第一話
僕たち生産兵に約束されてるものが3つある。兵士としての優れた能力、最新であり万全なる装備、そして勝利だ。僕たちはいずれその3つを与えられる。
高度に洗練された星皇軍の練兵マニュアルは完璧であり、僕たち生産兵は生まれたその瞬間から圧縮教育を受ける。
余計なもののない白い教室、座学は毎分400フレーズという速度で続く。
隣に座っていた男の姿が見えない。きっと全てのカリキュラムを終えて兵士として旅立ったのだろう。
僕たちは生産され、調整され、適切な運用によって勝利に貢献する兵士。そこに選別はなく、分化もない。生産兵は同じ能力を持ち、同じ経験を持ち、星皇軍の最前線にて戦う。システムの極地。
そして与えられる機体も、星皇軍の理知の結晶。
多環境戦闘用機動兵器「ベーシック」
適度な感情の高ぶりは身体能力を高める。
あの機体に乗れることが楽しみだった。
一人前の兵士になれることが。
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「コール、これは星皇軍救難信号、付近の部隊は応答されたし、認識番号は……」
応答はない。この惑星への大気圏突入の際にアンテナがいかれたか、あるいは超光速通信を受信できる施設が数十光日の範囲にないかだ。
座学によれば、僕たち兵士は遭難の際にはその場を動いてはいけない。機動兵器の中で休息を取りつつ、青旗連合との接触を避けねばならない。
「……といっても、もう呼びかけ続けて240時間……。信じがたいけど、半径1光年の範囲で超光速文明圏が存在しないってことか……?」
そんな空間が星皇銀河に存在するはずがない。これも信じがたいけど、この惑星は外宇宙にあるのだろうか。
「ストリングシフト兵器……まさか本当にあったのか。それを食らってしまったってことか……」
体内から異音。胃の幽門が開いて胃液が小腸へと流れ込む音だ。水洗トイレを流すときの音に似ている。
「カロリーバーは尽きた……。造水システムは生きてるけど、できれば新鮮な水が必要だな……。これ以上の機内待機は生命活動に支障が出ると判断……」
すでに大気組成の分析は終えている。幸運なことに生存可能惑星だ。
「ナオ=マーズ少尉、船外活動を開始する」
※
極相に達した森は歩きやすく、重力、気圧とも快適。悪臭や不快な生物などもない。リラクシーヴィジョンで見るような美しい森だ。
あらかじめベーシックのカメラアイで周辺を探っていた。地形や植物相などから判断して、こっちの方角に川の流れがあるはずだ。
「なにか聞こえる……これは滝の音だな、毒性のない水ならいいけど」
やがて木立を抜け、滝の水音と飛沫が顔を打つ。
落差15メートルほどの立派な滝だ。滝壺があり、そこから扇状の範囲が浅瀬になっていて、そこで水浴びをしている人物……。
「……え」
それは女性だ。膝丈の水に立って、手で水をすくって体を磨いている。やや日に焼けているが、脚部の衝撃緩衝材のような滑らかな肌。
「な、人が……そんな、文明圏じゃないはず」
はっと、その子が振り向く。滝の音で気づくのが遅れたのか。
なぜかその子は目隠しをしている。黒地に金の刺繍で模様の描かれた布だ。それ以外は糸ひとすじも纏っていない。
「――」
何かを言う。星皇銀河のあらゆる言語は翻訳ユニットに入ってるはずだが、おかしいな、翻訳されない。
「ちょっと待ってくれ、僕は星皇軍第六旅団所属の軍人だ。このあたりに通信機はないか、あるなら借りたい」
「――」
目隠しをした子はこちらを向いて何かを話している。銀の鈴にも似た軽やかな声。語彙数は多く感じる。美しい顔立ちに銀色の髪、頭髪以外に体毛はほとんどない。やはり知的生物なのか?
そしてなぜ! 裸なのに視覚野のプライベート・セーフが作動しないんだ!?
