬鹿なことを」

「そうかねえ? 不可能なこととも思えんぜ。俺はこうやって伯爵様の城を手に入れた。部下も俺に従っている」


下方、何体かの竜が翼膜を広げている。火蛇竜サラマンドラでここまで上がってくる気か。


「元からいたはずの伯爵はどうした」

「野暮なこと聞くんだな、殺したに決まってるだろう。あとは竜皇とやらを暗殺すりゃあいい、簡単なことさ」

「ぐっ……お前、僕の通信に答えもせずにそんなことを……。分かっているのか! お前のやっていることは重罪だぞ!」


声を荒げるが、スモーカーは柳に風と聞き流す。まるで響く様子がない。


「通信に答えなかったのはね、あんたが自分で理解するまで待ってたんだよ」

「何……」

「俺も同じことをした。この惑星の衛星軌道上に転移してから、ずっと衛星軌道を周回していたんだよ。簡易コールドスリープに入って1000時間ほどな」

「何だって?」

「Cエナジーは何もしなくても少しずつ溜まる。機体を温存しつつ、ただじっと救援を待ってたのさ」


……いや、それでは時系列がおかしい。


僕は転移直後に大気圏へと堕ち、不時着してからは240時間ほどその場で待機した。


スモーカーは1000時間? それは僕が転移させられてから現在までの総計よりも長い。ほぼ同時の転移だったはずなのに、なぜ。


「降下したのはね、あんたが転移してくるのを見たからだ」

「……?」

「こういうことじゃねえかと思ってる」


特に聞かれもせぬまま、スモーカーは独り言のように語る。


「ここは星皇銀河じゃねえ。異なる銀河にまでベーシックを飛ばすなんざ常識を超えてる。それだけの出力があるなら、時間軸すらずれる可能性もあるだろう。ほんの数秒の誤差が1000時間を超えるほどのずれだ」


スモーカーは調子が乗ったかのように、歌うような節回しで語る。


「呼ばわれど愛しき友軍機からの手紙は返らず、うやうやしき星皇軍の戦艦は影も見えず、ああ我は独り悟る。ここは宇宙の果ての未開の星。知恵あるは我ただ独り。なんと喜ばしきや。我を縛る軍規の鎖、律法の檻はすでに無く、ベーシック乗りなれば行けぬ場所はない」


