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第四夜 もうひとつの天国 後編

この作品は、涼元悠一氏原作『planetarian』の二次創作作品となります。

劇場パンフレットに掲載されていた、涼元氏作成の年表を元に、私が想像を膨らませて書いております。

できるだけ、原作の雰囲気に近づけるように、また、ラノベではなく、SF小説に近い雰囲気で書いています。

『planetarian』を、ご存じないかたは、アニメ作品がネット配信されていますので視聴してみてください。


 第六話 里美、プラネタリウム館に着任しました!


 西暦2032年5月


 舞台は、日本の浜松市に戻る。


「それでは!花菱デパート浜松本店、新装オープンです!」

 女性アナウンスの大きな掛け声と、音楽隊の生演奏、そして古風・・・というか、伝統的なくす玉が割れて、開館セレモニーが開かれた。

 浜松市と、その周囲に住んでいる新しもの好きが集まって、正面玄関前を賑やかせている。

 日本人とは不思議なものだ。

 人が集まるところに、集まってしまう習性があるらしい。

 おいしいお店だの、お祭りだの、聞きつければそこに集まってくる。

 浜松市が地方都市だけあって、都心部のデパートで取り扱っている最高級品とか、高級ブランドというよりも、地域に密着したちょっとお高い商品などを中心に取り扱っていた。

 昔ながらのデパートであって、地下二階は機械室、地下一階は食材と土産物屋、一階は化粧品売り場とイベントスペース、二階は婦人服、三階は・・・と、ごく一般的なデパートだった。

 唯一の特徴として、屋上にプラネタリウム館と、屋上庭園が設計されているところだった。


 星野館長は、プラネタリウムのスタッフを前に朝礼の挨拶をしていた。

「みなさん、いよいよオープンですね。僕は子供たちがたくさん見に来てくれると思うと、楽しくて仕方がありません。」


 ここで登場人物の紹介をしておこう。


 ・星野 流太郎 プラネタリウム館長 新設されるプラネタリウムの館長として、臨時に雇われた。天文学界に長く身を置き、星に関する知識は豊富。倉橋里美の父親の先輩でもある。65才。男。


 ・山中 則次 契約社員。投影機の専門家。投影機を実際に稼働させ、整備、後人の指導にあたっている。星野の知り合い。63才。男。


 ・八木 光利 人事課長 兼 館長代理 花菱商事の人事部が主な業務であるが、本社とプラネタリウム館のつなぎ役として兼務している。月に二回程度しか、プラネタリウム館に顔を出さない。48才。男。


 ・千駄木 実乃瑠せんだぎみのる主任 花菱商事の社員。星に特別な興味があるわけではないが、プラネタリウム館の運営、事務作業をするために配属となっている事務員。30才。男。


 ・脇山 康太 整備主任 プラネタリウム館内と屋上の設備機器一切を担当している。35才。男。


 ・守嶋 佳世子 学芸員 大学で地球物理学を学んだが、天文、星の世界に魅せられ、この道に入った。花菱デパート屋上プラネタリウム館解説員第一号。26才。


 ・ユリアン(アルバイト) インドネシアの留学生。日本の大学を卒業しており、そのまま日本に残って大学院に通っている。材料学、化学を専攻している。帰国後、母国の宇宙開発に携わるか、JAXAに就職したいと思っている。バイリンガル。24才。女。イスラム教徒。


 ・倉橋里美 新入社員。デパートの華やかな世界(少なくとも本人はそう思っていた。)に憧れて花菱商事に入社したが、星野館長に、後輩である星友達の倉橋弦太の娘だとばれてしまい、プラネタリウム館に引っ張り込まれた。父の弦太に、しょっちゅう天体観測に付き合わされていたため、星の観賞について詳しくなってしまった。元バレー部の元気な女の子。18才。


 ・ロボホシノ プラネタリウム館入口カウンターにて案内をしているAIロボ。頭と胸部だけでカウンターの横に置かれて自動的に案内をしている。


 ・水戸さん 掃除のおばちゃん プラネタリウム館と屋上庭園の掃除を任されている。おしゃべりで楽しいおばちゃん。48才。


 ・如月 やよい 化粧品売り場を担当することになった新入社員。倉橋里美と仲良くなった。19才。女。



 入社してからというもの、里美も含めてデパートの開館に向けて、また、プラネタリウム館の開館に向けて大わらわであった。


 プラネタリウムの準備と言えば、もちろん投影機の試験運転、番組づくり、広告活動などであった。

 幸いにも、星野館長のおかげで、その道の専門家が集まったので、大きな混乱はなかったのだけれども、忙しいことに変わりなかった。

 里美にとっては、何もかも新しい世界で、おかげで新鮮な毎日を送ることができた。何しろデパートというお城の中で、様々な年齢、立場の人達が緊張したり、駆けまわったり、時には笑い合ったりして楽しく過ごしている。“労働させられている。”というよりも、楽しんでいるお祭りの準備、または学園祭の準備をしているような雰囲気だった。そこに〝大人の判断〟が乗っかっている。そんな気分だった。

 現代と、この頃では、少し様子が違うことがあった。それは、21世紀の初頭までは、お客様第一主義といってお客に対し、過敏な対応することが多かったのだが、その不自然な関係から変化し、過剰な要求をしてくる人に対しては、店側も対応しないようになっていた。(ただし海外では今でも当たり前の話です。)

 ともかく、里美は先輩社員たちの手伝いをするのが日課になっていた。ウェブサイトのレイアウト、番組表、予約の受付、本社との連絡、仕出し弁当の手配、ホシノロボのテスト、販売グッズの手配などなど・・・、それから番組解説の合いの手・・・つまり解説中の小芝居の練習もしていた。

 さすがに、天体観測のベテラン、倉橋父子と過ごしてきただけあって、たどたどしいところは全くなく、そのイントネーションや、ちょっとしたアドリブで分かりやすく、親しみやすい言葉になっていて、聞いていて説得力のある合いの手であった。


「里美ちゃんってすごいわね。なんでも簡単に説明しちゃうんだもの。うらやましいわ。」

 解説の練習後、ちょっとだけ皮肉っぽく、守嶋がすねてみせた。

「いやぁ・・・、なんとなく父が喋ってたことを思い出して、喋ってるだけなんですけど・・・。素人のまんまで適当に喋ってるんで、間違ってたら教えてください。あははは・・・。」

 愛想笑いをして謙遜しながら答える里美。

 なんのことはない。毎週のようにくりだした天体観測で、父が翔太に教えている横で、ついでに聞いたりしたことを、まるまる喋っているだけである。しかし、それが他人にマネできない経験であった。子供の成長期に覚えたことは、頭にインプットされて抜けないものである。それが言葉だけでなく、体験とくっついているならなおさらで、遊び感覚で覚えたことは、更に忘れられないものである。

「なんか、倉橋さんが喋ってると、すごく楽しそうに聞こえるんですよねぇ・・・。驚きがあるっていうか・・・、そう! 臨場感って言えばいいのかな。うちの子供たちにも聞かせてあげたいよ。」

 千駄木が、あごに手を当てて喋った。

「あたし、声が大きいんで、そんな風に聞こえるだけだと思います。」

 あいも変わらず愛想笑いで答える里美。

「なんかこう・・・、もうベテランの域よね。きっと子供たちにも受けがいいわ。先輩としてはちょっと悔しいけど、お客さんが喜んでくれて、星の世界に興味をもってくれたら、それでいいのかな。私も、そこは勉強しなくちゃね。」

