第十三話
「美味しく食べる?」
「そうさ、ここ半年ほど取り組んでる事業だ」
ココは床にかがみ込み、転がっている脚の肉の匂いを嗅ぐ。あまり精神衛生に良い眺めではないが、さほど匂いはなく血も洗い流されて、外見は培養肉に見える。
「甲竜の成体は3トンを超える大きさがある。だけど内臓には毒があるし、脚の肉は固くて食えない。食肉にできるのは頭部や首、尻尾などだけど、丁寧に切り取って300キロ、毒餌を使うと150キロを割っちまう。豚より少ないんだ」
ココはその肉を足で固定する。そして背負っていた斧を抜き放つと、やおら一撃。
果たして肉は天井近くまで跳ね、斧はびいん、と音を発しながら震えていた。
「つっ……脚の肉はとにかく固くて弾力がある。だけど毒はないんだ。これを食えるようになれば採取できる肉が数百キロ増える」
「増える……すると、どうなるんだ?」
「ん? 西方辺境に住める人間が増えるってことさ」
「増えてどうなるんだ?」
「どうって」
僕の問いかけに、ココはやや面倒そうに頭をかく。しかし説明を止めはしない。それは彼女を支える責任感なのか、身振りを交えてじっくり語った。
「いいかい、人間が増えればできることが増える。竜を寄せ付けない大きな町を作ることも、トボの樹を実りのある果樹に植え替えることも、畑や牧場を広げることもできる」
「まあ、そうだね」
「そして中央の人らは圧政にあえいでる。コウカシスの街にやたらと人が多かっただろう? 中央から逃げてきた奴も結構いるんだ」
「逃げてきた……政府の庇護から外れた市民か」
「それを吸収して大きな勢力を作る。そうなればウェストエンド伯も、竜皇も手出しできない国が作れるのさ」
「国」を、新しく作る……?
「そんなことが可能なのか……?」
「変なこと言うんだね。あんただって竜皇を倒すのが目的なんだろ。それはつまり、あんたという国が中央という国を打倒するってことだろ」
……そうか。そうなるのか。
「国」というものは人の社会の総体ではなく、複数存在することもあるのか。
それがやがて統一されて、一つの完成された社会になるんだな。この惑星は、つまりまだ発展途上ということなのか。
「何となく分かったよ」
「そうかい?」
「ものわかり悪いんだよ」
「ぼーっとしてるんだよ」
「たぶん変な理解してるんだよ」
囃し立てる小人たち。身長は100センチ前後なので、ココと話してると視界から外れがちになる。
よく見れば竜の小屋にもさらに大勢いる。金網で肉を焼いていたり、鉄の大釜で肉を煮込んでいたり、ハンマーで肉を叩いてる者もいる。
なぜかシールは彼らに囲まれ、髪を編み込みにされたり服を仮縫いされたりしている。
「ところで……この子たちは?」
「鎚妖精を見たのは初めてかい? うちの組織の技術担当だよ」
ココが手招きすると、十数人がその場に整列。
みな同じような栗毛に丸い鼻。丸っこい顔に同じく丸い目。同じような長柄のハンマーを背負っている。
「鎚妖精たちは個別の名を持たない。いつも大勢でつるんでいて、宴会と金貨が大好き。技術屋で何でも作る。この子らがいないと作れないものは多い」
「そうなのか……よろしく」
「よろしくなんだよ」
「お酒飲むんだよ」
「おつまみあるんだよ」
「酔い潰れると仕事しなくていいんだよ」
「そんなことないんだよ」
やたら騒がしい。しかも大勢が入り乱れて、同じ個体が一分と同じ場所にいない。
「この子らの力を借りて竜を料理する。これが今のあたしらの事業さ」
「なるほど……」
新しい国を作るというのはまだピンと来ないけど、やりたいことは理解できた。人口を増やすことは星皇軍でも奨励されていたし。
しかしそうなると、僕の目的はどうなるのだろう。
兵役に取られた男たちを解放する話は……。
「ナオ様、では私たちもココさんに協力しましょう」
シールが言う。彼女の周りで小人たちが飛び跳ねていた。シールから見ても頭2つほど小柄である。
「それがきっと目的にも繋がるはずです」
「そ、そうかな……? まあ、協力するのはいいけど」
「ありがとうなんだよ」
「男手が欲しかったんだよ」
「さっそく石臼で大腿骨をすり潰すんだよ」
