第十四話
「伝説の巨人を……?」
「私の村に伝わっていた剣と、オーガさんたちの言い伝えにある盾は実在しました。では巨人族ザウエルそのものも実在してもおかしくないと思います。伯爵様は巨人の遺物か、あるいは巨人そのものを手に入れたのではないでしょうか」
巨人そのもの……。
それは……確かに巨人のまじないのこともあるし、実在はもはや疑いようもない。
しかしそれでも、僕の認識にイカリを下ろしたとは言えない。
竜を討つ巨人、その存在があまりにも僕の常識からかけ離れているからだ。兵士は夢想家ではないのだから。
「巨人族ザウエルですな。中央にも伝わっております。幾人かの巨人が天より堕ち、悪しき竜たちを討ち滅ぼし、竜のまじないを残してどこかへと去ったと」
「シャッポさん、あなたは確信を持っていたのではないですか? 巨人は実在したと」
シールの問いかけにシャッポはうなずく。彼女は盾についての資料を持っていた。僕たちよりずっと伝承に詳しいはずだ。
「オーガの村が天から堕ちてきた盾を見つけた、といううわさを聞き付けたのです。私はこう連想しました。かつて世界に堕ちてきた巨人は、新たに堕ちることもあるのではないか、と」
新たに……。
「ならば、かつて堕ちた巨人も実在した。ゴードランの氏族に伝わるという、地揺れによって埋もれた盾も本当にあるのではないか、と」
なるほど、聞かされてみれば簡単な連想だ。
――では、巨人とは。
……想像しなかったわけじゃない。
この銀河にも文明圏があり、ベーシックと同じような機動兵器があり、この星から竜を除くために降り立ったという可能性。
巨人族ザウエルとは、機動兵器である。
それなら説明できるのだろうか。巨人のまじないも、何らかのテクノロジーの結晶であると。確かに剣の素材は極めて強固な物質だった、かなりの科学力がなければ作れないはず……。
そしてウェストエンド伯は、巨人族そのものを見つけた……?
「……」
だが、どうも思考がまとまらない。
星皇軍以外の超文明、未知のテクノロジー、そんなものは兵士の想像を超えている。仮に説明がついたとしても、それが合っている証拠は何もないのだ。ならば予断を持つことは危険ではないのか。
「みんな……分からないことをあれこれ想像すべきじゃない。とりあえずはウェストエンド伯の城に竜が集まっていること、多くの男手が労働力に取られていること、それだけが客観的な事実だ。僕らのやるべきことは伯爵の城にどう乗り込むか、どうやって竜を打倒するかじゃないか」
「……そうかい?」
ココが瞳だけを動かして僕を見る。
「西方辺境の独立なんて仮説も出たけど、伯爵が何を考えてて、それで中央と衝突になるにしても数週間は先のことじゃないか? あたしらが迂闊に動くべきじゃない」
「強大な竜たちでもベーシックなら戦える。だが時間が経てば軍備が増強される一方だ。戦いに打って出るなら早い方がいい」
「……」
ココは切れ長の目と引き結んだ口、とても精悍な顔つきをした女性だが、普段はなるべく体に力を入れず、表情を柔らかく保っているように見えた。
この時もそうだった。僕の顔をじっと見て、口をゆっくり動かすように穏やかに語る。
「ナオ、あたしたちも戦っているよ。竜の肉を美味しく食えるようになれば、あたしたちの大勝利だ。あたしらだけじゃない。レジスタンスのメンバーは町に散らばってる。西方辺境がこれからどうなっても、あたしたちの勢力はじわじわと増えていくだろうさ」
「だけど伯爵と中央が戦いになったら、どんな被害が出るか」
「落ち着きなよ。中央とぶつかるにしても数週間は先だって言っただろ。まだ早い。まずは情報を集めよう。ウサギさん、頼めるかい」
「はい、できる限り努力いたします」
「みんな……」
なぜ……戦わないんだ。
ベーシックを見ただろう。シールとシャッポはあれが竜を討ったことを知っているはずだ。
伯爵が何をたくらむにしても、集めた竜を討てばとりあえずの解決になるはずなのに。兵士であるぼくは、そのために存在しているのに……。
「ナオ様……」
シールが、横からそっと僕の手に触れる。清涼な水のように涼しい手が、僕から熱気を取り去るかに思える。僕を心配してくれてるのか。
だが、僕の兵士としての心は、本能は戦うべきであると囁く。
この星を守りたいのに。ベーシックで皆の役に立ちたいのに……。