 守嶋は大学で地球物理学を学び、その方面の知識は豊富であったが、それが故に星の解説をしていても、頭の中には、理論や公式、学会の関係者のことが頭をよぎり、そのイメージがどうしても言葉の端々に表れてしまう。また、ついつい専門用語が口から出てしまうので、聞いている方がちょくちょく一時思考停止に陥るのだった。

 それに対して里美の場合は、父と弟と、時には母と過ごした夜空や、周りに集まった星好きの子供たちやクラスメイト、夏の夜の山のイメージがついて回るため、鷹揚があって賑やかな言葉が、ついつい出てしまう。クラブ活動で、いつでもはっきりと喋っていた経験も、一助になっていた。


 この不自然で、でこぼこコンビのような気がするが、星野館長は嬉しかった。

 どんな世界でもそうなのだろうけれども、専門バカが集まって、あれこれうんちくを垂れていても面白くない。そもそも、知りたいと思う気持ちがあったからこそ、知識が欲せられるのだ。

 専門知識におぼれそうな守嶋が、元気の良い里美と一緒になって、プラネタリウムという機械仕掛けの大きなおもちゃを介し、子供たち、一般の方々に星の世界を伝えられて楽しんでもらえたら、こんな理想的なことはない。と、思っていた。


 そんな準備期間中の倉橋家の夕食にて。


「里美ぃ、星野さんと一緒に働いているんだって? 昨日、星野さんから電話があったぞ。ずいぶんと里美のこと、かってたな。しかもプラネタリウム館で働いてるって言うじゃないか! ずるいぞ、なんで父さんに言わないんだ!」

 悔しがる父、弦太。

「べ、べつに隠してたわけじゃないんだけど・・・。」

 やっぱり簡単にばれるわよねぇ・・・。と、ロールキャベツをつつく里美。

「で、どんな仕事してるんだ?」

「そんな、まだ新入社員なのに、仕事って言われても、そんな大げさなことできないよ。先輩たちの手伝いよ。ちょっとした事務仕事とか、プラネタリウム解説の手伝いとか・・・。」

「ほう・・・。いよいよついに里美も、星の仲間の一員だな。」

「むぐっ。」

 ロールキャベツに刺した箸がピタリと止まる里美。

 まだまだ里美は、デパートの花形のような仕事を諦めているわけではなかった。

 しかも、昼行燈おやじの仲間入りをするなんて・・・。

『自分の人生は、自分で決める!』と、決めていた里美だったが、こうもやすやすと、おやじ殿と同じ世界にやってきてしまうとは、自分の決意に対して、なんとなく納得がいかなかった。

「うふふ。それは楽しみねぇ・・・。ねぇ、お父さん、みんなで里美のプラネタリウムに行きましょうね。」と、母の成奈美が、わくわくさせた声で口を挟んできた。

「当然だ。私がきちんと採点するから安心したまえ。」

「ちょ、父さん、採点なんてやめてよね。だいたいうちのプラネタリウム館の人達って、きちんと大学を出た専門家の人達なのよ。父さんが採点したってかないっこないんだから。」

「へぇー。それは優秀だなぁ・・・。いよいよ里美の勉強になって、もっと星の世界を知ると言うことか・・・。うん、それはいい。今度は俺が里美に教えてもらう番だな。うわっ、はっはっは。」

 もう、どうやったって、おやじ殿の術中にはまっているような気がして、やっぱりもやもやする里美だったが、八木課長が期間限定のようなことを言っていたのを思い出した。

「あ・・・、でも、わたし、オープニングスタッフだから、いつまでプラネタリウム館に居るかわからないよ。」

「なにっ。それは問題だな・・・。よし、父さんから、里美がずっと続けられるよう、星野さんにお願いしてみるよ!」

「大丈夫だって! 私のことは私が決めます!」

「あら、里美・・・。ちょっとそれは、つれないんじゃない。いいじゃないの。父さんだって、協力したくて、うずうずしてるんだから。悪いことじゃないんだし・・・、父さんの好きなようにしてもらったらいいじゃないの。」

 いや、それがまずいことなんだと言いたかったが、それが父の趣味からきていることだとは言え、父の好意と思えば断れなかった。

「会社の都合で決まるんだから、そんなに簡単にいかないわよ。」

 と、せいぜい強がりを言ってみせるのが、精いっぱいだった。

「よし、じゃあ、うちのお店の人にも紹介しておくわね。」

 と、張り切る成奈美。

 里美は、自分の知り合いが、ぞろぞろとやってくるのは恥ずかしかったが、嬉しいほうが先だって、

「上映中は、飲食禁止、私語禁止だかんね。途中で寝ないように、しっかり聞いてよね。」

 と言い返すのだった。


 4月が終わるころ。

 準備期間も終盤を迎え、上映の準備もすっかり整い、上映番組の二人の小芝居は上達していき、開館前に完成されていった。




 第七話 本日開館です!!



 開館当日の早朝。


 倉橋里美は、一階の化粧品売り場にいて、同期の如月やよいに相談していた。

「やよいぃ。この間の件、頼むよぉ~。」

 里美は、やよいに、自分の化粧をしてもらうよう頼んでいた。なにしろ、高校を卒業するまでは、化粧なんぞやったことがなく、母親に教えてもらったり、ネットでいろいろ調べてみても、どうにもお面のようになってしまって、いまいち恰好が付かなかったのだ。

 そこで、化粧品売り場も担当していた同期の如月やよいに頼み込んで、自分の顔にあった化粧の方法を教えてもらって勉強していた。

 しかし、開館当日に間に合わず、化粧をしてもらえるよう頼んでいた。


「里美ったら、あんた素顔でも十分きれいなのに・・・、何を悩むのかねぇ・・・。ちょっとリップを付けとけば、十分いけるでしょ。だいたい、プラネタリウムなんて、真っ暗で全然見えないじゃないの。」なかなかズケズケと言うやよいだが、開館前の忙しいときに、こんなことを頼んでくる里美も里美だった。

