03『王勅』
エインは、セイトの政庁に向け馬を走らせる。
記憶を引き継いでいるので分かってはいたが、この世界は本当にファンタジーによくある中世ヨーロッパの様だ。
なので交通手段も馬が用いられている。
王族の嗜みなのか、エインは難なくそれを乗りこなせている。
(これで条件は揃った――。あとは、やるしかない!)
エインの背には、ギルスフィア王国の伝令が用いる旗が指さっている。
これを馬と共に駅舎から盗むのは骨が折れたが、アースが兵の交替のタイミングを見計らって、エインを上手く誘導してくれた。
その他、民家や書物庫からも必要なものを拝借しているうちに夕闇が迫ってきたが、時刻としては丁度よかった。
政庁にはエインの顔を知っている元部下もいるだろう。
長距離を休みなしで駆けて来た事を装うために、顔や体を泥で汚しているが、暗がりの方が正体を隠すには尚都合がいい。
街道を行く間も、エインを止める者はいなかった。
そして、ついに政庁が見えてきた。
「では、健闘を祈る――。いや、ここはご武運を、と言った方がいいのかな?」
人気がなくなった所で、いきなりアースがエインの隣に顔を出してきた。
そのまま馬に負けないスピードで、空中で並走してくる。
「フン、どうか俺に神のご加護があらん事を――」
エインの精一杯の嫌味に、アースは腹を抱えて笑うと、フッと姿を消す。
政庁の前に衛兵が待機している。
見たところ三騎ほど――。軽武装はしているが、臨戦態勢という訳ではなさそうだ。
(まだセブは、何も手は打っていない!)
見れば夕餉の支度なのか、調理場の辺りから炊煙が上がっている。
おそらくセブは、自分が命を狙われているとは露ほども思っておらず、呑気に構えているに違いない。
(賭けに――勝った! これならいける!)
エインはそのまま馬を政庁の門前に乗りつけると、
「王勅である! セブ殿に取り次がれい!」
声の限りに大音声で呼ばわった。
それに衛兵たちが硬直する。
王勅――すなわち王の勅命。それを携えてきた勅使は、王の代理であった。
「はっ!」
一同が恭しく拝命する。
同時にチラリと、その姿を確認する。
馬の装備は王国の駅舎のものに間違いないし、勅使が背に指す旗指物もギルスフィアの公式のものであった。
何よりも勅使の左胸の『双頭の獅子』の紋章――。これは王族か、その代理の勅使しか付ける事が許されていない。
薄汚れているのは、王都より急行してきたからだろう。
――これは間違いなく、王からの勅使だ。
そう判断した衛兵は、
「しばしお待ちくださいませ!」
と、足早に庁舎内に駆け込んでいく。
(よし、うまくいった!)
順調に推移する状況に、エインが安堵していると、思わぬ事態が発生する。
政庁から出てきた迎えの者たちの中に――エインの執事を務めていたアンジーという青年が混ざっていたのである。
(まずい――!)
エインは息を呑む。他の者はごまかせても、長く寝食を共にしてきた、同年の近習の目は騙せる訳がない。
予想通り、下馬したエインに歩み寄ってきたアンジーの顔付きが変わる。
――アンジー、騒ぐな!
エインは目で訴えるが、死んだはずの主あるじが突然目の前に現れたのである。
慌てるなという方が無理であった。
(ここまでか……!)
