第十話
「馬鹿な……竜の火を打ち消すじゃと、それではまるで……」
老練の竜使いは警戒を強める。だが引きはしない。ここで一旦離れたなら、二度とベーシックを倒せないとの直感を得てるかのようだ。
「跳べ! 爆華伏竜!」
竜の足元で爆発。緑の残像がモニターに残る。
ベーシックが振り向く方向でさらに爆発、一定の距離を取りながらアトランダムに動く。
「……背中から、あの爆発する粘液を打ち込む気か」
「分かっておるぞ、若造」
竜使いの声が響く、ノミのようにアトランダムに飛び回りながら。
「竜の跳躍を封じられぬのが証拠よ。爆発を打ち消したあの力、連続では使えぬか、使える回数に制限があると見た」
コンソールのデータを見る、Cエナジーの残量はごく僅かだ。
盾により拡大された耐火のまじない、左腕だけで使うより遥かに消耗が大きい。規模と消耗が比例しているのは道理というものか。この竜使いはやはり只者じゃない、一発でそれを看破した。
そして僕の無言を肯定だと読み解かれただろう。跳ね回って様子を窺いつつ、決定打を打つタイミングを狙っているのか。
「どうする、どうすればあいつを討てる」
ベーシックが身をかわす。手榴弾サイズの粘液弾。ベーシックを通り過ぎて爆発を起こす。
「くっ……」
装甲を破壊できるほどじゃない、おそらく体勢を崩そうとしている。
膝の上にいるシールの重みで分かる。彼女はかなり消耗している。もう盾を使ったまじないは撃てない。
「……」
もう、盾を使ったまじないは……。
「シール、聞いてくれ、次で……」
がん、と僕は盾を突き立てる。ベーシックを膝立ちにして、衝撃を受け止めるような構えに。そして外部スピーカーで叫ぶ。
「根比べだ! 竜の体液が尽きるまで何度でもかき消してやる!」
「はっ……若造が、一国を滅ぼすと詠われる爆華伏竜になめた口を!」
竜使いは挑発に乗ったのか、それとも攻撃できるときにするべきと判断したのか、50メートルほどの距離を取って正対する。
ベーシックのイオンスラスターを全開。背後に凄まじい噴気が巻き起こる。砂を飛ばし石を飛ばし、立ち木をえぐり返すほどのイオンの風。ベーシックを地面に押し付ける。
「さあ来い! 何をやろうとここから一歩も引かない!」
「華と消えろ! 轟吐!」
粘液が打ち出される。最大の大きさで、内部に莫大な熱量を秘めた破壊の玉が。
「炎の厄災は盾の前に散る!!」
粘液が盾に触れる。
その刹那。
爆炎が。
周囲一帯を吹き飛ばすほどの炎の渦が。
「なっ……」
盾の後ろにいても、その盾と左腕が触れているとは限らない。
まじないの光は左腕だけに起きている。そして粘液弾を防ぐなら盾だけでいい。
薬圧サスペンションに点火。クラウチングスタートの要領でベーシックを前に打ち出す。
盾をなぎ倒し、炎を突き抜け、浸潤装甲を炎に晒しながら真っ直ぐに竜の影へと。
「しまっ……」
「あらゆる竜を断つ光を!」
剣が光に変わる。竜使いの目が、渦のように皺を刻んだ目が一瞬だけ見えて、光の斬撃がその影を断つ。
オーロラのような光が彼方から彼方へと突っ走り、あらゆるものを光の粒に変えるかのような――。
※
※
※
それから丸一日。
僕たちは破壊されたオーガの村の修繕に当たっていた。
怪我人は多く、生体ゲルを使うことも考えたが、幸いそこまで重傷な鬼人はいなかった。あの竜の爆破攻撃は燃焼と爆圧だけで、爆弾として殺傷力を上げるための鋲が含まれてないのが幸いしたか。
火傷と打撲は多かったが、オーガたちの回復力はすさまじく、24時間も経つとほとんどの若者は建物の修理に参加していた。
だが、族長のドドだけはそうはいかない。
彼は三回も火炎を浴びたのだ。全身のダメージがすさまじく、まだ寝たままだった。
そんなドドから、僕と話したいと呼ばれたのが5分前。僕はベーシックを降りて族長の家に向かう。
「人間よ、竜使いを滅してくれたこと感謝する」
族長は大きめの葉を敷き詰めた上に寝そべり、水の入った皮袋を何箇所かに当てられていた。全身火傷の治療にはとても見えないが、その顔にはすでに生気が戻っている。
「もう行くがいい、村の修理を手伝うことはない」