くそ、スーツがいかれたのか? 軍人である僕にはタブーな行動だが、僕は少女から目をそらして話す。
「すまない! プライベート・セーフが作動してない、君から申請して作動させてくれ、いやその前に何か着てくれ!」
ばしゃ、と水場を駆ける音。
その子が僕にしがみつく。
「え……」
彼女が青旗連合のゲリラだったら。
そんな可能性は頭から吹き飛んでいた。彼女は僕より少し若く、15か16だろうか。体はじわりと熱を持っており、爆薬コンテナを満たすソフトジェルのように柔らかい。何かをずっと喋り続けているが、そこにはどこか必死さのようなものがある。
「――への、――示すため――私の――」
翻訳ユニットが作動しだした。単語数が溜まってきたので推論翻訳が機能しているのだ。
「落ち着いて……ゆっくり話してくれ」
僕は彼女を離し、少し膝をかがめて目線を同じくする。
「少し話せば言葉が通じるようになってくるはず……まず名前を名乗ろう。僕は星皇軍少尉のナオ、ナオ=マーズだ」
「ナオ?」
「そうだ、名前、分かるかな、君の名前は?」
「――、――名前、――シール」
シールか。語彙分析によると「固有名詞」と推論されてる、たぶん彼女の名前だろう。
「シール、僕たちの会話を翻訳機にかけてる。いろいろ話してみてくれ。語彙が500も貯まれば少しは意思の疎通ができるはず」
「――、――ナオ――」
「その前に……お願いだから何か着てくれ」
※
それから数十分。
僕たちは土の道を歩いていた。シールが村に案内してくれるそうだ。
「そうか、やっぱり星皇軍のことを知らないのか」
「はい、申し訳ありません」
信じられないが、ここは人類の文明圏の外側。つまり異なる銀河まで飛ばされたことになる。
「ストリングシフト兵器か……恐ろしいな。広大な宇宙の中で地球型惑星の近くに飛ばされたことがせめてもの幸運か」
「ナオ様は迷い人だったのですね……」
シールは白いワンピースを腰のあたりで縛った簡素な服装。それなりに文明レベルが高く思える。ベーシックの修理ができる設備があればいいけど。
「村まではどのぐらい?」
「歩いて一時間ほどです」
「君は……一人でそんな距離を?」
シールはずっと目隠しを付けている。黒地の布は光を透かすようには見えない。彼女は柄頭に鈴がついた杖を突いていて、一歩ごとにその鈴をしゃりんと鳴らしながら歩く。
「はい、毎日の沐浴は巫女の務めですから」
「巫女ね……」
ベーシックのデータベースにアクセス。宗教的儀式の執行者の中で女性を指す言葉。あるいは宗教的施設の中で働く女性のこと。
他にもつらつらと説明が並ぶ。僕はまばたきをしてそれらを閉じる。かなり古い概念であり、少し理解が難しい。
それよりも彼女が平然と歩けていることを驚くべきか。ざくざくと土の道を突きながら、道のカーブに沿って歩いている。
「君は眼球以外の視覚デバイスを使っているのか? それとも衛星を使ってミリ単位の位置データを獲得している?」
「はい……?」
「ええと……失礼だが完全な全盲なのか? それとも少しは見えるのか?」
「まったく見えません。光は失っています」
ではなぜ歩けるんだ……?
データベースから類似の事例を探す。なるほど杖の鈴か。鈴の音が両脇の立ち木に跳ね返る音で位置を推測……。あるいは風の音で周囲の地形を確認している……聴覚が発達してるんだな。
「生体ゲルで治せばいいのに……いや、そうか、無いんだな。原生生物保護法に引っかかるからそのことは伝えないようにしないと……」
「そろそろ私の村です」
シールが言う。まさにその時、道の果てに建物が現れたところだった。丸木小屋のような立派な建物で……。
「……これは何だ?」
僕は見上げる。村の入り口から百歩ほどの場所。巨大な剣のような物体がある。何かの記念碑のような大きさだ。
シールは盲目ながら正確にその剣を見上げるかに思えた。どこか誇らしく、また畏敬の念を感じる声が口元から流れ出す。
「はい、これは石の巨剣。巨人族ザウエルの残した遺物です」
というわけで先日投稿した短編をもとに、新しく連載を始めてみました
タイトルを変更し、細部もいろいろと手を加えています。