04 三男坊と没落貴族 (アルフォンス視点)
親友のタムスンに初めて会ったのは王立学院の中等部に上がった時だ。どこか冷めたところがある大人びた少年だな、というのが第一印象だった。顔立ちが綺麗なのにどこか棘を隠し持っているような、近寄り難さを醸し出していた。
知ってみれば無理もない、タムスンは本来であればナイトリー侯爵家の跡取り息子であったのだ。しかし、先の大戦の失策の責任を取りナイトリー侯爵家は領地没収となり没落した。当主である父を亡くしたタムスンは母方の伯爵ペルーナ家の預かりとなり、出会った頃は姓もペルーナを名乗っていた。
代々王家と交流があり先祖には降嫁した姫もいたというナイトリー家の血筋とあって、タムスンは王家特有の象徴ともいえる赤みがかった金色の髪と翡翠色の瞳をしていた。ただ没落したとあってその容姿は呪いのようにも映った。
王族の血縁でありながらも没落し、貴族とも平民ともいえない存在。入学早々、噂が飛び交っていた。
「あいつ、ナイトリー家の長男だってさ。近づくな、って注意されたし」
「なんでも爵位は返上しないままでいるから新たに侯爵家を設立出来なくて王家も迷惑してるとか」
「でも領地なくてどやって生活してんの?」
「なんでも母方の伯爵家に世話になってるらしいぜ」
「いい迷惑だな。貴族の面汚しだ」
「返上しないのも爵位が欲しい金持ちの平民女と結婚でもするつもりなんじゃね?」
「あとはあれだな。貰い手のつかなかった下位の貴族令嬢の持参金目当てか」
「なるほど、そんなワケがあったか。爵位返上で平民になると貴族との結婚は難しいからな。ますます貴族の面汚しだな」
貴族の排他的な性分にやっかみも上乗せされたイヤな噂ばかりだった。
大人達から事情を聞かされている上流貴族の子息達はタムスンを遠巻きにした。タムスンの纏う雰囲気に圧倒されたそれ以外のもの達もあえて近づこうとしなかった。入学当初の頃の事はあまり記憶に無いが、なんとなくタムスンはクラスの中で孤立していたと思う。
転機はすぐにやってきた。入学して間もない時期に剣術のクラス分けを兼ねたトーナメントが行われた。これでもデヴロー子爵家は代々騎士団長を歴任してきた軍事家系の貴族である。生まれた頃から剣を握らされ、三度の飯より剣術稽古というような生活を強いられてきた自分は細身ながらも剣の腕には自信があった。
当然決勝に残ったのだが、相対したのはあのタムスンだった。少し驚いた。一見天使のような見かけだし、没落貴族でそれも宰相の血筋と聞けば、頭は良くとも剣術稽古なぞまともにしていないだろうと見くびっていた。
剣術トーナメントは双方が納得すればなんの武器を使っても良い事になっている。既に何戦か交えていて疲労も溜まりつつあったし、得意のレイピア(細剣)を選択した。タムスンも了承した。この時一瞬だけタムスンの口角に笑みが走ったのを見逃さなければレイピアにはしなかったと思う。
おそらくフルセットの試合でそれも時間をいっぱい一杯に使い判定に持ち越されたのは初めての経験だった。それも結果、タムスンが判定勝ちしていた。
試合終了を告げる一声を聞いた時、一瞬何が起きたのか分からなかった。時間が過ぎて行くのには気づいていたが剣戟を交わすうちに必死になり過ぎていて時間の感覚を失っていた。それだけ集中しいて、必死だった。
悔しさもあったが、それ以前になんで負けたのか意識がついていってなかった。レイピアは得意だった。まだ子どもの身体だった自分に一番見合った武器で、稽古もレイピア中心で、デヴロー子爵家の兄弟の中でも一番の使い手だと自負していた。瞬発力も斬撃力も訓練の積み重ねで誰よりも速く強いと自負していた。それなのに負けた。
「いい試合だった」タムスンが手を差し出してきた。
一瞬なんで手を伸ばしてきたのか分からず躊躇したが、握手を求められているのだと理解してすぐ手を握り返した。
ーーーこいつとは仲良くなりたい!
直感だった。もっと手合わせすれば自分は強くなれる。
「おまえ、すげーな!自分はアルフォンス=デヴロー、アルって呼んでくれ。あ、デヴロー子爵家の三男坊だ」
「タムスン=ペルーナ。レイピアを選んでくれて助かった。もう疲れが出ていて軽剣も持てない状態だったし、短剣は苦手だから」
天使のような柔和な微笑みを浮かべて感情を読み取るのが難しかったが、どこか安堵と照れた雰囲気が伝わってきた。
そのあと色々剣術に関して一人でまくしたてたような気がする。話しながらついにやけてしまっていたと思う。まさかレイピアで負けるとは思わず興奮していたのかもしれない。
答えは期待してなかったが、「どんな稽古をしたらあんなレイピアが撃てるようになるのか」と聞いてみた。
驚いたことにタムスンはすんなりと答えてくれた。
「稽古じゃないと思う。多分僕はアルより瞬発力も斬撃力も劣っていたと思う。そこで唯一勝てる方法は、と考えたところ」タムスンはにやりと笑った。天使の笑顔に一瞬狡猾さが走った。
「戦術しかないかな、と。強い斬撃は受け流せばいいし、瞬発力は見極めるのは難しいけど、アルはクセがあるよね」と指摘された。
心外だ。むしろお手本になれるくらいに基本に忠実な形をマスターしていると思っていたから変なクセなど付いていないはずだった。
タムスンは笑顔で続けた。
「アルは右利きでしょ?だから踏み込む際、必ず右肩に力が入るんだ。あとはステップかな。小さな一歩で左に重心を乗せてから右脚で大きく踏み込んでくる。こんな感じ」タムスンが小さなステップを踏んで動きを見せてみる。
「最大のクセは教本に忠実な形を守っていることかな。教本どおりの動きだからこそ、とる形によって次の動きが予測できちゃうんだ。その一瞬を見逃さなければ必ず逃げ切れると読んで、アルの技判定が決まらないようにしたんだ」
目から鱗が落ちるとは正にその瞬間だった。なるほど、形に忠実なほど、次の動きは予測されやすい。納得。
「まぁ今回僕は運が良かったんだよ。君が優勝すると思っていたから第一試合から観察するチャンスがあったし。次は負けると思うよ」とタムスンは笑みを浮かべながら言った。
この時初めて、戦闘にも頭脳が必要なのだと気づかされた。頭ではわかっていたつもりだったがこうも辛酸を舐めさせられると身でもって学ぶ。
それからはタムスンとは授業以外でもよくつるむようになり、いつの間に警戒心も溶けたのか周りには「双頭の金鷲」との二つ名で括られるようになった。単に二人とも金髪だったという理由だけなのだが、悪い気はしなかった。
片や没落上流貴族、片や下流貴族の三男坊。学年でも一、二争う落ちこぼれの貴族の端くれ二人が卒業の頃には将来一番有望視されるとはこの時誰も予想していなかっただろう。ただ一人を除いては。
読んでくれてありがとうございます。今回はアル視点で。何話か続きます。