「……わかった。それじゃあ、あの石の盾はこの村に置いていくから、星印の盾を貰うよ」
「そのことだが」
本題はそちらだったらしい。オーガの族長は僕の目を見つめながらへと言う。
「やはり、あの星印の盾は村に残してほしい。竜使いを退けた恩人に頼むのは、心苦しいが」
「そんな、祀るなら一つでいいじゃないか」
「そうではない……」
他の村人が水袋を取り替える。人間の基準なら真皮にまで達する第Ⅱ度火傷だったはずだが、見た目にはすでに薄皮が貼ってきている。
「どういうことだ?」
「あの星印の盾は私の命を守ってくれた。竜使いに立ち向かう力となった。今後もわが村の象徴となる。この村の象徴として在るべきなのはあの盾だ」
「で、でもあれは巨人の遺物では」
「何が巨人の遺物か、何が守り伝えるべきものかは我々の決めること。戦士もそうだろう。生まれや育ちが戦士を勇者とするのではない、大きなことを成し遂げたものが勇者と呼ばれるのだ」
……。
それは星皇軍の感覚には当てはまらない。
僕たち生産兵はすべて横並びの兵士であり、能力に差はない。働きによって出世することもない。それが平等で公平な軍の在り方というもの……。
「お前が見つけた盾はお前のものだ、持っていくがいい」
「……わかった。それでいいなら」
これ以上、村の人々と争うわけにはいかない。能力としては石の盾でも遜色はないのだ。ドドの望む形にするしかないだろう。
「それと人間よ、お前は竜皇配下の竜使いを倒した、それが何を意味するか分かっているな」
「ああ……もともと覚悟の上だ。僕は竜皇を打倒し、兵役に取られている男たちを解放したい」
周囲の村人がざわめく。彼らのように屈強な戦士であっても、やはり竜皇の名前は畏怖の対象なのか。
ドドは顔に乗せていた水枕をどけて、半身を起こす。痛々しい火傷の他に打撲も見える。医学データベースにアクセス。24時間ほどしか経っていないはずだが、人間なら一週間程度に相当する回復だ。
「人間よ。竜皇を打倒して、それからどうする」
「どうって……まず倒さないと悲劇が止められない、あとはなるように……」
「竜皇が我らに苦役を貸しているのは事実だが、それでも大陸の支配者には違いない。凶悪な竜を除いているのも本当のことだ。玉座から追い落とすなら、誰かがその役目を継がねばならん。お前が竜皇になるのか」
「そんなわけには……」
確かに、やろうとしているのはこの世界を根底から覆すようなたくらみ。単に竜皇を倒して何もかも解決、とはいかないのは理解できるが……。
「……私の娘がキルレ山脈の中腹、中央と西方辺境を繋ぐ関、コウカシスの街にいる。それを訪ねるといい」
「娘?」
「竜皇の意に反する者は少なくない。コウカシスには竜皇に反旗を翻す者たちの組織があるのだ。娘はその幹部を務めている」
「……体制に反発する組織、ということか」
「お前たちの人形は貴重な戦力になる……竜皇を打倒するなら、組織が道を示してくれるだろう」
僕は背後にいたシールを見る。
体制派の圧政に立ち向かうレジスタンス。それはつまり僕たちが受けた教育ではテロリストだろう。
事態は僕一人の戦いでは済まなくなっていきそうだ。その戦いにシールを巻き込んでいいのだろうか。しかしシールがいなければベーシックを動かせない……。
「ナオ様、私でしたら大丈夫です。どこまでもナオ様についていきます」
「……ありがとう、シール」
今さら止められない。どこまでも行くしかないのだ。
おそらく、すでに事態は動き出している。
あの竜使い、あの老練なる人物がなぜオーガの村を襲ったのか。巨人の盾を求めたのか。なぜあやふやな情報だけでシールの村に竜使いが来たのか。
まだ何も見えてこないが、おそらく関係しているような気がする。
大きなうねりのような、竜と巨人をめぐる風が吹くような……。
※
族長の家を出ると、白い綿毛の体に垂れた耳。シャッポがいた。
彼女はオーガの若者を指揮して何かを作らせている。小屋のようなものだ。
「ナオ様、お話は終わりましたか」
「ああ、コウカシスの街に行くよ。レジスタンスに会おうと思う。あと石の盾はベーシックが持っていくことになった」
