おとつーのそれから その7 エルンストの「これから」
「お別れなのですね、エルンスト様。ご卒業、ご進学おめでとうございます」
「キャロライン」
「帝国の高等教育はとても整っていると耳にしています。貴方が学ぶに相応しいですわ」
「キャロライン」
「どうかお身体を大切に。大切になさって下さいね。お手紙はもう、無理されずに。貴方が進路をお決めになって、お独りで立ち向かわれる勇気を……私は嬉しく、嬉しく……」
「キャロライン。誰が独りだって?」
「……は?」
エルンストは、ふふ、と優しく微笑んでキャロラインの頬を触る。
「ほら、また、君は静かに泣いている」
「……で、殿下っ」
「エルンスト」
「……ぅ」
「私のシェラザード。
勝手に物語を作ってはいけないよ?ああ、真っ赤だ。泣いたから?
それとも」
「は、恥ずかしいからですっ!
エルンスト様、お手を離して下さい!」
「やだ」
(((……は?)))
触られているキャロラインも、扉に顔を突き出して、覗いているのがバレバレのおとつーも、ほぼ同時に目を見開いた。
「君がちゃんと、私の話を聞いてくれるまで、離さない」
「……あ、あの?」
(うわあ、キャラ変わってない?)
(ええ。言動がヴィルム殿下そっくり)
(上品な俺様)(俺様な甘えキャラ)
(……んもう、聞こえてるっ)
キャロラインは、前門のエルンスト、後門のおとつー、という状態でおたおたしている。
「キャロライン」
キャロラインの頬に手のひらを当てたまま、エルンストは続ける。
「私のシェラザード。
貴女のおかげで、私は生まれ変わった。果てのないトンネルに横穴を開けて、灯りをかざして導いてくれた。そして痩せた心に幸せをくれた。
私は満ち足りた。だから」
エルンストは、そっと手を離し、今度はキャロラインの手をとり握る。
そして、跪いた。
(えっ)(あっ)(おおこのポーズは!)
キャロラインは更に目を大きくし、更に真っ赤になった。
「今度は私が与える番だ。
キャロライン。どうか貴女の人生を支えさせてはいただけないだろうか。どうか貴女の笑顔を守らせていただけないだろうか」
(これ)(そう)(いけ)
「エルンスト様。私、医者になるつもりです」
(((…こぉら!話の腰をおるんじゃない!)))
きょと、とエルンストはしたが、そのままの姿勢で愛おしそうに話を聴く。
「破談になって、どう生きるか考えました。そして、私は医者になろう、と。そして、この国で心が辛い方々に関わりたいと。だから、私もこの先、院まで修めようと
……殿下、私、年増になってしまいます!だからダメ!」
(阿呆っ)(立派だけど)
(今、そこ?って話よね)
五月蝿いおとつーだが、その通りだと、寮の乙女たちは、窓に床にへばりついて、聞き耳をたてつつ、頷く。
「歳を重ねた貴女も見たい。その時は私もいい歳だね……良かった」
「……え?」
「私が留学から帰るまで、誰のものにもならないで欲しい。そうお願いする所だったんだ。
キャロライン。今の君も、未来の君も、私が支える。
君ならいい医者になるだろう。多くの人が救われるだろう。
そんな君の生活も心も、私が支える。だから」
(((今度こそ!)))
「私、エルンスト・リシュリューの将来の伴侶になって欲しい。
君を愛している。私のシェラザード」
(((言え!)))
「……殿下のお手紙。
とても嬉しかった。言葉一つ一つに、労りと愛が込められていて。
殿下そのまま。真っ直ぐで誰にでも公平で、お優しくて……この優しさを独り占め出来たらどんなにいいかと……」
(((いけ!)))
「私は君のものだ」
「……私で、宜しいのですか?
口が悪くて、どこにでも首を突っ込んで、小賢しくて、しまいには高学歴の医者になるんですよ?貴族の妻なのに働いて賃金得るんですよ?」
(((早くいけ!)))
「君がいい。キャロラインだけがいい」
「……殿下、ほんとう、に」
「今はただのエルンストと。
キャロライン。どうかもう観念して?
でないと、私のやり方で口を塞がせてもらうよ、シェラザード」
それを聞いたキャロラインは、手をばっと振り払い、自分の口をがばっと塞いだ。
エルンストはくすくす立ち上がり、
「意地悪だなあ」
「どつちぐゎ、(どっちが)もご」
「さあ、いい加減返事を。でないと、本当に」
「する!するわ!」
キャロラインは慌てて叫ぶ。
「何を?」「だから!」
「ちゃんと言って」
「……わかりました」
(いつまでやってんのあのお花畑たち)
(まあまあ、そろそろだから)
(あ、動きますわ)
キャロラインが、ほつれた髪を撫でて、こほん、と咳を一つ。そして姿勢を正してエルンストに向き直った。
「エルンスト様
シェラザードは、毎日王様にお話をしているうちに、恋に落ちました。この気持ちを棺桶まで持っていこうと思っていましたのに。
こうなったら、一生私の話を聞いて下さいね?それが呑めるのなら、貴女の妻に、どうか、……う!」
最後までエルンストは言わせなかった。カチコチのキャロラインを抱きしめたのだ。
「返事は短く」
「はいっ」
「愛している?」
「あ、あいして」
(((おっしゃ!元殿下、男前!)))
やはり最後までキャロラインはいえなかった。
二度目は、エルンストが、その唇を唇で塞いでしまったから。
きゃー!という黄色い悲鳴とパチパチパチという拍手は、けっしておとつー達ではない。
その他のへばりついた乙女たちの反応だった。
おとつー達は、
揃いも揃って、泣いていたから。
さて、キャロライン・ジュゼッペは、しばらくの間、学園はおろか、社交界の『時の人』となった。
なんたって、元がつくが、ばりばりの『王子さま』に『プロポーズ』されて、『誓いのキス』を公開したのだから。
絵に描いたようなシーンに、乙女達は胸を熱くした。
この、電撃的衝撃的なカップルは、あっという間に王都でも有名になり、
キャロラインは、学園で
「面談室で破棄も求婚もやっちまった女傑」なる新しい二つ名を戴いた。
この一月後、エルンストは、リシュリュー侯爵を賜り、帝国へ旅だっていった。
手こずったキャロラインも片付きました。
次の回で千秋楽!同時更新なので、一気にどうぞ!




