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おとつーのそれから その4 キャロラインのそれから

キャロライン!

待ってたぜ!

休みの日、キャロラインはチェイニー家を訪問していた。

今日のキャロラインは、決意を持っての訪問である。


チェイニー子爵家は、北のタウンハウス街にある。戸口で名乗ると、執事が出迎えてくれる。


「ようこそキャロライン様。

少しばかりお痩せに?」

「ご機嫌よう、レンド。

気にかけて下さる貴方に会えて嬉しいわ」

やや心配げな表情をした執事は、その言葉に柔らかな微笑を返した。

チェイニー家の執事は、唯一キャロラインにとって安らげる人間だった。



応接室は、相変わらずゴテゴテと調度品がひしめいていた。さらに壁には、今流行りの風景画が、クラシックな宗教画とともにミスマッチに並べられて、合間の壁や暖炉に、金細工の花瓶に飾られた造花が混乱を掻き回していた。


(チェイニー家は足し算しかないんだから)

私が嫁いだら、少し意見しよう。これでは成金趣味と言われても仕方ない。


それはそうと。

(今日こそは、イザークに会って、あのこと確かめなくちゃ)


夜会の一件の後、彼とは連絡がない。本来なら、彼から説明があるべきだし、お互いの距離をつめる努力をするべきなのだ。今日は何がなんでも、イザークに会うまで、チェイニー家で待とう。



ノックが4回。扉がひらく。

「ご機嫌よう、キャロライン」


夫人である。

「ご機嫌麗しゅう、チェイニー夫人。ご無沙汰しました」


キャロラインの綺麗な所作に、チェイニー夫人は、鷹揚に頷き、キャロラインの前に座った。

キャロラインも座ると、夫人は下女に茶を申し付ける。


(いやいや。客が入った時点で出しとかなきゃ)

まあ、客だと思ってないのかもしれない。将来の嫁は、序列では一番下。そう思っているんだなあ。


夫人は、ふっくらとした体に、たっぶりギャザーを寄せてレースを付けた総花模様のドレスを召している。

背景の壁紙と宗教画と造花にドレスが加わって、色の総出演にげんなりした。


「お代替わりで、主人もあの子も忙しくしているわ。ちっとも家にいてくれないの。少し貴女が来てくれると、私も気が晴れるのよ」

「そうですね。

私もいろいろあって、無沙汰しました。これからは、夫人のお顔を見に参りますわ」


(基本は可愛い人なのよね)

姑となる人物と向き合う緊張は、相変わらず取れないが、この人のペースで会話する事は慣れてきた。

自分は16歳。イザークは22歳。

成人が20だから、後4年。

多分、高等部を卒業する前に婚姻を結ぶことになるだろう。キャロラインとしては、卒業し、大学院の予科である4年生まで進級したいが、嫁となる身で何になる、と否定されそうだ。

それでも、恋を諦めてイザークとの未来を構築するつもりで踏み出したのだ。


「……ねえ、キャロライン。

その、いろいろあった事なんだけど……」

夫人の顔には、言いにくいけど聞かなきゃならないの!という緊張に満ちている。本当に分かりやすい。


「貴女、エルンストでん……様に治療していたと聞いたのだけれど、学生の貴女が、どういうことかしら」


(来たわ)


心の病については、エラントにおいては理解がない。学園では、オクタビア先生から、

(私の治療方針を理解し、殿下と歳が近く、かつ秘密が守れる学生は夏の休暇ではキャロラインしかいなかったもの)

という、さらっとした説明で、みんな納得したのだけれど。


噂話や愚痴に花を咲かせる夫人達の付き合いでは、そういう訳にはいかなかったのだろう。

疑問が疑惑にすり変わり、尾ひれがついて、結局……


「ハッキリ言うわ。貴女イザークを裏切ってはなくて?」

(何ですって……)


エルンスト殿下と私が密会していたと言いたいのだ。あのミリアとコールのように。


「どうお伝えすればご納得頂けるか分かりませんが、学園の保健医師の指示で北の対に通ったにすぎません」

「だけど変装してまで通ったと聞いたわ」


夫人は握ったハンケチを摘んだり広げたり、娘のようにモジモジする。

この人は、息子の婚約者が王子と出来てたって事にしたいの?


「この国では理解の薄い病気だからです。若い娘が頻繁に王宮に外から出入りすれば目立ちます」

(そして、こんな風に邪推されるのよ)

キャロラインは苛立ちながらも丁寧に言ったつもりだった。


ところが、


「貴女ね。いくら賢いからって、そんなモノの言い方はないわ」

「……え?」

「世間で噂のタネになって、私や息子を辱めたのよ?謝罪が先ではないかしら」


これにはキャロラインは真底びっくりした。


「私には、王家への忠誠はあっても、誰かに後ろ指さされるような事はございません!」

「まあ、何という言いざま!

姑が注意した事に従えないと言うの?」

……親と離れて暮らすと、目上を敬う気持ちも持てなくなるのかしら……躾のない……


そんな聞こえよがしのつぶやきは、キャロラインには、

ぷつん、

と堪忍袋の緒を切るには充分だった。


「……夫人のお気持ちを害した原因となった事はお詫びします。

なにぶんにも、極秘でしたから、貴女の()()()を受ける間がありませんでした。

けれど!私は守護聖人にかけて、イザークやチェイニー家に後ろめたい事なぞございません!

