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末弟王子の異世界征服  作者: ワナリ
第1話:報復開始
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プロローグ『死体』


「もう嫌だ――。助けてくれ。どこか遠くに――『ここではないどこか』に俺を逃がしてくれ」


 男は天に向かって絶望を訴える。


 ――彼はいったい何に絶望したのか?


 それは親兄弟――すなわち血縁者たち全員から、あらゆる面倒事を押しつけられた人生にだ。


(もう限界だ――)


 男の精神はすり減り切っていた。

 悲しい現実だが、押しつける側に、押しつけられる側の苦しみなど分かるはずもない。


 そもそもそれが分かっていれば、その苦労を分かち合ったはずだ。

 上っ面だけの無責任な者たちは、そんな犠牲者の上にあぐらをかいて安楽を貪る。


(クソッ、どうして俺ばかり)


 そう思うのなら、いっそ見捨ててしまえばよかったのだ。

 だがそれもできなかった。なぜなら肉親だからだ。

 血の縁とは情の鎖だ。時として、これほどやっかいなものはない。


 だから男は願ったのだ――俺を逃がしてくれと。

 ここではない――どこかへと。


『いいだろう――』


 男の耳に女の声が聞こえた。

 いや、声じゃない。直接、脳に語りかけてくる感覚だ。


(心霊現象――⁉︎)


 そうでも考えなければ、説明のつかない感覚に男は恐怖する。

 次の瞬間、男の視界は真っ暗になり――気がつくと薄暗い部屋の中にいた。


(臭い――!)


 鼻をつく、これまで嗅いだ事のない異臭に男はたじろぐ。

 困惑する中、次第に暗がりに目が慣れてくると、さらに男を驚愕させる事態が発生する。


 目の前に、何やら人が横たわっていたのだ。


(いったい……誰なんだ?)


 恐る恐る手を伸ばしてみる。

 だがその体から発せられる異様な雰囲気に、男の直感は警鐘を鳴らす。


 そして男は気付いた。


(これは、まさか――死体⁉︎)


 驚きのあまり、のけぞり尻もちをついてしまう。

 この場から逃げ出したいが足が動かない。どうやら腰を抜かしてしまった様だ。


「おいおい、どこに行く気だい?」


 女の声が聞こえた。さっき男の脳に直接語りかけてきた、あの声だ。

 今度は声が、はっきりと耳に聞こえた。という事は、女が近くにいるという事だ。


「誰だ、お前は⁉︎」


「ああ、まず自己紹介からだね」


 男の問いに、女は素直にそう答える。

 だが姿が見えない。それが男の緊張をさらに高めていく。


「私はアース。――女神だよ」


 そう言った瞬間、男の眼前に女が姿を現した。


「うわわわわーーーっ!」


 男は無様なほどに絶叫した。

 アースと名乗った女は、確かに何もない空間から、いきなり男の目の前に出てきた。


 まるで魔法だ。驚かない方がおかしいというものだ。

 しかもさらに驚いたのは、アースが宙に浮いていた事だ。

 宙にフワフワと浮きながら、男の顔を面白そうに覗き込んでいる。


「君は……『逃がしてくれ』と願ったね?」


「――――⁉︎」


 アースの問いに、男は絶句する。そしてある結論に辿り着く。


「まさか……お前が俺をここに連れて来たのか⁉︎」


「そうだよ」


 アースは、何を今さらという顔をしている。


「さて本題に入ろうか――。ここはギルスフィア王国――地球じゃないよ。そうだな……君たちの世界でいうとこの『異世界』と言えば分かってくれるかな?」


 いきなりアースは、とんでもない事を口にした。


(地球じゃない⁉︎ 異世界だって⁉︎)


 男にも異世界というキーワードは理解できた。そしてそう言われると、妙に腑に落ちてしまうのが不思議であった。


(俺は、女神に異世界に連れてこられたのか……)