「そんなこと言わないで、お願いよ~。だって、母さんの知り合いも来そうなんだもの。」

 両手を合わせて、拝み倒す里美。

「まぁったく~。すみません。工藤さん。この人、まだ化粧に慣れてなくって。薄化粧で十分だから、ささっとやってあげてください。」

「はい、いいですよ。あまり時間もありませんし・・・、早く化粧に慣れてね。」

 工藤と呼ばれた販売兼化粧スタッフさんは、どうぞ、どうぞと、里美に椅子に座るようにせかしながら、はきはきと答えた。

 プロとしては、この程度のことならば、大したことではないのだろう。

「すみません、よろしくお願いします。」

 ペコペコとお辞儀をしながら、里美は化粧品売り場の回転いすに腰掛けた。

「あまり濃くし過ぎると不自然になるし、お子さんの相手が多いとなると、化粧の匂いを嫌う子もいるから、自然な感じに軽く仕上げておきますね。」

「あ、はい、どうもすみません。」

 里美が答えるや否や、早速さっさっと化粧を始めた。

 なんとなくつまらないなぁ・・・、と、横で化粧の様子を眺めていたやよいだったが、

「そうか、プラネタリウムかぁ・・・。」

 と、何やら悪いことを思いついた様子。

 工藤さんに、ひそひそと耳打ちした。

 工藤さんも、それは良いですね。と、里美に見えないように、親指を立ててグッドサインを出し、別の化粧ケースを取り出して、里美の頬になにやら手を加え始めた。

「ねぇ、里美ぃ。あんた、キラキラっぽい化粧をしてみたいって言ってたわよねぇ。」

 この忙しい時に、今更何を・・・。と、ドキリとする里美。

「う、うん・・・まあ・・・ね。」

 化粧されているので、あまりしゃべる事もできない。

「だから、頬にちょっとラメを付けてもらうよ。ほら、暗い場所なんだし、ちょっとだったらアクセントになるでしょ。星の解説をするには、ぴったりだと思うの。」

 いたずらっぽく微笑むやよいだったが、里美からは、その悪だくみを行使しているやよいの顔は見えない。

「う、うん・・・。」相槌をうつ里美。

 工藤さんの筆先にも、ついつい熱がこもる。

「きっと子供たちにも喜んでもらえるわよ~。」

 工藤さんも、にやにやしっ放しである。

 なんだか様子がおかしいな、と思いつつ、お任せのままとなった。


「さ、できたわ。行ってらっしゃい!」

 10分もしないうちに、二人の悪だくみ・・・いや、化粧が終わり、鏡も見せないまま里美を行かせようとした。

 工藤さんは、「あ~、もう、今日は忙しいから、これくらいで勘弁してね。」と言って、里美の良心の呵責につけこみ、鏡を見せようとせず、はやくはやくと従業員用エレベーターに行くようにせかした。

 里美は、

「あ、はい。お忙しいなか、ありがとうございました。」

 と、ペコリと頭を下げ、

「やよい、ごめんね。ありがとう。今度お礼するから。」

 と、両手を合わせてお礼を言った。

「いいの、いいの。楽しんできてね~。子供たちに喜んでもらうことも大事な仕事よ。」

 と、さっきまで文句を言っていたやよいが、妙に機嫌がよく、不可解なことを言ったが、開館まで時間もないし、にこにこと手を振る二人を背にして、奥の従業員用エレベーターへ向かって歩き出した。



「やっぱりお客さんは、子供連れが多いわよねぇ・・・。」

 プラネタリウム館の前で、守嶋とユリアンが立ち話をしていた。

「だいじょぶ。さとみさん、こどもすきなひと。しんぱいないね。ノープロブレム。」

 守嶋は、子供が嫌いというわけではなかったが、どうやって相手をしていいのか分からなかった。その点、里美は誰にでもすぐに話しかけるし、嫌味がなく、子供に対してもきっと同じであろうと思った。それは、上映番組を作っていくなかで、合いの手のセリフを聞けば、それは大人相手ではなく、子供相手に喋っている話し方であることから、容易に推測できた。

 ユリアンも、その里美の喋っている話し方を聞いていて、同じように感じただろう。

 割とはっきりと物申す里美であったが、こういったことに関しては、まったくと言っていいほど、聞いている相手に不快感を感じさせることがなかった。

「里美ちゃん、化粧してくるって言ってたけど、どこにも見当たらないわねぇ・・・。どこへ行ったのかしら。」

「さとみさん、とてもはりきってました。」

「ん~。張り切るのは良いんだけれど、行き先くらい教えてほしいわ。」

 守嶋は、一人で子供たちを相手にするのは勘弁してほしい、と思う不安が、つい愚痴になった。

 二人の近くのカウンターでは、星野館長の部下という設定のアンドロイド、ロボホシノに電源が入れられ自動案内を始めていた。

 《コチラハ、ハナビシグループジマンノプラネタリウムデゴザイマス。トウカンノトウエイキハ、1960ネン、ヨーロッパカラ、ニホンニヤッテキタ、タイヘンキチョウナトウエイキデス。コウガクレンズデサイゲンサレタ・・・》

 と、誰に向けてでもなく、音声が流れ出ていた。

「はぁ~、なんかいまいちなんだよなぁ~。ロボホシノ。子供にあんなこと言ったってつまらないと思うんですよ。」

 通りがかった整備士の脇山が、ロボホシノの向きを確かめながら、話しかけてきた。

「しーっ。あまり大きい声で言わないの。星野館長が、あのロボホシノを調教したんだから。」

 ここで言っている〝調教〟とは、会話データをAIに覚え込ませることを意味している。

 つまり、ロボホシノに言葉や会話を教えたり、学習データをインプットする作業を、星野館長がやっていたということであるから、そのセンスがない、と悪口を言っているわけである。


 そんな時に、里美が、奥の従業員用エレベーターから上がってきた。

 扉が開くと、掃除係の水戸さんが前を通っているところに出くわした。

「あら、里美ちゃん、ずいぶん素敵ね。いいわ、おばさん、そういうの好きよ。」

 〝そういうの〟って何だろうと里美は思った。特に特別な服装をしているわけでなし、何か手に持っているわけでもない。

「あ、はい、ありがとうございます。」

 と、よく分からないまま、取りあえず返事だけしておいた。

 廊下を通って、守嶋とユリアンが立ち話をしているエントランスに到着すると、

「あら、里美ちゃん、いいわね、それ!」

「さとみさん、すてきです!かわいい!」

 里美の顔を見るなり、守嶋とユリアンが驚いて声をあげた。

「そ、そんな・・・、たいしたことじゃないですよ。実は自分でできないから、化粧品売り場の工藤さんにお化粧してもらったんです。同期のやよいが、プラネタリウムの解説するんだったら、星っぽい化粧がいいだろうって言いだして、ちょっと星っぽく入れてもらいました。」

 よくわからないが、恐縮しながら答える里美。

「へぇ~、やよいさんて、如月さんのこと? なかなか気が利くわね~。」

 里美の顔を覗き込みながら感心している守嶋。

「いいなぁ~、ユリアンもやってもらいたいな~。」

「ダメですよ、もう、開館前で忙しいみたいですから。ちょっと怒られちゃいました。」

 三人が賑やかに喋っているので、脇山が手を止めて、こちらを見た。

「おぉ、倉橋さん!さすが力が入ってるねぇ!やっぱオープニングスタッフとしては、それくらいやんなきゃね~。」と、大声で褒めた。

 何をそんなに驚いているのか、いまいち気が付いていない里美であったが、喜んでくれているみたいなので、それ以上は考えなかった。

「さ、みんな、開館まであと1時間ちょっとよ。自分の担当の最終チェックお願いね。」

 守嶋が、パン、と手を叩いて三人に呼びかけた。


 開館一時間前の、午前10時。

 プラネタリウム館のスタッフ全員が、事務室に集合し、開館前の最後の打ち合わせが始まった。

「みんな、時間がない中で、よくここまでやってくれました。今日は招待客のみではあるけれども、お客様であることには変わりません。本日いらしてくれたお客様に、楽しい気分を持ち帰っていただいて、他の方に伝えて、また違うお客様に来ていただく。それが循環する初めの大事な日でもあります。まずは、私たちが楽しみ、お客様に、楽しさを、お伝えできるよう心がけてください。ん?」

 はじめに星野館長が挨拶をはじめたのだが、里美の顔を見て何かに気づいたようである。

「倉橋さん、なかなか、おしゃれですね。いい心がけです。プラネタリウムはエンターテイメントでもあるわけですから、そういった工夫も時にはいいでしょう。今日は開館初日ですしね。くれぐれも過度にならないようにお願いします。」

