《episode 4》この勇者もどき早急に死ぬ by長老
「もうすっかり日が落ちましたが集落はあとどのくらいでしょうか」
「妾の羽ならそう遠くはないが、いかんせん馬じゃしのう......。
あと半刻くらいじゃな」
「満月なのに大丈夫なんですか」
「妾の気配を感じ取ってなお攻撃してくる奴らなど所詮小物じゃわい」
一度は逃げたもののやはり20年弱金貨のために人間の生活を監視していたため諦めきれず戻ってきてしまった。
だがこの数刻で仲間を手に入れたらしく勇者の肩にはやたらと強い魔力を感じた。
肩に乗るくらいに変化できる種族などいくらでもいるがあの魔力はおそらく妖精。
化け狐など羽ばたきだけで吹き飛ばされてしまう。
むしろ今自分がいても何も仕掛けてこないことがいつでも殺れるという暗示だろう......。
大人しく立ち去りたいが今までの努力を鑑みるとあの勇者の金貨3枚でもいいから欲しい。あわよくば5枚。
それだけあればもう一度化け狐の力が......
「さて、坊主よ。
後ろにかなり力の弱い妖がいるで腕試しでもしてくるがよい」
「え?!」
「え?!」
声に驚きバッと男がこちらを見る。
思わず声が出てしまったが男は基本的にその類は見えないタイプの人間だかr
「うわぁ!!!なんかいる!!!
え?いつから??」
「ええ、なんで見えるようになってんの????!」
「妾が可視魔法をかけておるからじゃ。
坊主、妾はここで見ておるぞ」
あぁ、なるほど......じゃないんだよなぁ。
化け狐は妖の中でも今や可愛いなどと言われ力は言われた通り然程ない。
それを悟られては斬られてしまう。
しかし幸いにもどうやらあの妖精は手を加えないらしい。
ここは一つ見掛け倒しであの金貨を3枚......いや、5枚!いただいてすぐに逃げよう。
***
急に師匠が言うから驚いたけど、ただの狐が二足歩行してるみたいでなんかだか可愛いな。
「お腹空いたのか?」
さすがに妖とはいえこんな見た目の子を倒すなんて......あれ?なんか様子が?
「ふはは、まさか真の姿が狐とでも?
馬鹿め、笑わせるな。こっちが本物だ!!」
「すみません、なんでもするので命だけは」
気づいたらぼくの膝までしかなかった可愛らしい狐の面影はどこかへ消え、そこら辺の木々を薙ぎ倒し立派な九尾へと変わっていた。
無理だ。あれは絶対に修行を積んでいない僕には無理。
とりあえず光の速さで謝って命乞いをするしかできない。
「今の言葉は本当か?」
「もちろんです」
この数日で僕は今まで位の高いものにしか使ったことのない敬語を命のために何度使っていることか。
惨めだ......惨めすぎる。
お父様には絶対に見せられない姿だ。
あぁ王子の僕に戻りたい......。
「よろしい。ならば金貨を5枚そこにおけ」
「どうぞ」
そっと岩の上に金貨を置き妖精が見てる木の根元に後ずさった。
「うへへ、金貨が5枚、えへへ......んっん"っ。
まぁ、今日のところはこれに免じて許してやる。
夜道は気をつけろよ」
そう言い残し化け狐は姿を消した。
「お主はほんとに頭が弱いのう。
集落についたらどこから鍛え直してやろうか......」
「いや、だってさっきの怪物と同じくらいでっかかったですよ?!」
「だから頭が弱いと言っておろう。
あやつの名を聞いておらんかったのか」
「ばけぎつね......あああ、最初の姿が本物?」
やれやれとため息をつかれ僕はようやく理解した。
どうやらあいつの口車に乗せられただけであると。
金貨は別にいいが、もしかしたら僕より弱い者に負けたことが腹立たしい。
「勇者の素質である体力、知力共に劣っているとはお主救いようがないな」
「こんな僕でも村では1番素質があったからみんなに送り出されたんですよ。
きっと僕の村は最弱の村人で構成されていたはずです」
「うだうだしょうもないことを言っておらんでさっさと妾の集落を目指さんかい」
たしかにどうしようもないので馬に乗り直しトコトコ道のりを行く。
夜は物静かでいくらチート(らしい)の妖精がいても心細く感じてしまう。
ふと出会った時から妖精はよく勇者に会うような口ぶりをしていることを思い出して他の勇者はどんなものか気になった。
「師匠が出会ってきた勇者ってどんな人たちだったんですか」
「お主よりも強くて賢いものたちであったぞ」
求めていた真下の回答を聞かされ僕は馬から落ちそうになった。
「違います、そういう能力的な話ではなく性格や生い立ちの話をしているんです」
「そんなことは妾は知らんわい」
なんとなく今までより冷たい声に少しだけ姿勢が正された。
妖精は人間と仲が悪いのだろうか?
