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いつかまた会える日まで  作者: かんな
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05 「おねえさま」(アルフォンス視点)

 その例外の一人というのがタムスンの姉、カーチャだった。


「あなたたち二人は相当剣の腕が立つから極めるといいわ。そうすれば高等部を卒業する頃には将来の心配をしないで済むでしょう」


 タムスンは姉の言葉を信じ卒業するまでの期間、昼夜問わず鍛錬に勤しみ、それに付き合った自分も結果同じような量の鍛錬をこなしていた。


 タムスンがシスコンならばカーチャはそれに輪をかけたブラコンだった。育った環境がそうさせたのかもしれない。


 ナイトリー侯爵が糾弾され自死すると、まだ若かった母親は早々に実家を頼って育児を放棄し、引きこもった。幼子二人は預かり先の伯爵家の情けのもとに委ねられた。


 爵位を返上していないのであるから扱いは複雑極まりなかった。成人すればタムスンは伯爵家の当主より身分は上になるものの、後見をするには没落した理由が渋すぎる。下手を打つと王家に睨まれかねない。


 とうとう扱いに困り果て、二人の存在を持て余した伯爵家当主は二人を伯爵家預かりとして姓を替え、8歳になるなり長女のカーチャを全寮制の王立学院に編入させた。同時に4歳のタムスンも引退した侍従とともに市井のタウンハウスに住まわせ、カントリーハウスへの立ち入りを禁じた。裏には子育てに辟易した母親の意向もあったらしい。


 カーチャは既に天才としての頭角を現しており入学の半年後には一学年上へ飛び級した。またその才覚を見出した学院長の推薦もあって全額免除の奨学金まで授与された。


 一方、まだ母親が恋しいであろうタムスンは親の愛には恵まれずとも、侍従はじめ伯爵家のスタッフ全員に可愛がられ健やかに育つ事ができた。伯爵家も教養に関しては惜しみなく援助したらしい。


「この頃から貴族の子弟としての剣術も、中等部に入学するまでみっちりと教えられた」とタムスンは語ってくれた。


 カーチャは休みの度にタウンハウスに戻り、たった一人の身近な家族のタムスンを多いに可愛がっていたようだ。


 王立学院での初年度が終わり、寮生活からも解放され夏休みに入った頃、タムスンがタウンハウスに遊びに来るよう誘ってくれた。前々から話しには聞いていたが、いよいよ自慢の姉上を紹介してくれるらしい。


 遊びに行った日、タムスンの初めての友だちだといってカーチャは大歓迎してくれた。


「何せタムスンは天使のように素直だしかわいいでしょ?色々家の事があって学校ではいじめられて泣いていないか心配で心配で。タムスンの友だちになってくれてありがとうね」と、真剣な眼差しを潤ませながら手を握られた。思春期を迎えたばかりの僕はドギマギしてしまった。


 数ヶ月学校で時間を共にし分かった事だが、タムスンは天使のような外観とは裏腹に、実に腹黒かった。目立つ事を厭い、成績は平均的であったが、それは敢えてそうしていたのだと思う。


 少なくともいじめられて泣くような玉ではない。むしろそんな輩がいれば影でこっそりバレないように復讐してそうだった。実際目立って絡むようなヤツは皆無だった。


 カーチャがタムスンの学費を稼ぐために学校の授業の後も仕事をしていると知ったのは、この時だった。貴族としてはあるまじき行為だが、事情が事情だ。これは三人の秘密ともなり、また三人の結束をより強めたと思う。


 その夏、カーチャの働く夜店にタムスンと一緒に何度か訪れた。


「ねえさま、今日のおすすめは?」タムスンが訪れると蕩けるような笑みを浮かべカーチャはたちまちご機嫌になる。


 あれもこれも勧められ、夕飯もいらないほどに満腹になる事もしばしば。育ち盛りの二人にとっては極上の時間だった。ただカーチャに会いに行くだけでも楽しかった。


 カーチャは元より自分の容姿に関しては無頓着だった。茶色の髪はいつもボサボサで纏まらず、子リスのようなキラキラした飴色の瞳も眼鏡の奥に隠されていた。


 本人は容姿に自信がなさそうであったが、もとより上流貴族とは容姿や才能が優れたもの同士の婚姻が代々続いているのである。そもそも天使が降臨したのかと思わされるほどの美形な弟だ。その姉が醜悪なわけがない。


 ただ見た目だけでカーチャを好きになった訳ではないということは断っておこう。タムスンを心配してハラハラする表情も、夜遅くに夜店に押しかけて怒るときの表情も、全てが愛おしくなっていた。


 はっきりと気付いたのは自身が高等部の生活にも慣れたころだ。そしてカーチャが20歳になり、成人を迎えいよいよ社交界に顔出しする事が決まった時だった。

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