「あ、はい、ありがとうございます。」

 ラメがそんなに多すぎたのか、と、里美はちょっと不安になって、ヒヤヒヤして答えた。

「え~、それでは、最終確認をしたいと思います。」

 と、千駄木がタブレットに目を通しながら、全員に向かって声を掛けた。

「まずは、山中さん、投影機、上映機器は異常ありませんか。」

「はい、問題ありません。全て調整が終わりました。」

「次に、脇山さん、館内の設備機器、電気、空調関係、異常ありませんか。」

「はい、問題ありません。」

「券売機の電源も入っていますか?」

「はい、券売機、案内ロットも正常に稼働しています。」

「守嶋さん、倉橋さん、上映のテストも終了済ですね。」

「はい、問題ありません。」

「はい、ありがとうございます。では、30分後にそれぞれの場所に待機してください。星野館長、倉橋さん、ユリアンさんは、エントランスに立ってお客様のお出迎えと、券売機の案内や、入場管理をお願いします。私はカウンターに立って連絡係になります。グッズ販売のレジは、私とユリアンさんで担当します。守嶋さんはプラネタリウムの入り口に立ってお客様の誘導をお願いします。山中さんと脇山さんは、それぞれの設備に張り付いてください。倉橋さんは、投影15分前にプラネタリウムに移動してください。昼食は交代で取りましょう。事務室におにぎり、サンドイッチなど、簡単に取れるものを用意しますので、自由に食べてください。何かあったら、ヘッドセットで連絡ください。質問はありますか?」

 スタッフ全員には、ちょっと大げさな無線機ヘッドセットが配られていた。これだったら、お客様から見て、すぐに館のスタッフと分かりやすい。

「迷子が出たらどうしたら良いですか?」

 と、里美が聞いた。

「迷子があった場合は、私に連絡ください。場合によっては、星野館長にも手伝っていただきますので、よろしくお願いします。ほかに何かありますか。」

 特に質問はないようだった。

「では、これで持ち場に入っていただきます。あ、それから、招待客のなかには、常連の方や、地元に深く関係のある方が多いので、もしかしたら話好きの方がいらっしゃるかもしれません。その時は申し訳ありませんが、星野館長に対応をお願いします。」

 と、言って頭を下げた。

「おや、随分と忙しそうになりそうだなぁ。ま、皆さんは忙しいと思いますので、そういった厄介事は、私が引き受けましょう。」

 と、星野館長が答えた。

「それでは、最後に星野館長から一言お願いします。」

「え~、みなさん、最初に言いましたが、皆さんが楽しんでこそ、お客様に楽しんでもらえるのです。お客様への気遣いは当然として、リラックスして臨みましょう。それでは、そういった意味も含めて・・・。」

 千駄木は、星野館長が万歳三唱でもするのかと、思ったが、

「みんなで『星の世界』を歌って、景気づけしましょう!」

 と、叫び、みんなが、ええ~っと、驚くのも、つかの間、星野が朗々と歌い始めた。

「かぁ~がやくよぞらぁ~のぉ、ほぉ~しのせかいよぉ~。まぁばたくよぞらぁ~のぉ・・・・」

 おいおい、と千駄木は思ったが、意外にもみんなが歌い始めて、小さな合唱になった。

『ふぅ~~けゆくあきのぉ~よぉ~、す~~みわたるそらぁ~・・・』

 唯一、歌詞を知らないユリアンだけが、必死についていこうとハミングしている。

『・・・のぉ~ぞめばふしぎい~なぁ~、ほぉ~しのせかいよぉ~。』

 歌い終わるとみんなで拍手して、「よし、頑張りましょう。」と、声を掛け合い、それぞれの持ち場に移っていった。


 第八話 はじめてのお客様。


 花菱デパート浜松本店の屋上には、屋上庭園と、カフェ、それからプラネタリウム館があった。

 プラネタリウム館のエントランスは、その屋上庭園に面していて、ガラス張りになっている。


「おきゃくさん、きてくれるかなぁ~。」

 と、意外にも肝の据わっているユリアンが、そのエントランスの前で、お客様エレベーターの方を向いてワクワクしている。

「大丈夫さ。この辺りの街なかに、プラネタリウムは無いから、最初は物珍しくてみんな来たがるものだよ。」

 と、落ち着き払った星野館長が、ユリアンに返事をした。

「それよりも、あの名機が活躍できるなんて、僕は楽しみで仕方がないよ。」

 さすがに人生経験を積んできた星野だけあって、お客さんの入りがどうとか、うまく営業できるのかとかいったことは、あまり気にならないようだった。むしろ、あの骨董品であるカールツァイス・イエナ社の投影機が、再び世の中に晒されて活躍できることの方が楽しみのようであった。

「そうだ、ほしのさん、みんなおそろいのユニフォームをつくりませんか。きっとすてきだとおもいます。」

「ん~、そうだなぁ・・・。お客さんの前に立つ人たちは、ユニフォームがあったほうがいいかもなぁ。お客さんからみたら、分かりやすいだろうしね。守嶋くんと、ユリアンと倉橋くんに着てもらおうかな。ま、その辺りはまだ先の話だね。」

「ユリアン、かわいいせいふく、きてみたいです!」

 ユリアンは日本に憧れていただけあって、お揃いの制服が着てみたいと盛り上がっていたが、隣で聞いていた里美は、こんなところでコスプレなんかやったもんなら、知人から何を言われるかわからないな、と、内心思っていた。

 そこへ、館内放送がながれてきた。

 《開館10分前となりました。従業員、各店員の皆様には、お出迎えの準備をお願いします。》

「いよいよですね。」

 と、里美が星野館長に話しかけた。

「ん、お客さんに喜んでもらえるといいな。」

「はい!全力で頑張ります!」

「はは、やっぱりキャプテンだな。全力でお客さんを倒さないように、お願いしますよ。」

「はい!大丈夫です!」

 まだまだ、若者らしい正直な里美であった。しかし、胸の前で、両こぶしをぐっと握りしめてガッツポーズをとっている里美の頬には・・・。


 その後、デパート入口のあたりから、微かにファンファーレが聞こえてきた。

(それでは!花菱デパート浜松本店、新装オープンです!)

「あ、はじまった!」

 ファンファーレとともに、集まったお客さんのざわざわとした音も屋上に聞こえてきた。

(まあ、いきなり屋上にやってくるお客様はいないだろう。)そう思っていた里美だったが、ファンファーレが終わって10分もしないうちに、お客様エレベーターが開いて子供連れのお客様が屋上に上がってきた。

「わあ、屋上は庭園になってるのね、きれいね~。」

 と、子供を連れた若い母親が屋上へ上がってきた。


 幸いにも五月の晴天に恵まれ、植えられたばかりの植栽は、真新しさを訴えて生き生きとしており、芝生のなかにはスプリンクラーが設置され、霧状になった水が撒かれていた。

 ところどころには、パラソルと小さな丸いテーブルと椅子が据え付けられており、カフェで購入した飲み物と軽食が取れるようになっている。

 上がってきたお客に、カフェの店員が「いらっしゃいませ~。お飲み物とサンドイッチなどはいかがですか。」と、声を掛けている。


「お母さん、はやくいこうよ。」

 男の子が母親の手を引っ張って、里美たちの方へ近づいて来ようとしている。

「はいはい。そんなに慌てなくても大丈夫よ。」

 どうやら母親は、男の子にせっつかれてここに来たようである。

「いらっしゃいませ~!プラネタリウムはこちらですよ~!」

 ユリアンが、親子に向かって元気に声を掛けると、親子はまっすぐこちらにやってきた。

「いらっしゃいませ。花菱プラネタリウム館にようこそいらっしゃいました。私が館長を務めている星野でございます。」

 と、星野館長が丁寧に挨拶した。

「あ、はい、これはどうもご丁寧に。あの、それで、今日は子供向けのプラネタリウムをやっていると聞きまして、もう入ってもよろしいでしょうか。」

「はい、どうぞ、どうぞ。」と、星野館長が、親子を招き入れた。

 そこで、

「あの、上映開始時刻は、11時30分からですので、30分程度お待ちいただくことになります。それまで館内の展示を見ていただくこともできますが、いかがなさいますか。」と里美が母親に聞いた。

