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おとつーのそれから その2 ザビーネとシャロンのそれから

マルグリット伯爵は、北の紋章が付いた緋色のマントを纏い、その下は艶のある灰色のフロックコート。サッシュと勲章も付けている。

明らかに王宮の儀式から来たと察せられる。


仁王立ちの伯爵は、てってってーっと走り降りてきたザビーネを迎えた。


「は、伯爵ぅ!

が、が、が、学園で何で呼ぶのよぉ〜

ぜーぜー」


ザビーネはつまんでいたスカートを下ろし、膝に手を当てて、ハアハアしている。かなり全力疾走したらしい。とても貴族とは思えない。


「……来たな、ザビーネ・ライグラス」

伯爵はその強面でザビーネを睨んだ。

緊張が走る。



何だろう。

何が始まるんだ?

先生を呼ばなくていいのか?


「……どうしようどうしようザビーネをどうしよう!」

「無理!ここからじゃ……ああ!」


ビアンカとキャロラインは抱き合って見守るしかない我が身を呪った。


騒然とする校舎は、勇気ある男子生徒が(多分親衛隊)中庭に出ようとしたが、既に伯爵家の護衛に扉を閉められて出られず、ダムダムと金属の扉を叩く音が響く。


中庭の芝生の上には、鬼のようなマルグリット伯爵と、汗で張り付いた後れ毛を耳にかけているザビーネ。

ザビーネの顔は、青ざめていた。


ジリ、ジリ、と、間を詰め、二人の間隔が2メートルばかりになったその時、

伯爵がマントの中、腰に右手を差し入れた。


(……剣!)

(切られる!)

と、誰もが思った。

が、


あにはからんや。

マントから取り出したのは、

緋色の薔薇の花束だった。


「「「…?」」」


伯爵は、バサッとマントを脱ぎ捨て、跪き、ザビーネへ花束を捧げる。


「ザビーネ・ライグラス!

私、イーライ・マルグリットは、たった今、伯爵位を娘シャロンに移譲した!

国王の御璽ももらっておる!

よって、身分差もへったくれもなくなったぞ!

ザビーネ、そなたに求婚するっ!」


(は)(へ)(ほ)


「「「「……き、求婚ーっっっ?!」」」」


校舎廊下から一斉に叫び声が上がる。


ザビーネは、蒼白なまま、伯爵もとい元伯爵に告げる。


「……歳の差が」

「おう。俺は長生きするぞ」

「私は、婚約破棄した傷もので」

「だから、俺との再婚はお似合いだろう」

「……シャロンが」

「ふん。娘には説得済みだ」


そして、伯爵は花束を足元に置き、胸元から、キラリと光るものを取り出した。


「これは俺の曾祖母の持ち物だ。

エイダとの歴史は消さないし、お前には負担かもしれん。

だが、爵位のない俺が、第二の人生を送るには、お前のような、美人の変人がお似合いだ。

……付けてくれないか。その指に」


体格の良い中年男の前で、ザビーネは震えていた。涙を溢れさせながら。


「嫌か」

「……んなわけ、ないでしょう!」

「おう。そうか。手を出せ」


ザビーネは手どころか、身体ごと、マルグリットに飛び込んだ。

動きを見て立ち上がったマルグリットがザビーネを受け止める。


「……する!結婚する!

もうイーライって呼んでいいのね。」

「いくらでも、呼べ」


ザビーネはその太い首に腕を回して

「イーライ!イーライ、イーライ、イーライ!

だあいすきっ」

と、告白した。



「え、ちょっと」「知ってた?」

「知るわきゃないでしょ、え、えっと……」


キャロラインとビアンカが大混乱している様をみた周りは、更に混乱をきたしたが、ようやく教室と守衛が正面から回り込んで、中庭にたどり着いた。


「は、伯爵!」

「学園で何をしていらっしゃるんですかっ!」

「警備隊を呼びますよ!」

「おいっ、見世物じゃないっ!

全員教室へ入れ!」


いや、十分、見世物だった。

ここで教師の言うことを聞くような生徒達ではない。特に上の学年ほど。


「おお、すまんすまん。お(いとま)するぞ」

「先生。

ザビーネ・ライグラス、本日早退しまーす♡」

「そうか、そうだな。では、行くぞ」


あっけ

……に取られる教師や守衛を置き去りに、真っ赤な花束を抱えたザビーネの腰を抱きながら、イーライ・マルグリットは、のしのしと中庭を去った。



え。

え。

ええええぇ!


「えっ?伯爵再婚?」

「いやそれより、ザビーネ結婚?」

「ちょつと、キャロライン達、どういう事ですのっ!