その節回しにはどこか耐えかねるものがあった。僕はスモーカーの言葉を断ち切るように言う。


「それで、帰還を諦めたと言いたいのか。開き直ってこの星で暴れまわる気か」

「ああ、唯一の懸念があるとすれば生産兵どの、あんただけだった。あんたに邪魔をされると困る。どうかここで死んでくれんかね」


そうか。

今、分かった。


なぜシールの村に竜使いが駆けつけたのか。なぜオーガの村の盾が狙われたのか。


その裏にはスモーカーがいた。彼が指示を飛ばし、巨人の噂があるところに、巨人の武具すなわちベーシックの装備が墜ちたところに竜使いを差し向けていたのか。


僕に存在を嗅ぎつけられぬよう、慎重に……。


「見ていたよ。まともに大気圏に突入したんだ、ほとんどの装備は剥がれてると思ったんだがね、竜使いをよく退けたもんだ」

「……」

「だがまあ……笑える有り様だな。巨人の剣と盾かい、そんなもんで竜と戦ってきたのか?」


僕はなるべく背中の剣と盾を見せまいとする。

スモーカーは巨人のまじないのことは知らないようだ。武装のないベーシックなら竜で何とかできると思ってるはず。


「さあ、もういいだろう、竜の餌にでもなってくれよ」


通話ウィンドウが消える。下方から風のうねり。

あの翼膜でどうやって浮力を生み出しているのか、速度を上げて迫る二頭の火蛇竜サラマンドラ

その顎がばっくりと開き、喉が真っ赤に膨れ上がって、灼熱の火球が。


「くっ!」


イオンスラスターでの急加速。ふたすじの火球が絡み合いながら天に昇る。


「地形に隠れる! シール、身を低くして」

「はい!」


シールはすでにそうしていた。僕の腿にお腹をつける姿勢、あまり見てくれは良くないが仕方ない。


火蛇竜サラマンドラが追ってくる。稜線すれすれを雪を舞い上げながら。一頭は上からもう一頭は岩場の上を跳ねるように追いすがる。


そして稜線を超えた瞬間、ベーシックは下方へと消えて。

跳ねながら追っていた竜が崖下を覗き込む瞬間。剣先が。


下方から伸び上がる石の剣。それはモース硬度10.8のテクト・セラミックすら凌駕する剛性物体。喉を突き通り、真上に抜ける。


撒き散らされる高温の体液。血液と、おそらく可燃性の油脂か。剣を抜くと同時に竜の巨体を蹴り飛ばす。


竜使いの姿を目で追う。敵の生死を案じている場合ではないが、雪の上を這う鎧の人物を一瞬だけ意識する。


熱源反応。真上だ。


振り仰げば天の高み、こうこうと輝く赤色巨星のような赤い光だ。この距離でも警告が鳴らされるとは。


おそらくはもう一頭の竜も、竜使いもまるで気にかけない一撃。火球と同時に本体も急降下してくる。逃げるところを鉤爪で狙う気か。


その面相はまさに星に君臨する怪物。だが抜かりはない。スモーカーとの回線を数秒だけカットしつつ、叫ぶ。


炎の厄災ゼルド・は盾の前に散るアシュ・ヴァーニス!」


左腕に発光。極限の集中の中で火球の動きは遅く見える。突き出す左腕に火球が触れ、その火勢が瞬時に消え失せ、高熱になった大気や輻射熱すら弱まっている。


だんだん分かってきた。これは炎を打ち消すというより、あらゆる分子運動を抑制するのか。だから熱すらも薄らぐ。


竜が動揺を見せた瞬間にはもう遅い。ベーシックのサスペンション跳躍、同時にスラスターを全開にして、一気に竜の舞う高みへ。


狙うは口腔。そこに突き入れられた剣が喉を破り、柔らかな内臓を5メートルあまりも貫いて、竜が悶絶に身をうねらせる。

下方に薙ぎ払うような動作とともに剣が抜け、竜が山肌へと堕ちていく。


「スモーカー! やめろ! 無駄だ!」

「……? 何だと、火蛇竜サラマンドラを倒したっていうのか」


ウィンドウが再び開かれる。スモーカーの顔には僅かな焦りと疑念、そして強い警戒が浮いていた。


「どうやって……まさかその剣で斬ったっていうのか」

「スモーカー少尉、落ち着くんだ。お前は急激な環境変化で精神をやられている。軍規を思い出せ。心の中で読み上げろ。いま投降すれば僕からも軍に口添えしてやる」

「……」

「ベーシックは星皇陛下から下賜されたもの、僕たちの所有物じゃない。借り物の力で成り上がって何になる。たとえこの星の王になったって、皇帝の血筋でもないお前に誰が従うと言うんだ」

「……はっ」


スモーカーは不機嫌に眉をゆがめ、コックピット内に煙草を吐き捨てる。


「スモーカー、どうか激昂せずに僕の言葉を聞いて……」

「激昂? 違うね。あきれ果ててんだよ」


煙草を踏みつけるように言う。


「皇帝の血筋ときたか。この星でベーシックの力が圧倒的なのは自明だろう。最も力のあるやつが全員のリーダーになる。原始時代から変わりゃしないルールだろうが」

「それは違う。太古の時代には権力の奪い合いが争いの火種となった。だから星皇陛下は万世一系、永久不変なる皇位の律法を」

「黙れ! 星皇軍だとか法律だとかいつまで言ってるつもりだ? お前にも分かっているはずだ。もう救難部隊なんか来やしない! この星で生きていくしかないんだ! 俺たちが星皇軍から切り離されているのがなぜ分からない!」

「……仮にその可能性が高いとしても、軍規は重視すべきだ。僕と一緒に宇宙へ……」

「はっ……付き合いきれんな。無理もないか、生産兵さまだからな」


僕は眉をひそめる。スモーカーの言葉に嘲りの色が混ざった。竜を二頭もやられて、なぜ余裕を残せるのか気になった。


「どういう意味だ」

「聞いたままだ。しょせん生産兵に自分の頭で考えるなんて無理だってことだよ!」


その言葉の意味が分からない。

生産兵は星皇軍の精鋭として、無から生まれてすぐに最高の教育を与えられる存在。一般兵よりも優れた存在のはずだ。


シールはぎゅっとパイロットスーツを掴んでいる。先ほどの戦いに怯えているのか。


「生産兵であることが何だって言うんだ」

「はっ! あんたは疑問に思わなかったのか? なぜ自称エリートの生産兵が一般兵や傭兵と一緒に作戦行動を取っている。なぜどうでもいいような作戦ばかりあてがわれて、青旗連合ブルーフラッグの無人機潰しだとか、偽情報の確認ばかりやらされてる?」