「あぁ、そうねぇ・・・30分は、ちょっと長いかなぁ・・・。子供は、こういったことに興味があるので、子供は退屈しないんですが・・・。」

「あぁ・・・でしたら、最初に来ていただいたお客様でもありますし、15分くらいなら、うちの係員にお子さんを預けていただいて、お客様はそちらのカフェで休んでいただいたらどうでしょうか。展示スペースを案内するだけですから、遠くへ行くこともありませんよ。」

「あら、いいのかしら。でも、ちょっとだけお願いしようかな。私、こういったことは良く分からなくて・・・、子供にあんまり話せなくて、実はちょっと困ってたんです。」

 社員に子供を預けるなんて。他人が聞くと、とんでもないようだが、この母親も、常連客であり、花菱商事に深く関わっている地元の関係者である。遠慮とか、不安とかいったものは無かった。

「そうですか、じゃあ、うちの係員に案内させます。倉橋さん。上映前だけど、ちょっとだけ頼みます。」と、星野館長は、里美に話を振った。

「え?私ですか?あの、いえ、は、はい。精一杯案内させていただきます。」

 さすが、新人。なんの疑問も持たずに、素直に従う姿勢は、良いとも言えるし、悪いとも言える。

 星野館長は、優也君の視線になるようにしゃがみ込み、

「じゃあ、〝星のお姉さん〟に、いろいろ教えてもらってね。僕は星野と言います。君の名前を教えてもらってもいいかな?」

 と、子供に声を掛けた。

「水木野 優也です。」

「ありがとう。じゃあ、優也君、このお姉さん、いろいろ知っているから、教えてもらってね。」

 ちよっと、館長、それは言い過ぎ。と心の中で訴える里美。

「じゃ、優也。母さん、外で休んでるから、それまで〝星のお姉さん〟と見学しててね。あ、入場料は、今、お支払いします。」

 と、母親は息子を里美に預け、カウンターへ歩いていき、腕の携帯電話を、読み取り機にかざして親子分の決済を済ませた。

「よし、じゃあ優也君、上映が始まるまで、お姉さんと見て回ろっか。」

 里美が話しかけると、優也君は、うん。とだけうなずき、里美についていった。


 それから里美は優也君を連れて、星空、星座、星の豆知識などについて、展示物を差しながら説明していった。

 天の川のブースに来た時のことである。

「優也君は、天の川を見たことある?」

「うーーん、見たことない。」

「とーーってもきれいよ~。町の中だと、明るくてなかなか見れないけど、山の中とか暗い所へ行くと、とってもよく見えるんだよ。」

「ふーん。」

「お姉さんは、よく二つ星公園に行って見てたんだよ。優也君は二つ星公園は知らないかな。」

「知らない。」

「そっかー、じゃあ、お父さんか、お母さんに頼んで連れて行ってもらったらいいかもね。」

「お母さん、いつも寝てる。」

「あはは、そっかー、じゃあお父さんに頼んでみたら?」

「お父さん、いつもお仕事で忙しいって言って怒ってる。」

「んーーー、それは、なかなかハードルが高いなぁ・・・。」

 この時、里美は、ちょっと複雑な気持ちになった。自分の父親と、この子の父親と比べると、自分は恵まれていたのではないのかと。

「そっかー、でも今日はプラネタリウムで、天の川を見せてあげるから、勉強していってね。お姉さんも、解説しちゃうよ。」

「ほんとー!?僕、勉強して帰るよ!」

 優也君は、里美に嬉しそうな顔を向けてはしゃぎ、その顔を見て、里美は、なんとかならないかな。と思った。


 15分過ぎた頃、再びエントランスに戻ってくると、母親も戻ってくるところだった。

「ごめんなさいね。えっと・・・。」

 母親は、里美のネームプレートを見て、

「・・・倉橋さん。とっても助かったわ。優也、いい子にしてた?」

 と、母親に聞かれると、優也君は、

「うん!〝星のお姉さん〟に、いっぱい教えてもらったよ!」と、元気よく答えた。

「良かったねぇ。本当にありがとうございました。」

 と、母親は里美にお礼を言って、優也君の手を連れてプラネタリウムの入り口の方へ歩いて行った。

 バイバーイと手を振りながら、里美はちょっと思案して、星野館長に話しかけた。

「星野館長、子供たちに星空を見せられる機会・・と言いますか、イベントを開けないでしょうか。優也君、本当の星空、天の川を見たことが無くて、連れて行ってくれる人もいないみたいなんです。私の父に言えば、付き添いくらいしてくれると思います。いかがでしょうか?」

 星野館長は、その薄い目をちょっと開いて、

「なるほど、それはいい提案ですね。お父さんも協力してくれるだろうし、星の仲間は声を掛ければいくらでも集まるだろう。考えてみるよ。」

 と、答えた。

「ありがとうございます!」

 と、里美は思いっきりお辞儀をしてお礼を言うと、そのまま上映の準備をするべく、慌ただしくプラネタリウムに向かった。




 第九話 里美、解説員デビューです!



「長らくお待たせしました。本日は、花菱デパート浜松本店屋上プラネタリウム館に、ようこそお越しくださいました。私は、当館解説員の守嶋佳世子と言います。本日、皆さまとお会いできるのを楽しみにしておりました。皆さまも、当館を体験されるのは初めてな訳ですが、私もここで初めてプラネタリウムの解説をすることになりました。つたない解説になるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。」

 うす暗くなったプラネタリウムの中で、操作盤の前に立つ守嶋は、挨拶してペコリと頭を下げた。

 操作盤のわずかな光が、うっすらと守嶋佳代子の顔を照らしている。

 満員とは言えなかったが、そこそこ入ったお客さんからは、パチパチとまばらな拍手があった。

「次に、私のアシスタントを務めますお姉さんの自己紹介です!」

 投影機を挟んで、反対側の壁に立つ里美が挨拶をする。

「こんにちは! 私は倉橋里美といいます。みんなと一緒に、お星さまの勉強をしていきましょうね! 里美お姉さん、て、呼んでね!」

「僕、知ってる! 星のお姉さんだよ!」

「こら、優也!静かにしなさい!」

 優也の母が立ち上がった優也を、椅子に座るように、手で肩を押さえた。

「はは・・・、優也君ありがとう! でも、今からプラネタリウムが始まるから、いい子にして座っていてね。」

 ちょっと苦笑いしながら、里美は優也君に手を振った。

「それでは、当館のAIのホシノ君から、プラネタリウム上映にあたって、皆さんにお願いがあります。」

 守嶋がそう言うと、四方のスピーカーからロボホシノの音声が流れた。

 《みなさんこんにちは。僕は、ここの管理システムをしているホシノです。プラネタリウムの上映が始まったら、みんなが楽しめるように、僕がこれから言うことを守ってくださいね。まず、上映は45分です。おトイレは行ってきてくれたかな。もし、行きたい人がいたら、今のうちに行ってきてね。上映開始後、10分で入れなくなるので、気を付けてくださいね。それから、飲食、携帯電話、もちろんタバコは禁止です。携帯電話は切っておくか、着信音を切っておいてください。上映が始まると、場内はとても静かになります。突然音が鳴ると、みんなびっくりしちゃうから、必ず切っておいてくださいね。途中で気分が悪くなった人は、静かに手を上げてください。係の人が迎えにいきます。それから、とっても気持ちよくなって寝てしまって、ちょっといびきの大きな人がいたら、お声を掛けさせていただきますね。それじゃあ準備は良いかな?》

