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エルンスト立つ

王妃は、もうすぐジュディッド妃に明け渡す〈北の対〉で、調度品のリストを眺めていた。


「申し訳ございません、お義母様、息子の思いつきで」

ジュディッドは、呼びつけたのが姑ではなくヴィルムだと聞き、呆れ果てた。


もうすぐ戴冠式。

来週は、祝い事が目白押しだ。

式には隣国をはじめ、交流のある国や王家の賓客を招く。その方々のおもてなしの手配も、前夜祭のあれこれも、ジュディッド妃の手を通らない物はない。


「こうでもしないと、母上とじっくり話すことは出来ないと判断したのです。ここ〈北の対〉は、お祖母様の長年の女官だけで、秘密を語るのに最適ですから」

ヴィルムがしれっと言う。

しばし、立ち尽くしていた妃は、


「まあま、

貴女には直接話したい事もあったからね。ヴィーを責めないでおくれ。お座りなさい」

と、やんわりたしなめた王妃の言葉に、仕方ないと言った(てい)で妃が座る。


「それで」

「母上。兄上の状況は掴んでおいでますか」


ヴィルムは、真っ直ぐ話題に入った。



「エルンスト?」

「ええ。兄上は」

ヴィルムは、躊躇しない。

「心の病です」



ジュディッド妃は、暫し声が出なかった。眼を見開き、下の息子の真剣な顔を見つめる。


(……そんな。だけど)

青白いエルンストの顔を思い出す……。

そして、今眼前にいる生気に満ちた下の息子……。


(この子は私に似ている。

何かなければ、絶対切り札を切らない)


「確証はあるの?」

「お祖母様がご存知です」

「……」


ヴィルムとジュディッドは、思慮深い白髪の王妃に居住まいを正す。


王妃は、未だ黒衣の腕を下ろし、鼻に掛けた眼鏡を外し、ふうっと息を吐いた。


「ヴィルム。お前、何処までしっておる」


「オクタビア大叔母様がお祖母様の往診の名目でここにいらしているが、お祖母様ではなく、見舞いの兄上が治療を受けている、と」


ヴィルムは二人の沈黙の中、話を続ける。

「大叔母様は一人の若い女性の助手を必ず同伴している。

その者の素性はわからず、常に顔を隠して出入りしている。

その者の役割は、塞ぎの病である兄上と語らい、兄上の心を軽くする事だとのこと。そして」


ヴィルムは王妃を見やって、

「それら全て、お祖母様と大叔母様の画策である、と」

「……。」


王妃は、心で白旗を揚げた。

「そなたの影は有能らしいの。

いや、そなたが判断し、その証拠を掴ませた、そういう事であろう。

ヴィー、では問おう」


ジュディッド妃は黙して、姑の言葉を待つ。ヴィルムは次の返答を用意する。



「ヴィルム、何故今それを話した。

戴冠式……代替わりの大切な今、何故、兄を貶める材料を出した」


「今だからです。

兄上が王太子を嘱望され、行きも戻りも出来なくなる前に、直系の家族は承知しておかなくてはならない。兄上の状況が、王家の傷口とならないように」


エルンストが精神を病んでいる。そんな事が臣下に漏れたら。


エルンストを支える者は、現体制の貴族が多い。その貴族達の力が弱まると、どうなるか。


ヴィルムを立てる者と、フィッセル家に系統が移る事を望む者とに二分され、不安定になりがちな時期を乗り越える前に、台頭した新勢力によって、王家の力を弱められる可能性が出てくる。

