戴冠前夜祭 迫る
夜会だと思われたでしょう?ごめんなさい。
伏線回収伏線回収 汗
でも、私的に好きなシーンなので、
どうぞ!
「キャロライン。今日で終わりにしよう」
エルンストは彼女にお茶を勧めながら、そう宣言した。
「えっ」
「……戴冠式とその関連のセレモニーが終われば、お祖母様は王太后として、新しい離宮に移られる。
ここで貴女とお会いするのは、今日で最後にしましょう」
エルンストは、その端正な顔立ちに相応しい、爽やかな表情でキャロラインに告げた。
キャロラインはその顔をみて、
(なるほど)
と、合点がいった。
「そうですね。殿下は、もうシェラザードの物語など必要ありませんわ」
(これでいい)
「キャロラインのおかげで、祖父の死から今度の戴冠まで、乗り切る事ができた」
「大袈裟ですよ」
「いいえ。貴女は私の『特別』です」
エルンストの笑顔が眩しくて、キャロラインは思わず目を閉じた。
我知らず涙を頬に感じる。
(さようなら)
本当に、私は悲しいと涙だけが勝手に出るのね……
その涙にエルンストは、優しく応えるように
「ここで会うのはお終い。
けれど、私は貴女を手放すつもりはありません」
と言った。
「え?」
(殿下?)
「私は、私の幸福が欲しい。だから、動くのです」
そう言って、初めてエルンストはキャロラインの手を取った。不意の事に、キャロラインの涙が止まる。
「キャロライン。私を包んで下さってありがとう。
私を受け止めて下さってありがとう。
今一度、私の為に、戦って下さいませんか。
貴女だから出来る武器を持って」
「殿下?何をおっしゃって」
王子は、手を離し、茶封筒を侍従から受け取って、彼女に手渡す。
「貴女にしか出来ない武器を
私のために」
そして、王子は完全な人払いをして、キャロラインに話す。
自分が『動く』意味を。
「二日前になって、どうして規模を小さくしますの?」
ミリアは父を責めるように苛立つ。
「前夜祭はあくまで貴族への労いだから、二夜に分けるとのお達しなんだ。
遠方の領主や下級の貴族、騎士爵の夜と、宮廷の貴族と高位貴族、それから枢機卿はじめ高位神官、の夜と、な」
(観客が減るのね……残念だわ)
「無論、縁者はその限りではない。兎に角参加者が多いのだ。
一夜目は王妃と王太子夫妻とフィッセル公爵がお出まし。
二夜目は、王族全てがお出ましだ。
ちなみに、戴冠の祝賀は、賓客が中心となるからな。お前も次期王太子妃として準備しておけ」
「承知致しました……お父様、無論マルグリットは二夜目に来るのですね?」
「ああ。そうだ。
……お前、本当に、そこで」
「あら」
ミリアはクスッと嗤って、
「とことんやって良いと仰ったのは、お父様だわ。
御安心なさって。私が動かずとも、よいお友達がおりますの。
当日は殿下はご多忙でしょうから、コールにエスコートして貰いましょう。お父様の連れとなりますが、宜しいですわね?
私はエルンストのお側を離れる訳には参りませんもの」
「殿下とは」
「ご心配いりません」
ちゃんとエルンストは公爵家を訪れてくれた。
季節の花を自ら庭で手折ったと、香りの良い花束に香水を携えて。
エルンストは以前に戻ったかのように、ミリアを見つめ、ミリアの話を微笑んで聞いた。
(香水なんて、余程親密な仲でなければ送りませんのよ、殿下)
(では、そう思って頂ければいいですよ)
香りを身に纏わせるなんて、あの堅物にしては粋だこと。
「それなら良かった。
ローランの息子はマルグリットに詫びを入れさせた。
あの男だからな、頭を縦に中々振らなかったが、昨日急に、許すと承知してね」
(シャロンが焦れたのよ。あの子やっぱりコールにぞっこんなんだわ)
ミリアはほくそ笑む。
「お父様。
エルンストの将来の妻として、この国一番の淑女として、精一杯装ってみせますわ。公爵家の語り草になるような美をお見せします」
「心強い」「当たり前です」
二人は心から笑い声を上げた。
その前夜。
急な呼び出しにマルグリット伯は困惑していた。
何時もの応接室でも謁見の間でもなく。
何と王太子の居室に通されたのだから。
そこには王太子と妃が待っていた。
「夜半に御足労かけたな」
「いえ。殿下の依頼なれば」
挨拶を済ませ、これで良いか、と酒を勧められる。強い酒だ。
「お前もやるか」「頂きますわ」
(ジュディッド?