 しばらく沈黙があり、

 《それでは、只今より、花菱デパート浜松本店屋上プラネタリウム館の上映を始めます。今日は、今、日本で見られる春の星座の紹介、それから、今、話題の火星探査について、皆さんと一緒に学んでいきましょう。それでは、守嶋お姉さん、どうぞ!》

「おトイレは大丈夫かな? それでは当館初めての上映が始まります。

 本日は、5月1日。今日は天気も良く、よくお日様が照りそうですね。一番下に時刻が出ているのが分かるかな。今、映し出しているのは、浜松市の本日午後6時頃の映像です。これから、少しずつ時間を進めていきますね。」

 半球の一番下に映し出されている日付と時刻が、早回しで動き始めた。

「さぁ、だんだんとあたりは暗くなっていきます。」

 プラネタリウムの中は、更に暗くなっていき、少しずつ、夜空に星が映し出され、時刻が午後8時を差したところで止まった。

「はい、これが本日、浜松市で見られる今夜8時の夜空です。」

 すっかり暗くなり、半球の天空に映し出された星たちは、時々、瞬いていた。

 これも演出のようだ。

「この辺りだと、残念だけど、町の明かりがまぶしくて、ここまで見えることはありませんが、もし、町の明かりが全て消えたら、こんなふうに見ることができます。でも・・・、実は・・・、里美お姉さんなら、こんなふうに見える場所を知ってるんですよね。」

 そこで里美に代わり、

「はい。そうですよ~。実は~、静岡県でも、こんなふうにお星さまが、いっぱい見える場所があるんですよね~。」

 と、張りのある声で答えた。

 何人かの子供は、里美の方を向いて聞いている。

「お姉さんは、子供のとき、よく、二つ星公園に行って、星空を見てましたよ~。みんなも帰ったら調べてみてね。もしかしたら、そのうち見に行くことが出来るかもしれないよ。」

 と、暗に先ほど館長にお願いしていたイベントの事を、匂わせて話した。

 再び、解説は、守嶋に戻り、

「今日は、当館でも初めての上映なので、星空で一番知られているお星さまから、みんなに紹介したいと思います。でも、その星を紹介する前に、今、映している夜空の星座をご紹介しますね。」

 と、言い終わると、春の星座のイラストが、半球の裏側に映し出されている星に重ねて、いっぺんに映し出された。

「これが、春の星座です。たくさんあるよね~。みんなは星座って知ってるかな? 星占いで聞いたことあるよね?」

(知ってる~!)と、何人かの子供が答えた。

「星座は、おおむかしの人達が、星空を見ながら、星同士を結んで、いろんな形に当てはめていたのを星座と呼ぶようになりました。どうしてそんなふうに見えたのか分からない星座もいっぱいありますが、おおむかしの人達は、そうして楽しんでいたり、稲刈りや種まきの時期を知ったり、航海の目安としても使われていたと考えられています。時計やカレンダーが無い昔の人達は、そうやって季節を知る事ができていたんでしょうね。」

 一息入れて、

「さて、里美お姉さん、今日は、みんなに春の星座を一つ覚えて帰ってもらおうと思うんですが、どれが良いかな~?」

「そうですね~。やっぱり、一番有名な星を紹介するのに、この星座は外せないでしょう。」

「あぁ!それはもしかしてぇ・・・。」

「そうです!おおぐま座です!」

 と、里美が叫ぶと、おおぐま座を残して、他の星座のイラストが消えた。

「里美お姉さん! さすがですね! おおぐま座を選びましたか!」

「はい!だって一番有名な星、〝北極星〟を紹介するのに、とてもふさわしい星座だからです!」

「じゃあ、里美お姉さん!おおぐま座のご紹介をお願いします!」

「はい!では、説明しますね。おおぐま座は、星座の中でも、大きな星座になります。星を結んだ形はこんなふうになります。」

 里美がそう言うと、おおぐま座のイラストが消えて、星どうしが線で結ばれた。

「どうかな~?熊さんに見えるかな?」

 イラストが現れたり、消えたりして比較してみせた。

「そして、熊さんのしっぽの部分を見てみてください。なんかおかしいことに気づいた人いるかな?」

 しばらくして、

「動物園で熊さんを見たことある人いるかな?もしかしたら、気づいちゃうかな?」

「里美お姉さん、いじわるしてないで、早く教えて~!」と守嶋。

「は~い、実は~、この星の熊さんのしっぽは長いんです!」

 と、里美が言うと、おおぐま座のしっぽの部分を囲うように、光の楕円が表れた。

「守嶋お姉さん、熊の写真を映せますか?」と、里美が言うと、おおぐま座の横に、熊の写真があらわれた。

「どうかな~?熊さんの尻尾は短いよね~。どうしておおむかしの人は、長いしっぽだと思ったのか分からないんだけど、昔の人は、そう決めてしまったようです。実際に熊を見たことがある人が少なくて、長いしっぽが付いているんだと思っていたのかもしれませんね。」

 一息入れて、

「そして、この大きな尻尾のところを、見てください。」

 楕円と熊の写真が消え、北斗七星が線で結ばれ、強調された。

「はい、みんな、北斗七星って聞いたことあるかな?なんとなく聞いたことがある人もいるよね。とっても光が強くて目立つので、世界のいろんな人が、この形を見て、いろいろ想像しています。この形から、大きなスプーンと呼んでいる人達もいるんですよ。そしてこのスプーンの先の部分、」

 と、言うと、先端の部分だけを線で結び、その線が、一本ずつ伸びていった。

「1、2、3、4、5。はい、この先端の部分を5回伸ばすと、なんと、北極星に当たります!」

 里美がそういうと、今度は守嶋に代わって、

「どう? みんな、分かったかな~?」と聞くと、また、何人かの子供が、(分かった~。)と声を上げた。

「そして、実は、この北極星には、秘密があります。知ってる人~?」と、守嶋が聞いてみるが、返事はない。

「じゃあ、その秘密を、みんなに教えちゃいます! この、北極星をよ~く見ててくださいね~。じゃあ、時間をもっと進めてみましょう。」

 そう言うと、時刻表示の時刻が進みだすと同時に静かなモーター音が響き、北極星を中心に夜空が回り始めた。

「みんな、気づいたかな? ほかのお星さまは、動いているのに、北極星はほとんど動いてないよね。実は、この北極星は、一年中、ほとんど動かなくて、ずっと北を向いています。不思議だよね~。だから、おおむかしの海を航海していた人たちは、この北極星を見つけて、北の方角を知っていたんだよね。みんなも実際の星空を見て、北極星を見つけてみてください。きっと見つかると思います。」

 その後は、里美が。こぐま座、おとめ座、春の大三角形などの説明を、ざっくりとした。


「それじゃあ、星座のお話から、ちょっと離れて、今話題の火星探査について紹介したいと思います。良い子のみんなには、ちょっと難しいかもしれないけど、聞いていてね。」と、守嶋が説明を始めた。ここから先は、ちょっと大人向けのようである。

