おとつーのそれから その7 エルンストのそれから
趣向を変えて、手紙形式で、どうぞ!
親愛なるシェラザード
通信をありがとう。
マルグリット伯爵には驚いたね。君から見てお似合いなら何よりだ。身内のスキャンダルも公平に記事にする所は、賞賛に値するね。
離宮の秋はもう暮れて、木々は裸の枝を揺らしている。お祖母様は、肩の荷を下ろしてしばらく伏せって居たけれど、今は庭の散歩も私としているよ。
私はここで、卒業論文を書いている。
学園には途中からなかなか通えなかったけれど、自分の為だけに学ぶのは楽しい。文献を教授にお世話して貰って、この論文を仕上げれば、中等部は卒業だ。
勿論、卒業式も卒業パーティも、もう縁がないけれど。
君が心配している睡眠も食事も、お祖母様の主治医が納得する程度には回復している。転地がいいと君は早い頃から言っていたね。
そうそう、冬服が城から届いたんだが、1年前の丈が全く合わない。手足も長くなったけれど、胸周りも逞しくなったのだよ?
だから、安心して元の生活を楽しんで。
ベッドに入る前は必ず君の笑顔を思い出す。君は私の特別。
こうやって何時でも君の笑顔と声を思い出せる。それは誰にも侵食されない私の大切。
これがある限り、耐えていけるよ。
シェラザード。
君の幸せをいつも想っている
エルンスト・リシュリュー
親愛なるキャロライン
君から便りがないから、不安になった。
大変だったね。大叔母から聞いたよ。
前途ある若者だと思っていたが、利己的な責め方を君にしたそうだね。
大丈夫かい?傷ついただろうに。
無理はしないで。
ここに、君の幸せをいつでも願っている者がいることを知らせたくて、つい手紙を書いてしまった。
離宮の侍女が作ってくれた栗と林檎のジャムを添えた。私もしゃもじで手伝ったんだよ。
慰めにもならないけれど、こちらの美味を味わって元気を出して欲しい。
でも、キャロライン。
泣きたい時はちゃんと泣くんだよ。
声を出して、疲れるくらい泣いていいんだよ。
近くにいて、そう君に言えたらどんなにいいだろう。
いつも、私に言ってくれる言葉を返すよ。
キャロライン、ちゃんと食べてちゃんと寝て、ちゃんと笑って、ちゃんと泣こう。
明日は今日とは確実に違う日なんだから。
君の良き聞き手 エルンスト・リシュリュー
シェラザード、ありがとう
君はやっぱり君だね。
久しぶりのキャロライン通信は、機知に飛んでいて、腹を抱えて笑ったよ!
特に、乙女通信の関係者は、ビアンカ・アズーロ以外全員、婚約破棄経験者、って所が凄い。
私まで含めてくれてありがとう。
けれど、ザビーネ嬢は3年間の花嫁修行、シャロン嬢は伯爵賜爵と、幸せを掴んだのだから、君には彼女達よりもっと大きな幸福がくるよ。
後、大叔母様特集が絶品だったね。これは乙女通信の転載かな?学園は大騒ぎだね。大叔母様の素性とお年を知ったのなら。
もう、面白くて面白くて、お祖母様やコンパニオン、侍女達のいる所で読み上げてしまったよ。みんなで大笑い。
キャロライン。
君は私が気鬱に戻っていないか、案じてくれたんだろう?
ダンブルグ元公爵とコール・ローランが処刑されたことを知ったから。
大丈夫。
後悔はしていない。
ミリアの助命が出来たことは贖罪となったが、一生背負う罪を担う事が王家に生まれた者の使命だから。
私は今回の事で、罪と罰について考えるようになった。
人は罪を侵す。けれど、その対価となる罰を受ける者も居ればそうでない者もいる。
では、裁くとは何だ?断ずるとは何だ?
キャロライン。
私は法曹に身を置こうと思う。
政治に組みすれば、前の肩書きが邪魔をする。ヴィルムの足を引っ張りたくはないからね。
だが、司法であれば、独立した機関だ。
今書き上げた卒業論文を提出し、卒業の資格を得たら、帝国の高等学校に進学しようと思っている。あちらは法体制がしっかりしているから、そのまま大学へ進むのも良いかと考えている。
お祖母様は、賛同して下さった。
侯爵家の資産から、資金を出して下さると、大叔母様も了解して下さった。
年が改まれば、試験を受け、そのまま帝国に住もうと思う。 警備と従者の選抜も進んでいる。
キャロライン。
君と同じ空で繋がっていると思う事で、離宮での幽閉を受け入れる事が出来ていた。
君が遠くなる。いや、君から遠くなる事実は私の心を冷えさせる。
けれど、私はもう、私の道を作る時期となったのだろう。その道ばたに君の姿がなくとも、それは私のエゴでしかない。
これからも手紙をかき続ける。
君が幸せになり、傍らの男に止められるまで。
君の声と笑顔を毎日繰り返して。
ヴィルムがね、4歳の初恋を10年間心に持ち続けた気持ちが、今は分かる。やはりエラントの男は執着心が強いらしい。
私のシェラザード。
これからも、手紙を書かせておくれ。
それだけが、私の願いだ。
愚かな男 エルンスト・リシュリュー
冷たい雨が窓を打つ夕暮れ、いつものメンバーがキャロラインの部屋でヒソヒソしている。
(…ずっと、あれ、なの?マリー)
(はい。手紙を眺めては、はー
ジャムの瓶を手にしては、ほー)
(完全に)
((恋煩いです))
窓辺のキャロラインは、おとつーメンバーの声なぞ耳に入らない。
(で?元殿下は)
(それが、帝国に留学だそうです。年が改まったら)
(大学もだそうよ。卒業まで7年はあるわね)
(私の3年より辛いわねえ〜)
(それどころか。7年もあったらキャリーのご両親が放置すると思う?)
(貴族社会では、有り得ないわね。次の休みには相応の縁組を持っていらっしゃるはずよ
(……そうよね。だとしたら)
……これで元殿下と、お別れって事になるのね……
「ジュゼッペさん、いらっしゃる?」
ノックと共に寮母様の声がする。
「あら、皆さんお揃いで。
ジュゼッペさん、面会室にお客様です。直ぐにいらっしゃい」
寮母様は、にこにこにこと、上機嫌だ。
「……どなたでしょう」
「名乗りは御本人がなさりたいそうよ。……あ、皆さんは御遠慮しなさい」
浮き立つおとつーを制して寮母様はキャロラインを促した。
『先の事件』があるので、ザビーネなんかは、モップをもって仁王立ちしていた。用心棒のつもりだったらしい。
(どなたかしら)
面会室に、失礼しますー、と、恐る恐る入ったキャロラインは、息が、
止まった。
硬直するキャロラインをしっかりと盗み見るおとつー達も、中を覗き込む。
「キャロライン」
扉が開く音と共に、立って迎えた人は、
((……ひえ〜っ!元殿下っ!))
長くなった銀の髪を後ろで束ね、精悍な顔立ちに以前からの端正な甘さを纏った好青年。
「エルンスト……様」
息をつまらせながら、彼の名前を呼ぶキャロラインに、エルンストは静かに話しかける。
「卒業論文を提出に来たんだ。
いや、違う……君に」
躊躇う言葉をキャロラインがさえぎる。
「お別れを言うために、ですね」
頑張れエルンスト。
この回、続きます!