「そうなると思っておりました。オーガの方々は一度信仰したものを変えたりしませんからな」
「……その信仰対象の来歴が間違ってるとしても?」
「その通りです。信仰することそれ自体が対象を特別にする、それがオーガの価値観なのです」
「……」
じゃあなぜシャッポは石の盾を探すと言い出したんだろう。オーガは対爆盾を手放さないと分かっていたのに。
何かを察したのか、シャッポが両手を振る。
「いえいえ、来歴を軽んじてるわけではありません。だから石の盾も一応は探したのです。しかし、もしすんなり見つかっていても、やはりオーガの方々は星印の盾を重視したと思います」
「つまり、石の盾は僕のものになると分かっていたのか」
「その通り、武器をお求めとの事でしたが、盾も立派な戦力でありましょう?」
……。
シャッポはどこまで計算して、どのぐらい準備していたのだろう。何もかも読み切っていた気もするし、割とアドリブを効かせている気もする。少なくとも石の盾を発掘する用意はあったようだが……。
「さてナオ様、そうなると盾の代金をいただきとうございます」
「う……」
「私の尽力なければ盾は見つからなかった、この村にも来ていなかった、そうでございますね」
「お、オーガの族長から金貨500枚取ってただろ」
「私の集めました文書、かなりの稀覯本もあるのです。前投資はかなりかかっているのですよ。それに盾を持たれるのはナオ様です。ナオ様が何の出費もしないというのはいささか……」
「ま、前も言ったけど本当にお金はないんだ、どうしろって言うんだよ」
「このわたくしを、風に乗せていただきたい」
オーガたちの作っていたものが完成したのか、横倒しの状態からえいと起き上がらせる。
それは籠である。直径2メートル、深さは1メートルほどの円柱形の籠。丈夫な縄を二重に編み込んで作ってあるようだ。さらに吊り下げるための長めの縄もある。
「まさか、ベーシックでそれを運べって言うのか、ついてくる気か」
「ナオ様の周りには類稀なる風が吹いております。商売の風だけではない。そう、時代の風、変革の風というものです。我ら草兎族を突き動かす好奇の心、あなた様の旅に同行したいと囁いております」
「だ、だけど危険な旅なんだぞ、シール一人だけでも守りきれるかどうか」
「はいそこです、そのあたりにお布団を詰めてください」
「シールなに荷造りしてるの!」
シールはオーガの女性たちに手伝ってもらって、カゴに寝具やら食料やらを詰め込んでいた。
彼女は振り向いて、にこりと笑う。
「同行していただきましょう。私も大きな街へ行くのは初めてです。シャッポさんの案内が必要だと思います」
「うぐぐ、それは、そうかもだけど……」
「それともナオ様」
シャッポがそばによってきて、背伸びしつつ耳打ち。
「お二人の旅をお望みですか? あの人形の中に二人きりで? 膝に乗って?」
「はっ!? いやそんなこと全然ないけど! ついて来たいなら来ればいいよしょうがないな!」
そして一時間後。僕たちはオーガの村を後にしていた。
長めの縄で籠を吊り下げつつ、イオンスラスターをふかす。
かなりの静音仕様とはいってもそれなりの音はする。僕はスラスターの噴気を二人に当てないように飛ぶ。
「あまり速度は出ないのですな」
シャッポはカップにお茶を注いでシールに振る舞っていた、カラフルな砂糖菓子もある。何あれ女子会?
「シャッポ、コウカシスの街ってこの方向でいいのか?」
「はい、このまま真っ直ぐです、おそらく2日もあれば着きましょう。私のような獣人も多い、賑やかな街でございますよ」
「わかった」
僕は外部スピーカーを切って、操縦に専念する。
「レジスタンス、獣人、西方辺境と中央が交わる街……か」
生産兵である僕には社会経験が乏しく、大きな街へ行った経験もあまりない。
不安は多いが、しっかりしなくては。竜皇を倒さねばならない、そしてシールを守らねばならないのだから。
「……」
ある意味では、シールをコックピットに乗せなくて正解だったかも知れない。
僕は流れ続けていた警告メッセージをカットして。
完全に信号の絶えたイオンスラスター二基を離断し、そっと荒れ地に落とした。