マルグリット伯爵が伯爵じゃないって、どういう事ですのっ!」

「マルグリットはシャロン嬢が継いだってことなのか?」

「おい、このことも、乙女通信に書くのか?」


キャロラインとビアンカは、本気で、本気で叫んだ。


「知らない!知らないわよっ!

ザビーネいつの間にっ!」


「「裏切り者ーっ!」」


二人の声は中庭のおかげで、わんわんとこだまする。


後々、その中庭は

〈求婚の中庭〉

と、呼ばれ、生徒達の告白成功率が高いという伝説の場所となった。






帰宅したシャロンはユーナの手で、正装を解いた。白のローブモンタントに北の紋章の憲章をサッシュにつけ、髪はまとめあげマルグリット家のティアラを付けて王宮に参内してきたのだ。


(お父様、本気だったのね)


前日、父から告げられたことにシャロンは驚愕したが、

父の話には納得しかなかった。


「娘。考えてみろ。

ダンブルグの娘のやらかしは、王家にとって、渡りに船だ。

厄介な大きさに膨れた公爵家を潰せるんだ。

ダンブルグがなくなった今、次に大きいのは、どこだ?」


マルグリットである。

北の伯爵家は、古いだけでさほど脅威ではなかった。その伯爵領を豊かにしたのは、祖父の意志を継いで、長期計画で整備し投資してきた父の尽力である。


「王や王妃とは旧知の仲だが、国のためならアイツらは何時でも俺を切る」


確かに。


「王家を脅かすダンブルグと同じになってしまいますわね」

「だろ?それと、お前のことだ」


私?


「……エイダの出自は聞いたな?」


シャロンは頷く。

エイダはロアーヌ王女が外国に嫁いで産んだ王女だが、政変が起き、ロアーヌはエラントに戻った。王家は深窓の姫が産んだ王女が、政変の道具とならないよう、王女という肩書きを秘して、アネット子爵領の娘として育てた。

そのエイダがマルグリットに嫁ぎ、シャロンが生まれたのだ。


「意に反して、お前の出自を公表した王家の算段が、俺には鼻に着く。姫のお前を王家が狙うやもしれん。実際ヴィルムはお前にご執心だ。

勝手にどっかの養子を押し付けられて、爵位をそいつに継がせろ、シャロンは王家に嫁がせろ、といいかねん」


シャロンも苦い顔をした。

マルグリットの産業は本当に長期計画なのだ。余程の人材でない限り、父の趣旨を踏まえて経営するのは難しい。


「俺が爵位をお前に譲る。

俺は引退だ。お前は若輩だ。

当分マルグリットは王家の敵ではなくなる。そして、お前を王家に取られることもない」


そして、実際、国王には快諾されたのだった。

まるで、出来レース。

(いや、無理やり出来レースだ。

エルンストの廃嫡の際、お前にも実害を被ると聞き、ならば飲め、と交換条件に出しといたからな)


儀式はつつがなく進行し、イーライは王座の前で、娘シャロンにマルグリット伯爵位を移譲する書面にサインした。


「これをもって、シャロン・アネット・マルグリットは伯爵位を冠する女性初の伯爵となった。

なお、未成年のため、成人するまでは父イーライが後見人となる。

……イーライ、これでいいんだな?」


国王は、代替わりで疲れきっている中、不本意なイーライの引退に機嫌が悪かった。


「おう。すまんな。

俺は田舎で、家令になる。

あまりこっちには来れなくなるが、王、息災で頑張ってくれ」


沈黙を守る尚書長官がびっくりする位の馴れ馴れしさでイーライが王に返す。


「……こっちに来たらしらせろ。またジュディッドと三人で組みかわそう」


その返答にも尚書長官はたまげた。


王妃、あの王妃が王と伯爵と三人で……。


国王は踵を返し退席した。

恭しく礼で見送った彼は、シャロンに

「……さて、マルグリット伯爵。

これから、数々の書類がございます。宜しいですね」

と、ずっと緊張している小さなシャロンに確認した。


……こんな小さな女の子が……。


しかしその30分後、尚書長官は、シャロンの頭脳に感嘆する事となったのだが。

「移譲の場合、相続の書面に不具合がございます。次の書類の三行目、父の開発した公社の創立年が間違っています。それから……」


ローブモンタントの美少女は、つらつらと尚書長官に異議申し立てして、長官は2時間ばかり拘束されたのだった。


そして、今。


「帰ったぞー娘ー」

「シャロン〜〜!あなたのザビーネよ〜ん」


昼間っからの酔っ払い達をどうしてくれよう……


「シャロンシャロンシャロン!」

「あれ何あれ何、ねえっあれ何ぃ?」

と、ズカズカ乗り込んできたキャロラインとビアンカの対応も私か……。


(お父様。爵位突っ返して宜しいですか?)




さて、次のそれからは、誰にしようかな?

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