大勢の小人が僕の手を引く。
なんだろう、反抗組織と聞いていたけれど、やってることは無害な事業に見える。
彼らに協力して、ほんとに道が開けるんだろうか。
ベーシックで竜と斬り結ぶ、そんな話にならなかったことを喜ぶべきだろうか。
※
鎚妖精たちの朝は早い。
早いというより入れ代わり立ち代わりで寝るので常に一定数が起きている。僕たちは豚小屋に囲まれた二階家、ココの家で寝泊まりしていたが、まず起きると数名のドワーフたちがやってくる。
水の入った桶と、枝を細くささくれさせた歯ブラシと、替えの下着。
僕は着替え用の小部屋に入って下着を替え、パイロットスーツと茶色のマントを着込んでから歯を磨き、顔を洗う。
食事は無発酵パンと野菜のスープ。あるいはすり潰した芋と卵の入ったとろみのあるスープ。大鍋で作られていて大勢のドワーフが一緒に食べる。
そして仕事だ。竜の解体と調理の試行錯誤である。
僕はドワーフたちの実験を手伝う。槍のような道具で突いて繊維を断ち切ったり、水にさらしてみたり、布で包んで踏んでみたり、塩や調味料に漬け込んでみたり、薄切りにしてみたり。
昼食はその試作品をみんなで食べる。
だが大抵は食べられない。とにかくベーシックの関節部にある緩衝ゴムのように硬いのだ。
細かく刻めば食えるが労力が大変だし、焼くと固くなってもはや材木である。
この昼食の時間だけはドワーフたちから笑いが消える。みんな死んだ魚の目をしてもぐもぐと口を動かし続ける。
居酒屋で見かけたドワーフがくだを巻いてた理由が分かった。この食事が嫌で逃げていたのだ。
さて、昼から夜にかけては自分たちの仕事をする。畑を耕したり豚の世話をしたりだが、多くのドワーフは土に潜っていく。彼らの本来の住処は地下にあるらしい。
仕事は他にもある。重要なのは新しい甲竜の確保。
かつてはココの担当だった。斧を持ってコウカシスの街から大きく遠ざかり、森で小柄な竜を仕留めていたのだ。
かつては、と言ったのはベーシックがその仕事を引き受けたからだ。夜間のうちに高高度まで飛んで森へ行き、甲竜を仕留めて戻ってくる。これはたいそう喜ばれた。
他には山の上まで行っての雪の採取だ。
竜の腐敗を遅らせるために必要で、体の小さい彼らにはなかなかの重労働だった。
これもベーシックが手伝えるようになった。貢献できたことは喜ばしかった。
「ナオ、こいつはすごい人形だね。伝説の巨人族みたいだよ」
「すごいんだよ」
「でかいんだよ」
「でもデザインいまいちなんだよ」
「ペンキで顔を描くんだよ」
「やめてね」
やんわりと止めておく。ドワーフたちはベーシックに興味を持つ個体が多く、待機させておくと何人もがその周りに集まっていた。いちおう僕以外の音声命令は受け付けないようにロックしてるけど、大丈夫かな。
そんな生活が、これで五日。
毎日が慌ただしくて、時間があっという間に流れる気がする。
料理だけは、いっこうに成功する気がしないが。
※
「あまり良くない状況のようです」
シャッポとも合流できた。鎚妖精たちが探してくれたのだ。
「山の向こう。ウェストエンド辺境伯は西方を封鎖しようとしているようです。人の往来を絶えさせようと」
「何だって?」
同席していたココが目を吊り上げる。
「無茶な、山の中には木こりたちの村もあるんだぞ」
「それもすべて引き上げさせる計画とのことです。森の奥にはいくらか小さな村があるのですが、それは放置すると」
放置……。
シールの村、オーガたちの村、それ以外にも存在するかもしれない小さな集落、それは中央と完全に切り離された存在になると……。
「なぜだい? なぜそんな計画が持ち上がったんだ。西方辺境からの木材は領地の重要な資金源だったはず。というより、辺境はウェストエンド伯の領地そのものじゃないか、切り離すなんておかしいだろう」
ココは疑問がせきを切って出てくるようだった。シャッポはつとめて落ち着いて話す。
「分かりません……ですが、ウェストエンドの城には妙な動きがあるようです」
「妙な?」
僕の問いに、シャッポはわずかに首をすぼめる。ココの家の中ではあるが、慎重に声を潜めて語る。