 男が納得した事を感じ取ると、アースは話を次に進める。


「そこの死体だが――。彼はこのギルスフィア王国の第八王子……だった、エインという男だ」


 アースが指をパチンと鳴らすと、辺りがわずかだが(ほの)明るくなる。

 石畳の部屋に、いくつもの棺が無造作に並んでいた。どうやらここは霊安室らしい事がようやく分かった。


 そして目の前に横たわる死体を目の当たりにして、男はゾッとする。

 死体だからではない。生気をなくしたその顔が――あまりに痩せこけていたからだ。


「エインはね、親兄弟からこのギルスフィア王国の面倒事を、すべて押し付けられていたんだよ」


 アースは、淡々と死体の人生を語り始める。


「この大陸はギルスフィア家が『今のところ』征服している――。だけどいまだ各地に『竜族』『エルフ族』そして『魔族』が息を潜めて反撃の機会を伺っている」


 男はアースの言葉に、この世界が戦乱の地である事を知る。そして竜やエルフが実在している事も。

 だがそれよりも男の心を捉えたのは、エインという第八王子の人生だ。


「エインが治めていた南西の地、『セイト』はまさにそういった反乱分子の火薬庫だったのさ――。末弟だったエインは兄たちから、セイトを押し付けられて、その対応に一人で当たった末に……絶望して憤死してしまったのさ」


「――――!」


 まるで自分の人生をなぞる様な内容に、男は息を呑む。

 男もエインと同じ末っ子だった。


 どうして逃げなかったのか――とは考えない。

 男には分かる。エインは肉親の情という鎖から、逃げられなかったに違いない。


 憤りのあまりに死んでしまう――。憤死など物語の中だけだと思っていた。


(もしかすると、俺もこうなっていたのかも……)


 男は我が身を見る様に、エインの衰弱し切った顔を見つめ続ける。


(辛かったよな。苦しかったよな……)


 思わずエインのこけた頬に手を伸ばす。


「――――っ⁉︎」


 手が触れた瞬間、男の脳内に数多の映像が流れ込む――。


(――――⁉︎ なんだこれは⁉︎)


 結託した兄たちが、エインをセイトの領主に推薦している。

 軍隊が敗走し、兵たちが怨嗟の声を上げている。

 さびれた街のあちらこちらで、民が道端で倒れ餓死している。

 父王に窮状を訴えたが、耳を貸してもらえないでいる。

 何も手を貸さない兄たちを非難すると、逆に父王から叱責を受けている。

 頭がおかしくなりそうで、視界がぼやけると天井しか見えなくなっている。

 そのまま――目の前が真っ暗になると、意識がなくなっている。


(これは、まさか――⁉︎)


「そうさ。エインの人生だよ」


 アースが妖しく微笑みながら、そう言った。


 男の胸に怒りが充満する。男はエインの苦しみを完全に共有できていた。


「君もあのまま生きていれば、いつかこうなってしまったかもしれない――」


 アースの言う通りだった。だから男は『逃げたい』と思ったのだ。


「俺を……逃がしてくれるのか?」


「ああ。ただし――条件がある」


「条件?」


 そういえばアースは女神だった。悪魔ではないのなら、魂をよこせなどとは言わないだろうが、それでも男は緊張してアースの次の言葉を待つ。


「君にはこれから――エインとして生きてほしい」


「――――⁉︎」


 すぐには意味が分からない。影武者の様にでもなれというのだろうか。


「君をエインと同化させる。そうすれば君はエインの体で、この世界に受肉する」


 そんな魔法の様な事が――。いやアースは女神だから、できるのだろう。


「君は新たなエインとして復活して、このギルスフィア王国を征服するんだ」


「せ、征服……」


 それはすなわち反乱を起こすという事だ。そんな事ができるのだろうか。

 戸惑う男に、アースは魅惑の提案をする。


「君は君の人生で、ついにできなかった家族への復讐を――この世界で成し遂げるんだ!」


「――――!」


 男の体が雷に打たれた様に震えた。そして込み上げる笑いが抑えらなくなりそうなほど、胸の高鳴りを覚えた。


「俺は――」


 熱に浮かされた様な男に、アースは畳みかける。


「さあエインの手を取れ。それで君はエインになれる」


 迷いなく男はエインの手を握る。

 そして、繋いだ手から男の体が霧の様に吸い込まれると、エインがカッと目を見開いた。

 

 こうして、新たなエインとなった男の――『異世界征服』の幕が上がった。


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