――軍人としての僕はいつも乾いていた。


――命令はいつも些末なことで、命がけの戦闘でも相手の顔は見えなくて、星皇軍が勝ってるのか負けてるのかも分からない。そんな日々だった。



「……それは問題じゃない。どのような作戦でも星皇軍の勝利に貢献してることには変わりない――」

「知ってるさ、そういう風に教育されるんだろう? 選別もなく分化もない、全員が同じように育つとな。だがそんなことが本当にあると思っているのか。一卵性双生児だろうと同じようには育たない」



――僕たちは生産され、調整され、適切な運用によって勝利に貢献する兵士。


――そこに選別はなく、分化もない。



「あんたは同期の人間が不自然に消えるのを見たことはないか? 知ってるぜ。育成期間中に落ちこぼれた人間は、カリキュラムから除外されていくらしいな。そいつらがどこに行くか知ってるか。ベーシックに押し込まれるんだよ」



――隣に座っていた男の姿が見えない。きっと全てのカリキュラムを終えて兵士として旅立ったのだろう。



「違う、僕たちは」

「生産兵から幹部になれるのはほんの一にぎり。あとは成長の遅れたやつからベーシックに詰め込まれる。ベーシックは確かに名機だが、しょせんはデカい宇宙服に過ぎんさ。板子一枚下は地獄ってやつだ。誰が好き好んでこんなもので宇宙で戦う? 俺たち傭兵と同じ最前線の一兵卒に過ぎん。自分をエリートだとでも思っていたのか」


違う。


そんなはずはない。僕は。


「出てこいスモーカー!」


僕は稜線の上から飛び出し、また城の上空へ向かう。石の剣からは血が滴り落ちている。血と臓物の混ざった、おぞましい褐色に染まっている。


「言葉で遊ぶだけか! 軍人なら、ベーシック乗りなら力で語ってみせろ! さもなければ自慢の竜をすべて斬り殺すぞ!」

「はっ、図星を突かれて逆上か。しょせん生産兵は赤ん坊も同じか、こらえ性もねえ」


許せない。


レバーを渾身の力で握りしめる。奥歯が割れそうなほど歯を食いしばる。


灼熱のマグマが体内を巡るようだ。なぜこれほどに熱くなっている?


……そう、そうだ、やつは星皇軍の練兵システムを批判した。僕たち誉れ高い生産兵を侮辱したのだ。これは星皇陛下への侮辱にも等しい。


それに、奴のやろうとしているのは惑星の支配。それは宇宙を統べる星皇陛下の他に「国」を作るということ。


そうだ、それは星皇陛下以外の独立勢力を新たに作るということだ。これが国家反逆罪でなくて何だ。


殺してやる。


僕の頭を、どす黒い殺意が埋め尽くそうとしている。あるいは自分の意志で黒く染めようとしている。


殺してやるぞスモーカー。


「出てくるんだスモーカー! 城にいるんだろ! どこにも逃げられないぞ!」

「やれやれ、きかん坊の癇癪は聞くにたえんな」


熱源反応。

もし60ミリ実体砲を装備していたなら、感知の瞬間に全弾撃ち尽くしたかも知れない。


その白い機体、いや。青いアーマーを装備している機体だ。それが両手に持つのは……。


「お前……装備を」

「当たり前だろう。大気圏に突っ込んだあんたと違って、こっちはスラスターをふかしながら降下できたからねえ」


その青い鎧、全身を覆う増加装甲プラスアーマー


手には25ミリチェーンガン。KBハドロンレーザー砲。肩部けんぶに何か仕込まれている。中距離用の対無人機用誘導弾か。


青旗連合ブルーフラッグの無人機と戦うための汎用装備。だが今の僕にはハリネズミのごとき大戦艦に思える。



あの武装の前に、剣と盾で戦えるのか……。


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