「ウェストエンド伯は竜を集めている。火蛇竜に槍尾竜、爆華伏竜。集められた男たちは竜の世話と、その具足を作るために働かされているとか」
竜……。あの火吹きの竜。爆炎を操る竜。それらに伍するほどの竜……。
「ウサギさん、竜皇はいったい何を考えてるんだい?」
「分かりません。しかし、鳩のやり取りはさほど多くないようです。伝令が行き来している様子もない。大量の竜を集めて軍備を整えるとなれば、かなりの数の鳩を飛ばすと思うのですが」
「ふうん?」
「竜使いも呼んでいると聞きますが、個別に声をかけているようです。引退した高齢の者などですね」
オーガの村を襲った竜使いがそうだった。あれは伯爵が直接呼んだ人間だったのか。
シャッポとココと、僕とシール。四人は額を突きつけあって、今まで見てきたことを整理する。
「最初に……僕の人形を見て、村長が伯爵の城から竜使いを呼んだんだ。伯爵に伝わっていたかは分からないけど、すぐに火蛇竜に乗った竜使いが来た」
「ふうん、穏やかじゃないねえ。火蛇竜ってのはまさに破壊の化身だよ。まずは馬を飛ばして事実を確認するとか、そういうのが正しい手順、役所仕事ってやつじゃないのかな」
ココの言うとおり、確かに対応が過敏すぎる気がする。それにベーシックに対して遠慮ない殺意を向けてきた。
「それと……オーガの村が巨人の盾を見つけたんだが、どこからか噂を聞きつけて爆華伏竜を操る竜使いが来た。オーガたちを全滅させることも厭わない勢いで盾を奪おうとした」
そのあたりの流れはココに説明している。彼女は腕を組んで考えに沈む。
「巨人の盾……そりゃ巨人信仰が竜皇への崇拝を弱めるってのも分かるけど、そこまでして奪いにくるかね普通」
それも疑問点だ。奪えたとしても、ゴードランの氏族すべてを敵に回しかねない。支配者のやることとは思えない。
「それにこの街だよ。西方辺境を封鎖して何がしたいのかねえ?」
「うーん、謎が謎を呼びますな。もう少し情報を集めますか……」
「あの、少しいいですか」
シールが手を挙げる。彼女は鮮やかなパッチワークの服を着ていた。ドワーフたちが仕立てたものだ。
「どうしたのシール」
「思うのですけど、最初から竜皇陛下は関係ないんじゃないでしょうか」
空白。
全員がぽかんと口を開ける。
「ど、どういうこと?」
「起きてることがすべてウェストエンド伯の独断だと考えると、説明できる気がします」
起きてること……。竜使いたちに村を襲わせ、西方辺境を封鎖して、城には竜を集めている……。
「確かに」
シャッポが言う。
「中央との連絡には鳩でも数日かかります。それにしては竜使いたちの動きが早すぎる。それと先刻も言いましたが、鳩や伝令は増えていませんからな」
「じゃあ、ウェストエンド伯は勝手に竜使いを動かして、辺境を封鎖するっていうの? なんでそんなことを」
僕の疑問にココと、後ろにいたたくさんのドワーフたちが同意の気配を返す。
「あれは封鎖ではありません」
そしてシールは大柄な戦士、ココへと視線を向ける。
「ココさんと同じです」
「……え? あたし?」
シールは全員を見て、そして最後に僕の目をじっと見つめてから言葉をこぼす。
「ウェストエンド伯は、西方辺境を自分の国にしようとしています」
「まさか!」
立ち上がるのはココ。
「独立するっていうの!? それこそ竜皇が黙ってないよ!」
「ココさんたちも独立を考えていたはずです」
「それは人口が集まってからだ! 数万人の人間と、何百頭もの管理された甲竜がいて初めて主張できるんだよ! 伯爵がどれほど竜を集めてるか知らないけど、1つの城に収まる数では無理だよ!」
「そうですね。竜皇陛下に反旗を示すとなれば、今の城の兵力ではまるで足りない。私は諸国の風に耳を澄ませておりますが、独立の噂があったわけでもないですし……」
「戦える、としたらどうでしょう」
シールの言葉は、重ねるごとに自信を深めるかのようだった。
彼女という存在の引力が、現実を言葉に近づけるような。彼女の言葉だけがこの世の真実であると感じられるような……。
「伯爵は、おそらく見つけたのです」
「見つけた……?」
――まさか。
「すべての竜を討つ力を、伝説の巨人族を……」




