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おとつーのそれから その4 図書館でのそれから

キャロラインの前に、可哀想なアンリを救うことにしました。

「お久しぶりですね、シャロン」

「ご機嫌よう。本当に」


ゴタゴタが大体済んで、シャロンはようやく学業に専念できると嬉しかった。


朝一番に図書館に来たのも、随分久しぶりだ。


「放課後は生徒会があるので、これからはこの時間に参りますわ」

「では、あちらの方と独占ですね」


あちら?


司書の青年は、手のひらを閲覧室にむけ、にっこりと微笑んだ。

そして、閉架図書の整理に、奥へ入ってしまった。


「おはよう、シャロン」

大きな書架の前で、書物を手にして立っていたのは、アンリ・フラット。


「……アンリ、おはよう

早いのね」

例の写真がフラッシュバックして、シャロンは思わず目をそらす。

(は、恥ずかしい)


そんなシャロンに気が付かない振りをして、アンリは書物に目を落としながら、話を続ける。


「始業前は誰も来ないからね。

ここにしかない本を借りるには最適なんだ」

「そうなのね。今は、何?」


アンリの声が、以前より低くなった気がする。そして、ダンスの時より背が高くなった気がする。


「貿易論。流通は産業だけでなく軍事にも関わるからね。

これ、面白いよ。10年前の論文なんだけど」

開いた本をシャロンに向けるので、どれどれと近づくと、

(あ、やっぱり身長が高くなってる)

と、分かった。

茉莉花の香りがふわ、とする。

アンリの服に焚きしめているのだろう。


「……座らない?」

アンリがちょっと困った顔をして苦笑いした。

「?」

まあ、いい。座った方が文字が見やすい。


成程、アンリの現在の勉強は経済なんだ。ああ、これ、教官が勧めていた本だわ。面白そう。


「凄いわ。これからは、アンリの後に、シャロンって、貸出カードに書くことになりそう」

「……」

「私はどちらかというと、純粋理論が得意だけれど、アンリは実学が得意よね。将来役に立つのは、アンリみたいな人だわ」


「……伯爵になったそうだね」


シャロンは、きょと、と顔を上げて、

「お父様が引退したかったの。

後見人及び家令だから、今までと何にも変わらないわ」

「うん。でも」

アンリは、再び視線を文字に変えて、

「……君がお嫁に出ることは、もうないって事だ」

「……?」

「君は、婿を貰っても、貰わず独身を通しても、君が惣領だ。男に頼らず自分で身を立てていく」


それを聞いたシャロンは、ふう、と大きなため息を吐いて、頬杖をついた。


「なあに?何だかアンリらしくないわ。皮肉屋さんのヴィルム殿下みたい」

「私らしい、か。……私らしいって、何?


初めて大切にしたいと思った女の子が日に日に成長するのを焦りながら追いかけて、酷い扱いをされた時に、自力では助けられず、挙句その瞬間を切り取られ、その子に恥をかかせ、弁明をしようとしたのに、気絶させられ」


「アンリ」


シャロンは、視線を戻さないアンリの腕を掴んだ。ぎょっとするアンリがシャロンの宝石眼を捉えると、


「貴方がどんな人かって?

アンリ・フラットは私のライバル。図書館の蔵書をどちらが先に制覇するか。

アンリ・フラットは、私の学友。

共に語り、討論し、切磋琢磨しあう相手。

アンリ・フラットは、私の兄。

困った時は必ず居てくれる頼りになる人」


「……シャロン」


「まだよ。

アンリ・フラットは、私の親友。

共に笑い共に泣ける相手。

アンリ・フラットは」


ちょっとシャロンは、言い淀む。

はにかんで。

「アンリは、……私の大切な人。

アンリと話したい。

アンリとなら黙って一緒にいたい。

アンリと温かい時間を過ごしたい。

時々、他の女の子といると、モヤモヤするけど、それは我慢するから、これからも私と…わぷ?」


シャロンの声はアンリの骨ばった掌で覆われた。

下を向いたアンリの耳は真っ赤だ。


「ストップ、シャロン。

……そこから先は、私が言わなくては」


耳と同じ色の顔が上がる。

「シャロン。

この先の未来がどうあろうと、今君とこうしている事が、私にとってどれ程の幸福かしれない。

毎日、お互いを育てていこう。

毎日、歴史を積み上げていこう。

……将来、互いの道がわかれても」


シャロンは、口を覆われたまま、こくこく頷く。

そしてアンリの掌を外して、その掌に自分の掌を合わせる。


「……道が別れたら、バイパスを造ればいいのよ、アンリ」

「バイパス……ふふっ、それ、いいね」

「うふふ。いいでしょ?」


二人は手のひらを合わせたまま、笑いあった。



閉架図書の棚で、司書は

(それは愛の告白ですよ、シャロン。

そして、その返事は、プロポーズです、アンリ・フラット)

と、にこにこしていた。


周りが分かっているのに、当事者の二人は気が付いていない。そんな、もどかしいけれど、揺らがない関係をこれから作っていく二人だった。



後に王太子の側近となったアンリ・フラットと、北の女伯爵シャロンは、組織構造改革を推進することでリーダー育成に力を注ぎ、適材適所に努めたことによって、互いの時間を捻出し、遠距離恋愛を成功させた。

つまり。

王宮の任務に没頭するアンリと、学院で本当の博士号を取得しつつ北の領地を統治するシャロンは、

両者実家の惣領であることで、反対されていた婚約をその遠距離恋愛で実証したことによって、国王を了承させてしまった。

そして、結婚しても生活のベースを互いの実家におき、ゆとりのある時に王都のマルグリット邸で過ごす、という〈半別居婚〉を実行したのだ。

更に、二人の子供は、一人がマルグリットの、一人がフラットの後継者となる契約を一族にしたのである。

これによって、シャロンは

シャロン・アネット・フラット・マルグリット伯爵。

アンリは、

アンリ・マルグリット・フラット侯爵。

という、前代未聞な夫婦となるのである。


バイパスは太く広く整備された路だったようだ。その路を造ったのは、二人の揺るぎない信頼と愛情と、

この図書館での約束だった。




シャロンの名前が韻を踏みすぎて、ラップみたい。いえ〜い。

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