04『ロマンチスト』
エインがオウトクの先導で執務室に入ると、予想外の事態が起こる。
「――――⁉︎」
セブの他に男がいる――。
人払いを命じられているはずなのに、護衛を残していたのだろうか。
エインは注意深く、セブの左右に控える男たちを見る。
(――こいつらは!)
エルフの女を陵辱し殺害した現場にいた、セブの配下の二人だった。
「セブ様、これはいかに? 勅使様との対面はお一人でとお伝えしたはず――」
すぐにオウトクが抗議してくれた。
だがセブは居丈高に左右に顎をしゃくると、
「オウトク、出過ぎたマネをするなよ」
「しかり。今は我ら二人がセブ様の副官。共に勅使様をお迎えしても不敬にはあたるまい」
左右の男たちが、高圧的な口調でオウトクの申し出をはねつける。
「さ、されど王都よりの密命でございます。勅命の拝受はセブ様のみが――」
尚もオウトクは食い下がるが、
「黙れ、オウトク! 貴様、今やただの兵長の分際で、俺に意見する気か⁉︎」
今度はセブ自身が唾を飛ばしながら、怒りを露わにする。
「フン、セイトの事情に通じていると思って仕えさせてやれば、頭に乗りおって――。やはりエインの部下など全員、追放してやるべきだったわ。今日もエインの亡霊を見たし……まったく胸糞悪い」
感情をコントロールする事ができないのか、セブは勅使の前にもかかわらず、罵詈雑言をまくし立てる。
だが、おかげで現在のセイトの状況が少し分かった。
元副官だったオウトクは一介の兵長の身分に落とされ、どうやら下衆な顔をしたセブの二人の側近がその後釜に収まったらしい。
しかもオウトクでさえこの扱いなのだから、エインの元部下は苦境の中にいるに違いない。
(この男は――何も変わっていない)
エインはセブという兄の本質を垣間見た気がした。
異腹の兄だが、昔から中身のないうわべだけの男で、唯一の弟のエインをいつも小馬鹿にしていた。
大した統治能力もないのだから、今もセイトの運営はオウトクたち、エインの旧臣の力に頼っているはずなのに、それに対する感謝もなければ、わずかの敬意を払う様子もない。
しかも、あれほどはっきりとエインの姿を見たはずなのに、それを亡霊だと言って片付けようとしている。
それを諌めない二人の側近も、よほどの無能なのだろう。
(蝿は糞にたかる……)
セブ自身が糞だから、下衆な臣下しか集まらないのだろう。
――糞を消すのに、なんの躊躇いがいる?
エインの心が冷徹な思考に染められていく。
(糞には糞なりの対応がある――)
エインは大きく息を吸うと、
「無礼者!」
と、政庁全体に響き渡るほどの大声で一喝した。
「――――⁉︎」
室内の一同が息を呑むと続けて、
「王勅をなんと心得る! セブ殿、貴殿たちの非礼は王に報告させていただくが、いかに⁉︎」
勅使を装うエインは、王の名前を持ち出し恫喝する。
一瞬、呆然としたセブだったが、
「も、も、申し訳ございません! 非礼は謝罪いたしますゆえ、何卒、何卒、父上には黙っておいてくださいませ!」
すぐに人が変わった様に土下座をすると、床に頭をこすりつける。
――権威を笠に着る輩は、権威に弱い。
あまりに驚いたのか、セブはエインの声だと気付きもしない。
イチかバチかの賭けだったが、成功した事にエインは内心胸を撫で下ろす。
「では我らは退出いたします――」
またもや絶妙のタイミングでオウトクが、うろたえる副官たちを促しながら、部屋から出ていく。
扉が閉まる音がする――。これでエインは密室内でセブと二人だけになった。
「勅使様、謹んで王命を拝受いたします!」
片膝をつき、儀礼に沿った形で深々と頭を下げるセブを、エインは帽子のひさしから冷たい目で見下ろす。
(能なしのくせに、ただ『兄』というだけで俺を見下し続けていた男が、このザマか――。無様だな!)