妃、下戸ではなかったのか?)
「次にお目にかかる時は、国王陛下ですね」
「マルグリット、お前、気がついていたのだろう?」
社交辞令に、ど直球。
……全く。この人は変わらん。
「リトマス試験紙の事ですか」
「おお。見事にかわしやがって」
「私は娘が一番ですから」
「ふん。
父が弱り始めると、王宮はざわめいた。私の治世でどれだけ自分に実入りがあるか、考える輩達だ」
「そこで、貴方の後継者争いの風評を立てて、誰が忠臣か眺めていたのですな」
少しの水で、黄金色の酒をあおる。
強い。
くっくっく、と王太子は笑い、
「右に左に行く様は面白かった。真の忠臣とは、定めた主に忠実にふらつかぬ。
叔父と息子達には迷惑をかけたが。何、簡単に譲位はせん。私の統治は長いぞ」
「そうでしょうね」
「時に」
妃が口を開く。
「シャロンは回復しまして?」
(何処まで、ああ、第二王子か)
「お陰様で。跡は残りません。
盛りのついた男はどうにもならん。暫くはお灸をすえておくつもりです」
「その事ですが」
妃はくいっとショットを空ける。
「おいお前、ペースが速くはないか」
夫の制止には構わず妃は続ける。
「……ローランを赦しなさい。
夜会に出すのです。シャロンの同伴はさせなくていいから」
「ジュディッド、様?」
おい。目が据わってるぞ。
王太子、何とかせんかい。
「マルグリット。お願いがあるの。シャロンのために。そして私の息子のために」
(王子の?)
王太子は愛しの妃の肩を抱いて、涙ぐむ妃に
「私が説明する。
マルグリット。今から話すのは、お互い父としてだ。いいな」
そして、後数日で王となる男は、北の伯爵に膝を詰めて話し出した。
キャロラインは寮の部屋にザビーネとビアンカを呼んだ。
「いい?二人とも、私が手配するから、前夜祭二夜に出席するのよ」
「「はあ?」」
二人とも同時に呆れる。
「私、平民」「私、男爵家」
「大丈夫!ビアンカにはフラット、ザビーネはオージエがエスコートするから!
ドレス!化粧!装飾品!
明日中に調達して!」
つらつらっと命令するキャロラインに二人は焦る。
「っ、ちょっと!私達未成年で、しかも面識しかない男にエスコートさせて、王家一族が打ち揃う夜会に出ろっての?」
「無理!無理無理無理!」
キャロラインは、バシッ!と、机を原稿用紙で叩く。
「無理でも何でも、行くの!
我々はおとつー、乙女通信編集部!……シャロンとエルンストの一大事に動かなくてどうするの!」
と、凄んだ。
「シャロン?」「王子?」
ガバッとザビーネが伸び上がる。
「何?何があるの?
キャリー、言いなさい!
シャロンが……何なの?」
(うわあ、キャリー、目が座ってる。ザビーネは目が血走ってる)
ビアンカだけが冷静だ。
キャロラインはバサ、と茶封筒を机に置いて、二人を見つめる。
「……いい事?全ての責任は私がとる。だから心置きなく書いて。
……乙女通信、号外!
発行は明後日!」
二人は、恐る恐る茶封筒を開いて、
悲鳴を何とか押し殺して、
キャロラインを睨んだ。
「……本気、なの、ね?」
(退学モノなんだけど……)
「ペンは剣よりも強し!よ。
……お願いします。ザビーネ、ビアンカ。
私の最後の通信だと思う。
後悔はしない。
だから」
だから……。
頭を深く深く下げたまま、キャロラインは涙を落とした。
キャロラインの癖。静かに悲しむ癖。
その姿に二人は顔を見合わせ、にかっ、とした。
美人の変人が、胸を叩く。
「……だいじょーぶよお!
分かった。
キャロライン・ジュゼッペ。
私達は、いつまでも貴女の友。
毒を食らわば皿まで、よ」
豊満な美少女も、
「そうそ。
退学になっても、私達は別に学問で生きていくわけでもないし。
だから、声を出さないで泣くのはやめてね、キャリー」
「う、うっ……ヒック」
ザビーネに抱かれて、キャロラインは幼い頃以来の、泣き声を出した。
満足げなビアンカが指を立てる。
「いざ参る!乙女通信!」
キャロライン、青春です。