※
その日の夜。
僕はベーシックの近くで涼んでいた。今夜もベーシックには槌妖精たちが群がり、なにやらわいわいと騒いでいる。
シールはベーシックの前にかがみ込み、じっと祈りを捧げていた。Cエナジーは現在70%ほどだろうか。
「Cエナジーが十分にあれば、まじないも自由に使える。火や爆発を操る竜なんてものの数じゃないのに……」
「どしたんだよ?」
ふと、目の前にドワーフたちが来ていた。小柄な彼らはあぐらをかく僕とほぼ同じ目線になる。
「いや、何でもないよ」
「そうなんだよ?」
わらわらと、続けて何人かのドワーフが集まる。
「不安そうなんだよ」
「焦ってるんだよ」
「青春の悩みなんだよ」
「たぶん性病なんだよ」
「違う」
彼らは、あるいは彼女らは子供ではないようだけど、顔立ちはやはり幼く見えた。男女の区別もはっきりしないし、声はかん高くて無意味なおしゃべりをずっと続けているように見える。
「占ってあげるんだよ」
「占い?」
「槌妖精の皆さんは、真の集合知を持つと言われます」
いつの間にかシャッポが来ていた。ふわふわの体毛が焚き火に照り映えて赤く染まる。火の粉で毛皮が焦げはしないかと心配になる。
「あの方々は膨大な知識を蓄えており、非常に複雑なことも理解します。しかし一人一人は無垢で赤ん坊の様な思考しかしていない。彼らがどんな知識や技術を抱えているか、彼ら自身も分からないのです」
「よ、よく分からない……」
「占いも彼らの知識の一つです。はるか昔に編み出されたであろう占いの体系。それがドワーフたちの中に受け継がれて、ふとした瞬間、大勢のドワーフたちによって再構成されるのですね」
そのドワーフたちは円を組んで踊っている。マイムマイムのように手を繋いで輪になって、焚き火を中央にして踊る、回る、古めかしい言葉で歌う。
「無垢なる者、天より堕ち」
「運命の導き手と出会う」
「巨人は数え切れぬ竜を屠り」
「大地は竜の血で染まり」
「無垢なる者、いつの日かの帰還を夢見る」
……。
「うわ、不吉な占いなんだよ」
「気を落とさないでほしいんだよ」
「ただの占いなんだよ」
「きっとインチキなんだよ」
「じゃあ占わなくていいのに……」
ついぼやきが漏れる。
確かに不吉な占いだ、僕が永遠に竜と戦い続けるという予言だろうか。
……。
だけど、それはそれで構わない。
僕は兵士なのだから、星皇軍の生産兵として、戦うために生まれたのだから。
「ナオ様、あまり良くない結果だったようですな」
「大丈夫、気にしてないよ」
僕は立ち上がる、何人かのドワーフが僕について回る。
「巨人の乗り手なんだよ」
「ノズル2個ぐらい落ちてるんだよ」
「うまく飛べないんだよ」
ベーシックに近づく。見れば、脚部にある投射レンズから地面にマニュアルが照射されており、大勢のドワーフがそれに群がっていた。
「パルスの乱れなんだよ」
「電圧の迷子なんだよ」
「拡張機能が満員なんだよ」
何やらわいわい騒いでいる。マニュアルがこの星の文字になっていた。翻訳ユニットが変換したのだろう。
「ソケット流用できるんだよ」
「アンテナ巻きひげなんだよ」
「乗り手が目を回すんだよ」
一見するとマニュアルを読んでるように見えるが、意味のある発言は何一つない。ただ遊んでるだけだろう。いくらなんでも、電気もないこの星で彼らがベーシックの技術マニュアルを理解できるわけがない。
でもセキュリティキーを切ってたとはいえ、投射レンズでマニュアルを表示させるシステムによく気づいたな。まあ何時間も向き合ってればそんなこともあるか。
「……君たちは男女が分かりにくいけど、やっぱり男たちは竜皇の徴兵に取られてるの?」
「土の中まで竜皇は来ないんだよ」
「でも女の方がだいぶ多いんだよ」
「男はいつも酒飲んで寝てるんだよ」
「上に出てこないんだよ」
土の中に住むという槌妖精たち。彼らはこの星の社会体系とは別個に存在してるようにも思えた。彼らだけの世界があり、棲み処があり、価値観やものの考え方が……。
「乗り手さん、伯爵の城に行くんだよ?」
「危ないんだよ」
「大事なものを失うんだよ」
「主人公交代の危機なんだよ」
「大丈夫、まだここにいるよ」
これまでのCエナジー補充ペースを考えると、100%になるのは二日後か。
中途半端にはしない。それまでには与えられた仕事に結果を出す。