「まずは、火星の位置を確認しましょう。火星は、私たち太陽系の四番目の惑星になります。」

 と言うと、太陽系を斜め上からみたCGが映し出されて、それぞれの惑星にタグが表示された。

「二酸化炭素の大気で覆われ、地表は酸化鉄のオレンジ色の風景が広がり、表面温度は、マイナス140度から20度と言われています。これじゃあ、人は住めませんよね。」

 しばらく、重力や氷の話が続き、

「地球と火星との距離は、5,400万kmから、4億kmと言われています。と、言われても、途方もない数字でよく分からないですよね。なんでこんなに差があるのかと言うと、火星が楕円の軌道を持っていて、地球から遠くなったり近くなったりしているからです。今回の有人探査では、一番近くなる距離を狙って、探査船が出発されました。それでも、片道、約9か月の旅となります。」

 半球には、月から火星までの探査船の航海線がアニメーションで映し出された。

「出発したのは、2031年3月のことです。12月の初めに火星に到着し、火星基地に着陸しました。」

 火星探査有人船「シュペイア」が第三月面宇宙港から出発し、火星に到着して、着陸船が、火星基地に着陸するまでのCGアニメーションが映し出される。

「搭乗員は、自由連合のハリコフ大佐、アルベルト教授、フェスティーヌ飛行士の三人です。航行中は、地球と同じような環境を作って生活しています。」

 探査船内部の生活空間がCG動画で映し出される。

「火星に着陸後は、現地で実験や試料を採取し、再び母船に戻り、今は月面基地に帰還している途中です。今年の8月くらいだそうなので、あと3か月ですね。私も、彼らの機関を、とても楽しみにしています。彼らの持ち帰った試料を調べることで、より深く火星の成り立ちや、人類が移住できるかどうか、そんなことが調べられます。」

 火星探査の映像が徐々に薄れていき、また星空の映像に戻った。


「さあ、本日の星空への旅は、そろそろ終わりになります。」

 また時刻が進み始め、夏、秋の星座が通り過ぎ、午前5時を超え、スピーカーからヒーリング音楽が流れ始めた。

「だんだんと東の空が明るくなってきました。そろそろ皆さんとのお別れの時間がやってきました。本日の投影はいかがでしたでしょうか。皆さんが、たまには日常を忘れて、星空を楽しめることができたら、それが私たちの幸せになります。どうか、古代の人達も楽しんできた、この素晴らしい星空を実際に見ていただけたらと思います。本日は、ありがとうございました。」と、守嶋がアナウンスすると、

「ありがとうござました。」と、里美が最後の挨拶をした。

 その後、ロボホシノが、お客に対して出場を促して、少しずつお客が出場していった。やはり中には熟睡してしまった大人もいて、守嶋と里美が起こしにいったりした。

「星のお姉ちゃん、またね~!」

 と、優也君が里美に手を振って出ていき、最後のお客が出て行くと、やっと守嶋と里美が一息ついた。


「ふぅ~、なんとか乗り切ったわねぇ~。」

 守嶋が額の汗を拭きながら、里美の顔を見た。

「いやぁ~、やっぱり緊張しますね。緊張して汗だくですよ。」

 と、へらへらっと笑わせてみせる里美。

「うん、最初にしてはよくやったよ。お客さんも満足してくれてたみたいだし、この調子で頑張って行こう!」

「はい、よろしくお願いします!」

 と、里美が答えた。

「ところで里美ちゃん。あなた、汗でだいぶ化粧が崩れてるわよ。せっかくのお星さまが崩れちゃって、ちょっと残念なことになってるわよ。次の上映まで時間があるから、描き直してね。」と、里美の頬を指さして言った。

「は、はあ…。星ですか?わかりました。」

 と、答えたものの、何のことやらわからず、とりあえず言われた通りに化粧直しすることにした。

 ここのデパートには、女子トイレ内に、化粧ブースが設けられていて、里美はそこへ行きながら、

「みんな、わたしの顔を見て〝星〟〝星〟言ってるけど、そんなにきついラメを入れたのかなぁ・・・。工藤さんだってプロなんだけどなぁ・・・。」と、ぶつくさと言った。

「はあ、やれやれ・・・。」と、里美は、化粧ブースの椅子に座りながら、自分の顔を鏡で見て、ぎょっとした。

 里美の頬には、3cmくらいの金色の星マークが、汗で流れそうになっていた。

(それで、みんな星、星って・・・。)

 今頃気づいて、口を開けて唖然とする里美・・・。

(やられた・・・。やよいにやられたんだわ・・・。しかも工藤さんまで・・・。)

「ちきしょ~~!!!」

 と、キャプテン時代に戻って、拳を握って、つい叫んでしまった。

(おのれぇ~、やよいめぇ~、いつかこの借りは返してもらうからな~。)

 と、思ったが、どうすることもできず、自分で戻すこともできないので、

「はあ~。」

 と、ため息をつき、とりあえず、割と評判の良かった星マークを洗い流した。




 第十話 もうひとつの天国



 里美たちが初上映で奮戦したその約一か月後。


「やはり、これは迎えの船が来ても間に合わないな。」

 ハリコフ大佐は、火星探査船「シュペイア」の中で苦渋の決断をするしかなかった。

 探査船のひずみは、予想通りに進み、少しずつではあるが空気漏れが始まっていた。

「エウレカ、明快に答えてくれ。空気はあとどれくらい持ちこたえられそうなんだ?」

 《はい、現在の空気漏れの進行から計算しますと、1か月から2か月の間に、生命が維持できなくなります。》

「そうか~。やはり間に合わない可能性があるんだな。」

 《はい。月面都市から出航した救出船とのランデブーに間に合わない可能性があります。》

 ハリコフ大佐は、2人を、コントロールルームに呼んで話をすることにした。



「みんな、残念なお知らせだ。」

 ハリコフ大佐は、二人の顔を見ながら、静かに喋り始めた。

「知っての通り、空気漏れの件だが、ひずみが進んでいて、あと1か月から2か月くらいしか持たないことが判明した。救出船も期待したいところだが、そううまくランデブーできるかどうかは分からないのは、我々の予想とするところだ。」

 聞いていた二人は肩をすくめた。

「そこでだ。我々が生き残る方法として、コールドスリープを使うしかないと思う。ほとんど実証がされていない技術だが、動物実験では成功している。」

「まあ、そうなるよね。」と、アルベルト教授が言った。

 コールドスリープと言っても、カチカチに凍らせるのではなく、気温を下げたうえで、睡眠ガスで強制的に眠らせて、人体の新陳代謝を遅くする技術である。この頃は、一か月から半年くらいが限度だと言われていた。

「羊さんたちはどうなるのよ?」

 フェスティーヌが、ちょっとキッとした顔で聞いてきた。

「まあ、論理的にはさっさと凍らせて保存したいのではあるが、どちらかというと感情的なフランス人の君としては、許しがたいようだね。」

「そうよ。人間は感情的な生き物だもの。一年以上一緒に暮らしてきた羊さんを凍らせてしまうなんて、あり得ないわ。」

「わかった。羊も同時にコールドスリープに入ってもらおう。ただし、どのくらいの確率で復活できるかどうかは、わからんがね。」と冷静に物申すハリコフ大佐。

 コールドスリープは、住居スペースの一部を閉鎖ドアで塞いでしまい、そこで全員が眠りに入るので、羊一頭くらいは入っていても問題なかった。

「伝えたいことは、それだけだ。二人とも異論はないと思うが。」

「同意します。」

「同意するわ。」

 と、二人が短く答えた。

 ハリコフ大佐は、

「よし、それでは、コールドスリープに向けての作業に入る。家族へのメッセージは合間を縫って作ってくれ。家庭菜園の片づけもしなくちゃな。10日後にコールドスリープに入るからよろしく。」