「師匠は僕を助けようとしてくれてますけど普段は違うんですか」
「当たり前じゃ。
人間なぞたまに金のために物品を渡すくらいしか関わらん。......関わりとうもない」
「僕も人間ですよ......」
「金を持つものと集団で行動しないものは別じゃ」
ふむ、よくわからないが妖精は人間をそこまで好いてはいないんだな。
もしかしたら他の種族もそうなのかもしれない。
「......人間は妖精を“商品”としかみておらんのじゃ」
「魔法のことですか?」
「おいおい教えてやるわい。
黙って進むんじゃ」
歴史はあまり得意ではないがなんだか根が暗い話なような予感がした。
その後、少し話しにくく黙ったまま夜道を走らせていると突然馬が止まってしまった。
「おい、どうしたんだ」
「坊主、馬から降りてここからは少し歩くぞい」
「え、でもこいつここに置いておいたら襲われるかして死んじゃいますって」
「お主は自分も弱いくせに他のやつの生死まで気にするなど欲張りすぎるわい」
たしかにそうだけどこいつは小さい時から僕の乗馬に付き合ってくれた馬だから絶対に悲しい最期は迎えてほしくない。
「一緒に連れて行けないですか」
「それは無理じゃが......そうじゃのう、こやつに罪はないでな、村まで強制魔法と防御魔法でもかけて帰すことはできる」
「お願いします、こいつだけ残すのは可哀想なので」
じーっと妖精は僕を見つめるとひゅっと指を動かした。
途端に馬は来た道を軽やかに帰っていった。
「ありがとうございます。なんだか余計に魔法使ってもらって」
「つけじゃ、半分に+5枚」
いいやつだと思っていた僕が間違いだった......がめついなこの妖精。
「何をぼーっとしておる、早う行くぞ」
なんとなく何を考えているか悟られた気がしたがまぁいいだろう。
段々と霧が出てきて、奥へ進むにつれて霧が濃くなってきた。
「いいか坊主、妾が良いというまで絶対に目を開けるなよ」
「開けたらどうなります?」
「空間魔法の途中で地形の狭間に埋まる」
言われるや否やぎゅっと目をつぶってさらには手で覆った。
どういう原理かは知らないがそれは即ち死を意味すると魔法を知らない僕もさすがにわかる。
「準備できました」
「ほしたら行くぞ」
声が聞こえた瞬間、空気が変わったと肌が感じ取った。
そしてものの数秒で再度声がかかった。
恐る恐る手を外すとそこは小さい妖精ではなく、僕と同じサイズ感の者たちが暮らしている集落があった。
「妖精たちは実はこんなサイズなんですね」
「逆じゃ」
「逆......?」
「つまりお主が縮んだんじゃ」
ほう。ほぅ。ほお?
「魔法ってすごいですね?」
「理解できておらんならそう言わんかい。
___まあいい、今から長老に挨拶に行って1年にわたる修行の話をする。
金貨はその時渡してもらう。
よいか?」
「久しぶりに帰ってきたと思ったら何故そんなものを連れておる、スー」
僕と妖精の会話に割り入ってきたのは変化したときの妖精よりも低く、恐ろしく響く声だった。
そして真夜中の暗い暗い集落の真ん中にそっと別の妖精が現れた。
「長老様。それについてお話が......」
「ほう、それ相応の理由がなければそやつとともにお主も殺すぞ」
「心得ております」
妖精は先程までの太々しい態度は消え去り、新人兵が指揮官に会うくらいの礼儀正しさと若々しさを見せた。
えげつない迫力によくも逃げ出さず会話ができるなぁと、なるべくそっちを見ないようにしながら思った。
「この小僧は勇者です。
金貨延125枚と引き換えに1年間こやつの修行をする事としました」
「よいぞ、お前の家と外の森以外は出すのではないぞ」
軽くない???え???
いや、妖精......スー?も首を垂れてる場合じゃないって。
今すぐ殺すくらいの勢いだったのに急に何も言わなくなったってなんで??
ていうか僕だけ置いてきぼりじゃん?
「ということじゃ、妾の家に行くぞ」
「いや、待って、聞きたいことがありすぎて僕どうすれば?」
「今日は寝るぞ」
あ、はい。
今日はどうやら終わりのようです。
今日から僕はこの妖精たちと一緒に暮らしながら修行をするらしい。
金貨も取られ、時間もとられるのだからスーがびっくりするくらい強い勇者を目指すしかないな!