本当にエインは、汚物を見る様な気分になった。
家族から厄介事を押しつけられ続けた前世の思い。そして死ぬまで心をすり減り続けさせられた、かつてのエインの無念が心の中で完全に重なり合った。
(さて――殺そうか)
エインは胸元から一巻の書状を取り出すと、
「セイト領主、セブ・ギルスフィア! 王命である!」
声高らかに述べながら、太い巻物の端をハラリと紐解き始めた。
「ははっ!」
唾を呑み込み、緊張するセブに向かって、
「セブ・ギルスフィア、すぐにこのセイトから旅立たれよ」
エインは少し声音を柔らかくして語りかける。
「はい……? と、という事は国替えですか⁉︎ 私はこのセイトから離れられるのですか⁉︎」
少し間をおいて、その意味が理解できたセブは喜びに顔を輝かせる。
――大陸の火薬庫といわれる、この最果ての地から離れられる。
その思いは完全にセブを油断させ、一切の警戒心を解かせた。これもエインが考えた巧妙な策であった。
「で、勅使様、私の任地はどこに? 王都に帰れるのですか?」
「うむ、それはここに――」
間抜け面で問いかけるセブに、エインは巻物をスルスルと広げていく。
細くなっていく巻物――。それが間もなく芯だけになりそうになると、エインはそれを宙に向かってバッと放り投げた。
セブが舞い上がる書状を追う様に、呆然と立ち上がる。
それに向かって、帽子を払いのけながらエインが前に駆け出した。
「お前が行くのは――」
叫ぶエインは巻物の芯を構えている。――その正体が銀色に鈍く輝く短刀であると分かると、期待に目を輝かせていたセブの目が絶望に変わり、
「――地獄だ!」
エインは勢いのまま、短刀を兄の胸に深々と突き刺した。
「――――! ――――!」
セブは絶叫しようにも、エインが口を押さえているため声を発する事ができない。
「どうだ、お前が虐げていた弟に殺される気分は?」
天国からまさに地獄に突き落とされながら、苦痛に顔を歪めるセブに向かって、エインは不敵に笑いかける。
「――――。――。…………」
そして声にならない絶望を訴えながら、セブは膝から崩れ落ちると、床に倒れそのまま血だまりの中で息絶えた。
エインはセブを殺めた短刀を床に放り投げる。
別に兄殺しに動揺した訳ではない。まだやる事があったのだ。
エインは胸元から、民家から盗んできた油の袋を出すと、よく燃えそうなカーテンやソファーにふりかけ、そこに火をつける。
「いいかセブ。お前は土に還れるなどと思うなよ――。お前の体は、髪の一筋も残さずここで燃え朽ち、消え失せるんだ」
燃え上がる炎に囲まれながら、セブの死体に向かってエインは吐き捨てた。
「君はやっぱり……ロマンチストだね」
またもや突然エインの傍らに、アースが姿を現した。
――土に還れば、みんな一つになれる。
セブに惨殺されたエルフを埋葬した時に、エインはそう言った。
それをセブには許さない事が、エインにとってのエルフたちへの、せめてもの手向けである事を、アースは理解したのである。
だがエインもオウトクから手渡された――エインが来る。彼を助けろ。と書かれた紙片を取り出すと、
「なんだこれは? 俺の手助けはしないはずじゃなかったのか?」
宙に浮くアースにそれを突きつけながら、やり返す。
「フフッ、なんの事だろうね……」
紙片を手に取ると、アースはそれをそのまま炎の中に放り投げる。
公然と手助けを認めながら、不敵にしらばっくれるアースに、やはり食えない女神だとエインは思う。
「さあ、君もこのまま燃え朽ちるつもりかい? せっかく君の元部下が道を開いてくれているんだ。さっさと、こんな所はおさらばしようじゃないか――」
アースの言葉に、エインは急ぎ執務室の扉を開く。
「――――⁉︎」
廊下にセブの二人の配下が横たわっている。いずれも喉を一太刀で掻き切られて絶命していた。
オウトクは老いてはいるが、歴戦の武人でもある。
おそらく二人を連れて部屋から出た後、エインの意を汲んで、隠し持っていた暗器で音も立てずに瞬殺したのだろう。
(オウトク……)
この段取りのよさなら、エインの指示通りアンジーを連れて、もう政庁から逃走しているに違いない。
火の勢いもだいぶ強くなってきた。勅使を迎えるための人払いのせいで、消化活動は相当に遅れるに違いない。
「――よし!」
エインは覚悟を定めると、まだ放火に気付いていない兵たちの間を悠然と進み、屋外の馬まで辿り着く。
王の勅使を装うエインを止める者は、誰もいなかった。
「ハアッ!」
馬の腹を蹴り、エインが馬を進めると同時に、執務室の窓から炎が吹き出した。
それはエインが上げた、反逆の狼煙かの様だった。
無人の街道を駆けると、またアースが現れ宙を飛びながら馬と並走する。
「フッ、フフッ」
復讐の第一歩を遂げた充実感からか、エインの口から笑いが漏れた。
「フフッ」
アースもそれに応じる様に、エインの横顔を見ながら笑う。
アースの目的は分からない――。だが、それがたとえ同床異夢であっても、今はそれでいいとエインは思った。
「フフッ」
だからエインもアースを横目で見ると、また小さく笑った。
こうしてエインとアースは、ギルスフィア王国征服に向け、その反乱の火蓋を切る事となった。
第1話をお読みいただき、ありがとうございます。
この先、不定期連載となりますが『面白い』と思っていただけましら、ブックマークしてお待ちいただけると励みになります!
宜しくお願い申し上げます。