竜を美味しく食べる手段を見つけてみせる。
その後は……。
※
翌日。僕はベーシックのデータベースにアクセスしていた。
平面に投射することもできるが、パイロットスーツを通じて視覚野に直接映すこともできる。
料理について、調理法について、たんぱく質の変性とその条件、酵素について、発酵について、調理器具とその力学的作用について。
「内臓には毒があるんだったか……それを取り除ければ、内臓に近い肉も食べられるよな、内臓も料理できるし」
スーツの毒劇物チェックで検査する。だがスーツは毒性が有るか無いかしか判定できないので、毒性物質が特定できない。ここからはデータベースを駆使して毒物を特定する作業が必要だが、設備の用意を含めて数ヶ月はかかりそうだ。今は断念するしかない。
「……ねえ、竜の肉を農業や林業に利用できないかな。つまり肥料として、肉を細かく砕いて土に撒くとか」
「前に試したんだよ」
「草がみんな枯れたんだよ」
「ウティルの草だけよく育ったけど食べられない草なんだよ」
だめか。
まさに煮ても焼いても食えないとはこのこと。しかも土に返ってなお周囲の植物を枯らす。世界への怨念から生まれたような生き物だ。
ではやはり脚の肉だ。これを柔らかくしなければ。
発酵や漬け込みは効果の確認に時間がかかるので却下。
酵素が含まれてる果汁に漬け込む……そんなに大量の果汁が手に入るかな。
細かく刻む、これは労力も大変だし、煮込むのは……。
「ん、これは」
米などの穀物を糖化させ、さくさくの食感に変える道具……。ずいぶん古い知識だが、ベーシックの汎用データベースに入っていた。
試す価値はあるか。
※
そして一日後。
鎚妖精たちは技術屋というだけあり、投射された設計図だけでそれなりのものを作り上げた。
出来たのは角の生えた輪胴缶。それを豚の丸焼きのように横倒しにして、ハンドルでぐるぐる回しながら火であぶるための道具だ。
「変な機械なんだよ」
「肉厚だからけっこう重いんだよ」
「新手の拷問器具なんだよ」
ドワーフたちが30人ばかり集まってきてる。ココとシールも来ていた。
「なんだいこりゃ? 竜の肉を焼くのかい?」
「見たことのない道具です。ナオ様の国の道具ですか?」
「そんな感じ、まあものは試しだ」
竜の肉はあまりにも僕の知る生物と違う。ならば手当たり次第だ、こんな方法でも試す価値はある。
バレルの下で火を焚き、ハンドルでゆっくりと回転させつつ熱する。角が横向きに飛び出ており、まさに有角の獣を焼いてる印象だ。
中には1センチ角に角切りにされた竜の肉。それに少量の水と酒と油。このバレルは密封されており、加熱するうちに水分が蒸発し、内部の圧力を高めていく。
圧力は計算ではおよそ1.4気圧。割と危険な圧力だが、緊急弁を作ったり、いくつか安全対策も行ってる。
ハンドルを回し、内部でミキサー車のように竜の肉が加熱される。
そして10分ほど加熱したとき、僕は大ぶりのハンマーを持ち、バレルの角の部分を一撃。
凄まじい音と衝撃。酒の匂いがする蒸気。周りのドワーフたちが脱兎のごとく逃げ出す。
「爆発したんだよ!」
「兵器なんだよ!」
「なんかいい匂いするんだよ!」
角は衝撃で留め金が外れるようになっており、内部の圧力を一気に開放する。加熱の際に肉の内部で気泡が発生しており、圧力の開放で穴だらけのまま固定される……という推測。
中身の一部は開放された穴から外に飛び出すので、金属製の網で受け止めるように作ってある。そこにはピンク色のサイコロが溜まっていた。
指で持つとカロリーバーのような軽さ、食べてみればさっくりと噛み潰せる。ドワーフたちも群がってきた。
「おいしいんだよ!」
「これなら食べられるんだよ!」
「この鍋量産するんだよ!」
はっきり言ってしまえば偶然だ。
本来は穀物を糖化させるための道具だし、圧力鍋というほどの高い気圧にはできていない。肉の内部で気泡がはじけてサクサクになるという原理は豚の丸焼きに近いが、そこまで狙っていたわけでもない。運が良かったのだ。
「これはいいね、お手柄だよナオ」
「素晴らしいです。これでたくさんの人が救われるはずです」
だけどココとシールは喜んでくれてる。だからそれを誇ってもいいだろう。
さあ、次は僕の本分に戻らなくては。
戦いに身を投じなくては――。