大きくなった貴族が、王家を操ろうとするだろう。王家が弱体化すれば、諸侯による国政が当たり前となりかねない。

王制の黄昏と、なりかねないのだ。


「病、だというのは、どなたの診断ですか」

ジュディッドの声が震える。


青い生気のない、薄笑いの息子。

多忙と不慣れを原因に、時が来れば慣れてくれると、案じながらも期待していた。本人も、弱音を漏らすことなど……


「サマルカンドでは、精神を病む現象についての知識がこちらより浸透しています。それだけ、あちらは、生真面目で他人と関わる事に負荷を感じる国民性と言えるでしょう。

私のような若輩者でも、知っている位に」


「何と外つ国の知識であったか。通りであの子も」


あの子?王妃に問い返すヴィルム。


「その、女というのは何者なのですかお姑様。そんな病の息子を任せられる人物なのですか?」


妃はこめかみに手を当て、姑の面前で動揺を隠さない。


ジュディッドにすれば。

エルンストが病であることも

王妃の所で、治療を受けていたことも

寝耳に水である。

王妃なればこそ、極秘にできたのだが。


「お祖母様。私もそれを伺おうと思いました。兄上が次第に回復しつつある事に貢献している人物。

何処の誰なのです?」


ヴィルムが掴めなかった情報。


数回のノックと共に

「王妃殿下。エルンスト殿下でございます」


女官の言葉に、王妃が応え

「……調度よい。潮時じゃ。

本人に語らせよう」

「それは、エルンストにとって、大丈夫なのですか?」


無理もない。

繊細な息子を案じる母親の言葉である。

(この賢い妃が正しく対処するには、オクタビアの様な者が必要かね)


王妃は、

「ヴィーが皆で見てこなかった箱の蓋を開けたのだ。

こうなれば、最後まで見届けねばならんだろうよ」

そう言って、エルンストを迎え入れた。



「母上、ヴィー。

……この時間にと、お祖母様から告げられたのですが、お二人も、ですか?」

「ご機嫌よう、兄上。

ごめん、呼び出したのは、私だ」


エルンストは少し困惑した表情だったが、にっこりと笑い

「嬉しい誤算だよ。

お祖母様の部屋で会えるなんて」


(おや)

ヴィルムは、兄の変化に気がついた。

空気が柔らかい。

張り詰めた糸のようなあの緊張がない。諦めたような暗さも感じない。


(復調している)


それでも、ヴィルムは容赦しない。

決めたのだ。

引鉄(ひきがね)を引いたのは、シャロンの涙だけれど、もう傍観者にはならないと決めた。


「兄上。

戴冠式も近づき、それぞれの立場が変わります。

この際、腹を割って分かり合おうと思うのです」


「割って見せる腹は私にはないよ」

少し兄は警戒する。

「ヴィルム、やめて」

ジュディッドが制する。


「いいえ。兄上。

貴方は私が帰国した当初、顔色が悪く 疲れ果てていました。

張り詰めた兄上は、学園にも通わず王宮で、執務という名の殻にこもったように見えました」


その容赦ない言いざまに、エルンストは目を閉じる。


「ですが、秋が近づく頃から、貴方は変わった。

今の様な心に負荷がかかる、私のい言いざまにも耐えておいでる。

誰が、貴方を変えたのです?」


何が ではなく

誰が と問うか。


畳み掛ける様に、ヴィルムはパサリと数枚の写真を卓に置く。

「……!」


三人とも声を発さない。流石の制御である。特に、エルンストは。


「これは、写真、かい?珍しいね」

「ええ。貴重なものですが便利な道具です。これは精度が高いので、夜もはっきり写っているでしょう?」


そう。写っている。

コールと

ミリア・ダンブルグの二人が。

しどけなく、とても親密に、顔を寄せ合い、絡み合う二人が。


「兄上。もう一度お尋ねします。

貴方は、これを見ても大した動揺をしていない。

裏切りは貴方にはダメージにはならなかったようですね。

それは、兄上の心に、他の方が居るからでは?」

「ヴィルム!お止めなさい!」


踏み込んではいけない所に土足で入る下の息子を妃は叱る。


こんな写真まで、準備して__

ヴィーお前、兄を潰すつもりなの?


エルンストは、しばらく黙していたが、やがて、ふっ、と小さな吐息を吐き、


「母上。

父上にお会いします。

お祖母様、ヴィルム。

みんなに聞いてほしい。

応えは、その場で」


と、明瞭な声で告げた。そして

「ヴィルム。私は動くよ」

と、向き合った。


昼間、学園でヴィルムがアンリに告げた言葉と、同じであった。







ミリアさん、ばれてーら。

さて、いよいよ、クライマックス!

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