……その噂とやら、勿論、夫人は否定して下さいましたよね?嫁ぐ私の名誉のために」


キャロラインには珍しく、厳しい物のいいに夫人は怯んだ、が、

「あら、噂を否定できる材料は無かったのですもの。私にどうしろと言うの」

と、弁護した。


(嫁の不貞をあげつらわれて、否定しなかったってぇ?)

声に出さなかったが、表情で、さすがに察したのだろう。


「……何、その顔。自分のまいた種でしょ?こっちは迷惑してるのよ」


「ですが、夜会で私の変装した姿をスライドで晒したのは、貴方の息子イザークですよ」


ついにキャロラインは隠し球を見せた。


「えっ?」

「後ほどの事情聴取で判明したんです。ダンブルグの令嬢に頼み込まれて、私の姿を写真に収め、カメラを渡したと。

私を私の友人だとダンブルグ嬢は思い込んでいたそうですが、

まさか彼が婚約者の姿が分からなかったとはびっくりです」


冷たい声でキャロラインが説明すると、夫人は何事か理解した様だった。狼狽し、やや青ざめたが、


「イザークにすれば、公爵家に逆らえなかったのでしょ?」

と、現実を飲み込めなかったようだ。

「ですが、主であるエルンスト殿下を裏切った行為なのですよ?しかも王宮での撮影は、絶対に禁止されています。機密が多い場所なのですから。

役人がそれを破れば、どれ程の罪になるか分かっていらっしゃらないのですか?」


「罪?イザークは悪くないじゃない!ダンブルグも王子も、罪を認めたんでしょ?罰せられた人がいるんだから、巻き込まれた息子は大丈夫よ。実際今のところ、何のお咎めも聞いてないわ」


(……ダメかも。無理かも)


キャロラインは、すっと立ち上がった。

「……分かりました。

王家からは、今回の私の働きに報いるために、イザーク・チェイニー庶務管理官の信用失墜行為は目を瞑ると約束をいただいたのですが、白紙にしましょう」


「え?キャロライン、貴女、何を」


「嫁ぎ先の夫が懲戒を受ければ、出世はない。私の立場を考えて下さった王太后様でしたが、チェイニー家にはその温情受け入れ難いとお伝えします」


そのままスタスタと歩きだそうとするキャロラインを夫人は、がしっと腕をつかんだ。


「え、な、何故っ?

本当にイザークは、罰せられるの?」


「そうです。本来ならね。

……謝罪するならイザークが私にすべきなのです。もっと早くに」


(そうよ。何でほっとくのよ!

頭が悪いの?

そのくらい許してくれるはずと胡座かいてるの?

馬鹿じゃないの?)


キャロラインは次第に封じていたイザークへの不満に身体が膨れ上がる感覚になった。


「……キャロライン、待って」

「なのに、イザークは何も言わないし、私に会いもしない!」


全て無かった事にして、気持ちに封をして、平凡な人生に戻るつもりでいたのに。


「挙句、親は、私に謝れと言うわ、私の両親を貶めるわ……いい加減にして頂きたいわ!」


ついにキレまくった息子の嫁の態度に、内容はあさってへ放って、夫人もキレた。


「まあっ!

高々、大使だと言うだけで偉そうに!同じ子爵じゃない!

前からね、貴女の物のいいが私を見下げていて、気に入らなかったの。

ちょうど良いわ!

泣いて謝るまで、我がチェイニー家の敷居は跨がないで頂戴!」


そんなやり取りの挙句、キャロラインは外に出た。後ろでガチャンドカンという音がしたけれど、大した代物じゃないものが、壊れたところで知ったこっちゃない。



そうして。


後日、イザークが寮に面会にやってきた。豪勢な花束を持って。


「キャロライン!母がすまなかった!君への恩は忘れては居ない。

どうか、気持ちを取り戻して。

結婚は当人の問題で親は関係無いはずだ。あと4年またずに、一緒に住もう!届けは成人してからでいいから、君が私には必要なんだ!」


と、跪いて、再プロポーズした。


寮の女生徒達は、影からその姿をしっかり覗き見していたが、


「……何よ!言われたから謝る?

私に不実をしておいて!

職務義務違反、服務規律違反、

そんな事分かってるくせに、何もないからと胡座をかいて!

自分の親くらいちゃんとしなさいよ、少なくとも私の両親は私の行動を非難しないわ!

面と向かって理不尽な文句を言われ、謝罪を要求され、親の悪口を言われ、そんなそんなそんな家に」


ダムっ!とキャロラインの足音が、跪いたイザークの目の前で轟いた。


「そんな家に、男に、何で

嫁がなきゃならないのぉぉぉ!

嫌っ!顔も見たくない!」


「……キャ、キャリー……」

「私を呼ばないで!

私だって堪忍袋はそう大きくはないの!

私たち、終わりしましょうっ!」


……キャロライン、まって、キャロライン……

呼ぶな〜っ!うるさ〜いっ!


そんなやりとりを10回はした挙句、

ザビーネ、ビアンカを始めとする、寮の女生徒達によって、こてんぱんにイザークはやり込められ、

全員寮母にとっつかまり、

連絡を受けたチェイニーの上役のどこぞの伯爵が駆けつけて中に入り、


キャロライン・ジュゼッペは、なんとついに、


『嫁ぎ先の姑と折り合いが付かず婚約破棄した女』

という、有難い異名を掴んだのであった。





ああ。やってしまった。


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