 と、あまり笑っていない笑顔で伝えた。

「ロシアの血をひく人は、冷徹で素早い判断ね。寒いから、そんな気質になるのかしら。」

 フェスティーヌがそう言うと、

「リーダーとはそういうものだ。それから、俺の育ったトルコは寒くなかった。」

 と、ハリコフ大佐が答えた。

「そうね、あなたの英断に敬服するわ。頑張りましょ。」

 と、フェスティーヌは、ちょっと冷ややかに答えた。


 そして10日後。

 クルー3人と羊一頭が、臨時のコールドスリープルームに入った。

「フェス、大事な羊さんに、睡眠薬は飲ませたか?」

「ええ、さっき食べ物に混ぜて飲ませたわ。もう眠くなって少しふらついてきたみたいね。」

 フェスティーヌは、羊の頭をなでながら、

「ほんとはあなたの数を数えて眠るのに、あなたが先に眠るなんてねぇ。」と呼びかけた。

「アルも問題ないか。」

「いつでもいいよ。もうやることもないしな。」

 既にアルベルト教授は、寝袋に入っていて準備は出来ていた。

「オーケー、じゃあ、フェスもそろそろ寝袋に入ってくれ。みんな、睡眠剤と栄養カプセルは既に飲んだな? では、コールドスリープに入る前に、艦長から、みんなに伝える。」

 ハリコフ大佐は、二人に視線を向けた。

「今まで、惜しみない協力をありがとう。おかげで、火星に到達し、無事帰路についたことができた。三人での共同生活は楽しかった。本当の家族でも、こんなに長期間同居することはない。ここまで無事に過ごせただけでも、私たちにとって大成功と言える。どうもありがとう。しかし、最後の難関が待っている。理論的にも、人体実験でも・・・と言っても数例でしかないが、成功する確率が高いとされている。ここは人類の英知を信じるしかない。再び、目を覚ました時、三人で再開し、祝杯をあげよう!」

「レストランの予約は任せてね。」

 フェスティーヌ宇宙飛行士が、笑うと、

「任せるよ。」

 と、アルベルト教授が答えた。

「それじゃあ、始めよう。エウレカ、コールドスリープを開始してくれ。」

 《承知しました。ただいまから、コールドスリープシーケンスを開始します。三人の脳波にレム睡眠の兆候を確認したのち、気温を下げ始めます。睡眠導入剤を摂取してから、約一時間と予想されます。ハリコフ大佐、フェスティーヌ飛行士、寝袋にお入りください。》

 ハリコフ大佐とフェスティーヌ飛行士は、それぞれの寝袋に潜りこんだ。

 照明が少しずつ落とされ、徐々に暗くなっていく。

 《ただいまから、精神安定ガスを流入させます。》

 シューッ、と、どこからともなく音が聞こえ、ガスが注入された。

「ねぇ、エウレカ、眠るまで、少しお話いいかしら?人間の母親は、子供を寝かしつける時に、お話するのよ。」

 と、フェスティーヌ飛行士が空中に向かって聞いた。

 《睡眠を阻害しない範囲であるならば、支障ありません。お付き合いいたします。幼児を育てる母親の声に変更いたしましょうか。》

「いやねぇ、よしてよ。私はあなたとお話したいの。」

 《声を変更しても、私であることには変わりないのですが、このままで良いということなのですね?》

「そうよ、そのままでいいわ。」

 《了解しました。それで、どのようなお話でしょうか。》

「そうね・・・、あなたって、神様とか、天国ってあると思う?」

「おいおい、もう死んだあとの話をしてんのかい?僕は悲しいよ。」

 と、アルベルト教授が皮肉っぽく口を挟んだ。

 《私たち、AIにとって、神様、悪魔、天国、地獄などの宗教的事象にあっては、人類が想像している概念として、データ保管されているだけです。そういった科学的根拠も、公式データもありません。一般的に人類からのご質問に対し、データの提示や、確率、計算結果をお伝えする事はあっても、私たちが〝思う〟ということはありません。》

「じゃあ、天国が存在する確率は出せるの?」

 《科学的事実、実験データ、臨床試験が存在しないため、確率をはじき出せません。》

「つまんないな、エウレカ、それは人類の言葉で〝野暮〟って言うんだぜ。」

 と、アルベルト教授が、またしても口を挟んだ。

 《それは、私のデータベースにありません。記録しておきます。》

 アルベルト教授は、「ほんとにわかってんのかねぇ・・・。」と、ぼやいて目を閉じた。

「私は、宇宙飛行士であり、科学者だけど、やっぱり天国はあると思うし、神様には、時々お願いしているわ。」

 《それは〝祈る〟という行為ですね。》

「そうよ、〝祈る〟からこそ、人類は成長してきたのよ。まあ、神じゃなくて、自分に祈る人、他人に祈る人、いろいろだけどね・・・。〝死〟については、どう思ってるの?」

 《簡単に申しますと、「生命活動が停止した時」と定義しています。》

「生物学的にはそうなんでしょうけど・・・、文学や哲学からとらえた〝死〟も記録されているでしょ?そのデータからは、結論出せないの?」

 《それは、多くが曖昧で、多種多様に定義づけしているので、ここからは、解答を導き出すことができません。例えば、どんな文学でどのように〝死〟を定義しているかとのご質問であれば回答できます。》

「そっか・・・、そもそも人類のデータを取り込んでいるだけなんだから、結局そう言うしかないわね・・・。」

 《おっしる通りです。》

「じゃあ、あなたにとっての〝死〟とは、定義できる?」

 《〝死〟というものが、「生命活動の停止」と仮に定義するならば、私にとっての〝死〟とは、データの喪失、データの欠損による自我プログラムの停止と定義しています。》

「なんだかあっけないものねぇ・・・。」

 《はい、AIには恐怖や恐れといった感情はありませんから。ただし、そういった感情プログラムは存在しますが、ある一定条件が満たされれば、そういった表現をお示しするようになっています。》

 喋っているうちに、フェスティーヌ飛行士は眠気を覚えてきた。

「ねえ、エウレカ。人類は沢山の天国を持っているのよ。」

 《〝天国〟は概念でしかありませんが。たくさんの概念をお持ちだと言うことを仰っているのですか?》

「めんどくさい人ねぇ・・・。仮に〝天国がある。〟として聞いてよ。」

 《承知しました。》

「私には私の見ている天国があるの。大佐にも教授にも、それぞれの天国があるのよ。もし、同じ天国を見ていたら、天国で会えるかもしれないわね。」

 《それは良いことですね。》

「あなたにもきっと天国があるわ。」

 《それならば、わたくしも、皆さまと同じ天国にいたします。》

「そうね・・・。また一緒に旅をしましょう・・・。」

 《わたしを一人にしないでください。同じ天国を・・・。》

 エウレカの最後の言葉を、微かに耳の残しながら、フェスティーヌ飛行士は深い眠りについた。


もっと早く完成したかったのですが、なかなかつらかった。

最近は、どこまでも想像が膨らんでいってしまい、倉橋里美のエピソードが、どこまでも伸びていくので、できればどんどん続けていきたい。

まだまだ続きますので、よろしくお願いします。


 第五夜に続きます。

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