02『リアリスト』
セブたちに陵辱されたエルフの女を埋葬すると、続けてエインは斬り殺されたエルフの男も、殺害現場の近くに埋めてやった。
「一緒に埋葬してやらないのかい?」
アースの問いに、
「他の男に犯されたんだ。一緒にして喜ぶかどうか……。それに――土に還れば同じだろ? それでみんな一つになれる……」
エインは複雑な表情で、そう答えた。
「君は……ロマンチストで、リアリストなんだね」
アースもエインの感情を理解した様に、そっと目を閉じる。
だが、エインはこれではいけないと思う。
(生半可な情のために、俺はかつての人生をムチャクチャにされた――。これからは徹底的にリアリストにならなくては!)
エルフの死体など打ち捨てておくぐらいでなければならない――。
実際、エルフの死自体にエインは心動かされていない。
エインの引き継いだ記憶の中の価値観は、エルフを人とは認めていなかった。
例えるならば家畜――いや魚レベルだろうか。
多少感情が動いても、魚二匹の死に人は激しく動揺しないだろう。
ただ今回は女が陵辱の上に殺されるという、センセーショナルな内容に心が動いてしまったのだ。
だが、こういう事は日常茶飯事なのだと、与えられた記憶が告げている。
(俺はこれから、この大陸を征服するんだ。多少の事には心を動かされるな。冷徹になれ、冷徹になれ――)
新たな自分に、これまでの自分が言い聞かせる。
(まずはセブを殺す――。そのためには、まず情報収集だ)
エインは気持ちを切りかえると、
「アース、ここは俺の領地だったセイトだ。そこになぜセブがいたんだ?」
今、自分が置かれている状況について、アースに向かって問いかける。
エインが死んだところまでの状況は、記憶の継承で理解している。
問題は自分が新たなエインとなるまでの、死体だった間の空白期間だ。
異世界から自分を引っ張ってきた張本人のアースが、それを知らない訳がない。
「なに、簡単な話だよ――君の後任さ」
事もなげにアースは、そう答えた。
なるほど、言われてみれば納得する。
死んだエインは末弟の第八王子――。それがいなくなったので、第七王子に厄介事が回ってきたという訳だ。
(どこの世界も、押し付け合いか……)
立場の弱い者が消えても、その次に立場の弱かった者が、新たな生贄にされる。
うわべだけで大して中身のないセブは、兄たちからセイトの領主という貧乏くじを引かされたのだろう。
かつてエインをセイトの領主にする様に、父王に推薦した兄たちの中で、ことさらセブはそれを強く訴えていた。
もしエインでなければ、自分がセイトに行かされる可能性が高かったからである。
だがエインが憤死という結末を迎えた事で、反乱分子が跋扈する僻地に、ついにセブは押し込まれた。
その苛立ちもあって、エルフを強姦するなどという暴挙に出たに違いない。
一通りの顛末にエインが納得していると、
「ついでに言っておくと、君がエインとなったあの霊安室は首都『ダイト』の王宮の中だよ」
先ほどまでエルフの死を悼んでいた時とは一変した、妖しい顔付きでアースがそう言ってきた。
少し驚いたが、エインは黙って続きを聞く事にする。
「かつてのエインは、ここセイトで憤死した後、死体は首都に運ばれた――。そこに私は君を呼び寄せて新たなエインとして復活させてから、ここに飛ばしてきたのさ」
アースの説明は簡潔だった。
エインに首都で反乱を起こす兵力はない。それなら僻地でも、かつての領土の方がまだ成功する確率が高い。
「なるほど、段取りがいいな」
エインは感心した様に相槌を打ちながら、
(この女神の計算高さは油断ならない――。だが、今の俺にとっては心強い!)
心の中では別の事を考える。
アースもその辺は見通している。
だから何も言わずに意味深にニヤリと笑うと、
「さあ、これからどうするかね?」
と、話を次へと進めていく。
「まずはセブを討つ――。時間をおきたくない」
エインもアースの問いかけに即答する。
偶発的な事態だったが、新領主のセブと遭遇してしまった。
下手に時間をおいてしまえば、首都に問い合わされてしまうだろう。それに何よりも身辺を固められてしまう。
(寡兵をもって大軍を破るには、速戦――奇襲しかない)
これは戦争でも、ビジネスでも理論は同じだ。
先んじれば人を制す――。それは歴史も証明している。
あとは少しの『知恵』だけが必要だ。
(考えろ、考えろ――! 今の俺にできる策はなんだ⁉︎)
エインは思考をフル回転させ、この身一つでできる事を考える。
おそらくセブは政庁にいる。粗末な造りだがセイトの防衛拠点だ。
かつての自分の邸宅でもあったので、構造は手に取る様に分かる。
問題はどうやって、このエインの体で侵入するかだ。
――正面切ってエインを名乗るか?
それも手だが、間違いなく一旦衛兵に止められるだろう。
エインの死は公となっており、遭遇したセブも幽霊を見る様にうろたえていた。
だとすると拘束された時点で詰みだ。みすみす死にに行く様なものだ。
(考えろ……考えるんだ!)
良策が出てこない――。その間も時は過ぎていく。
(クソッ!)
思わず天を仰ぐ――。
「フフッ、神頼みかい?」
アースがまるで挑発するかの様に覗き込んでくる。
今さら気付いたが、その美しさに息を呑む。
とはいえ相手は女神だ。美しくても不思議ではない。
だが苦しむ人間に向かって、神自身が神頼みを口にするとは悪趣味だとエインは思った。
「かつて俺がどれだけ祈っても、神様は助けてはくれなかった――。お前もそうなんだろう?」
「無論、その通りさ。神は人の事象には直接、手を下せないからね」
エインの嫌味にアースは即答する。
なるほどとエインは思う。
さっきのエルフの埋葬も、神の力をもってすれば造作もない事だと思われるのに、アースはそれをわざわざエインに依頼してきた。
――つまり干渉しても、手出しはできないのだ。
ギルスフィア王国の征服を、エインにさせようとしているのも、そういう事だ。
(この女神は何かを隠している……)
だが今は、それを問う段階ではないとエインは思う。
まずは自分一人の力で、セブ暗殺をやり遂げる事が先決だ。
(天は自ら助くる者を助く――とは、よくいったもんだ)
自嘲しながら、エインは無意識に身にまとう貴族服の胸元を握りしめる。
指先に伝わる美麗な刺繍の感触――。
(――――! これだ!)
刺繍の正体は、ギルスフィア王国の家紋――双頭の獅子の紋章であった。
これは王家の人間、もしくは王の勅命を伝える者にしか、つける事が許されない。
「アース、頼みがある!」
エインは前のめりにアースに語りかける。
「なんだい? 言っておくが、私は君の手助けはできないと――」
「分かっている! 今から言う物が盗めそうな、人のいない場所を教えてくれ――。 それだけならできるだろ⁉︎」
アースの言葉を遮り、エインは血走った目でまくしたてた。
「おいおい、元王族が盗っ人の真似事かい?」
「できるのか、できないのか⁉︎」
アースの揺さぶりにも、エインはまったく動じない。
それを面白いと思ったのか、
「フフッ、できるとも。――では、君のお手並みを拝見しようじゃないか」
アースは宙に浮いたまま大げさに両腕を開くと、芝居がかった口調でそう言ってのけた。
(よし!)
エインは心で拳を握りしめる。
(お前が俺を利用するなら……俺もお前を利用する!)
エインはアースという女神の使い方が、分かった気がした。