エインは己の策が破れた事を悟る。
だがエインには神の加護があったのか、救世主が現れる。
声を上げそうなアンジーを、初老の男が押しのけて前に進み出てきたのだ。
「王の勅使よ! 主、セブの元に謹んでご案内仕りまする!」
高らかに口上を述べる男の姿に、今度はエインが声を上げそうになる。
男の正体はエインの守役、そしてセイト統治の副官として仕えていたオウトクだった。
オウトクは動じる素ぶりもなく、エインの顔を真っすぐに見つめている。彼もまたアンジーと同じく、エインだと気付いているはずであった。
(オウトク……どうして⁉︎)
内心の動揺を隠しながら、エインは先導するオウトクについていく。
後に続くアンジーも、もうオウトクの意を汲んでか黙り込んでいる。
ひとまず助かったエインだが、これから政庁に入るところで、また一つ問題がある。
もう日が暮れた屋外と違って、邸内は燦々と明かりが灯してある。
顔を汚してあるが、どこまでごまかせるか分かったものではない。
緊張が高まる中、
「勅使様、これを――」
と、入り口前でオウトクが、エインに向かって振り返る。
その手が捧げていた物は、儀礼用の帽子だった。
「――――⁉︎」
息を呑むエインに、
「長旅の事で、ひどく汚れていらっしゃいますが、お急ぎの事と思われますので、湯浴みをする時間もございますまい。されば、せめてこれを被り、王家の威厳をお保ちくださいませ」
オウトクは周りの者も納得する理路整然とした口上で、帽子の着用を正当化する。
繰り返すが、勅使とは王の代理である。ならばセブを相手に帽子を着用していても、不敬にはあたらない。
顔を隠したいエインにとっても好都合であったので、
「うむ」
と居丈高に演技をしながら、渡された帽子を深く被る。
「では私がご案内いたします――。皆の者、これよりセブ様は王命を拝受する。これより先、他の者はついてくる事まかりならん」
それからもオウトクは段取りよく、エインが単独でセブに接触できる状況を作り出す。
「では、勅使様。お腰のものを――」
続いてオウトクは、エインに武装解除を促す。
勅使とはいえ、貴人との対面に帯刀は儀礼に適っていない。
ここで躊躇しては、怪しまれてしまう。
だからエインも、また「うむ」とだけ言って、腰の剣をオウトクに渡す。
オウトクはその剣を、わざわざアンジーに預けた。
それがアンジーを安心させたのか、その顔に落ち着きの色が見えてきた。
「では我々は、ここで――」
アンジーも自然に、他の者を留まらせる様に深々と頭を下げる。
「勅使様、参りましょう」
さらに自然な流れで、オウトクが先に歩き出していく。
後に続くエインを疑う者は誰もいない。
三階建ての最上階にある執務室に進む間、衛兵たちも膝をついた姿勢でエインを通してくれた。
武装解除をしているため、兵もエインを怪しまなかった。
(この段取りのよさはなんだ?)
エインはその思いを、二人きりになった廊下の中央で思い切ってオウトクに投げかけた。
「オウトク、なぜだ?」
短くエインは問いかける。聡明なオウトクなら、これだけの言葉で十分だった。
「これを――」
応じるオウトクは振り向かずに、後ろ手で小さな紙片をエインに渡す。
受け取った紙片を、エインは目を伏せながら覗き見る。
――エインが来る。彼を助けろ。
紙片には、それだけが書かれていた。
「――――⁉︎」
思わず声を漏らしそうになるほど驚いた。
(いったい誰が……⁉︎ まさか⁉︎)
エインの脳裏に、大胆不敵な女神の姿が浮かび上がった。
(そうか……。あいつ、俺を助けないと言っておきながら)
直接手を下さないまでも、エインの守役だったオウトクを担ぎ出すとは、なかなかの策士である。
そんな女神の不器用な手助けに、エインは帽子の中で不敵に笑うと、
「オウトク――。この後、すぐにここを出ろ。そしてアンジーを連れて西の林に潜め。――俺も必ずそこに行く」
小声で、今後についての指示を出す。
「御意」
オウトクもまた小声で短く答える。
孤立無援かと思われた状況に、一筋の光が差してきた。
この異世界を征服するためにも、復讐の初手であるこの暗殺は、なんとしても成功させなければならないと、エインは決意を新たにする。
「勅使様の御成りでございます――!」
そしてオウトクの声と共に、対面所である執務室の扉が開かれた。




