ヴィルム怒る! 裏庭の出来事
生徒総会もつつがなく終わり、落ち着いた学園は、いつの間にか色付いた葉がちらちらと落ちる季節となった。
伯爵は、繁忙期にも関わらず、隔週で領地から王都にやってきて、夜遊びや何やで出歩いている。
キャロラインは、懇願したにも関わらず、授業も祈りもない土曜日にオクタビアと変装して王宮に出入りしている。キャリーのため息が増えて、ビアンカは心配だ。
おとつーの発行はビアンカの頑張りで定期発行が順調。フィッセル嬢の伝手で、高等部にも発行している。
ザビーネは
何だか妙だ。
学年が違うせいもあるが、心ここに在らずといった風情で、口数が減った。
さて、シャロンはと言うと
「あーら、飛び級の方もダンスの授業は受けるのねえ」
「本当。ダンスも飛び級クラスなのかしら」
「上手い下手は宜しいのかも知れませんわ。男を手玉にとる方ですもの。眼鏡を外せば、ほうらウットリ!」
ほほほほ!
まあ、聞かせる為に嫌味を言ってるのだけれど、あくまでも身内のお喋りなのだから、シャロンは無視するしかない。
この頃は、眼鏡と素顔のギャップと生徒会役員との繋がりをからかう悪口が増えた。しかも、必ず女子だけの場でやらかすのだ。
男子が居れば、虐めととられ、心象が悪くなる。オマケにシャロン贔屓のヴィルム王子に見つかるのは女子全員、避けたい所である。
ミリアのお友達は、頑張っている。
何故なら……
「ミリア様もお気の毒だわ。
マルグリットのせいで、王子や妃と疎遠みたいなの」
「ヴィルム殿下にシャロンが良くない事をアレが吹き込んだに違いないわ」
「お陰で、新学期以来、登校なさっていないのよ!お気の毒だわあ」
ミリアがピンピンしているのは、お見舞いに行った取り巻きは承知しているが、ミリアの為に、シャロン虐めを率先してやっているのは、自分たちも面白くない気持ちがあるからだ。
賢く清く美人。家柄もいい。そして生徒会役員。歳下のシャロンを妬む気持ちは隠せない。
「シャロン、私が相手してきましょうか?」
キャロラインがムスッとして尋ねる。
「大丈夫。あれでも義憤に駆られてという大義名分があるのだもの。やめやしないわ」
「そうそう。
せいぜい自分の言葉で自分を醜くすればいいの。
さっ、シャロン。ステップの復習よ!」
わわわ、と、手を取られ、ビアンカに振り回されるシャロン。
キャッキャ戯れる二人に無視されて、お取り巻き達は面白くない。
けれど、直接手を出すこともできない。
「……見てらっしゃい。
証拠は揃って来てるんだから……」
そんな低い声の呟きをキャロラインは耳にした。
(証拠?)
キャロラインが近づこうとすると、取り巻き達は察したらしく、ビアンカ達の様に、2人組で散り散りになった。
(……証拠)何の?
勘のいいキャロラインは、不安がまた一つ増えてため息をついた。
そして、この男。
「ねえ、君。眼鏡をやめたんじゃなかったの?」
コールは裏庭の芝生で長い脚をだらしなく伸ばして、シャロンに尋ねる。
「いいえ。時々は外すけど。
この頃はこれよ」
「外した方がいいな」
外せという男 かけろという男
(そんな事、私が決める事なのに)
本当に男って、女を自分のものだとしたがるのね。
でも、何故かしら。
王子から言われた時は、何だか気持ちがフワフワしたわ。
でも、コールみたいな言い方は、ムッとしてしまう。
ダメダメ。
私は伯爵令嬢。婚約者の手網も握れなくてどうするの。と、
セリーナから叱られそうだわ……
「ねえ、君。聞いてる?」
「あ、ええ。ごめんなさい」
「全く。生徒会で忙し過ぎるんじゃないかい?」
ぷい、と、横を向いて、すねるコール。
どうしてかしら。前はこんな風になると、オロオロしたものだわ。
なのに、今は、
我儘な人
と、思ってしまう。
「女は何時でも、男の気持ちを察するものだよ」
「そうなの?
コールは私に何かして欲しいの?」
「そうだよ」
横に座っているシャロンの腰をキュッと抱いてくるので、シャロンは我しらずコールの肩に頭を寄せてしまう。
こういう行為には、ときめいちゃうのよね…
「……実は十月中に、進学論文のテーマを出さなくちゃならないんだ」
「……えっ」
シャロンは身を固くする。
「やはり騎士科に進学する事にしたよ。経営は君の方が上手だし、私には向いてない。得意な分野で身を立てたい。
で、進学者は、論文の出来で希望が通るんだよ。不味い論文だと、希望の少ない所に入れられるか、進学すらできないか……だから、やっぱりスッキリしたのを出したくてね」
(この人は何を言っているの?)
七月に意に反して書いてあげたレポートと、頬の痛みを思い出して、シャロンは吐き気を感じる。それを堪えて、震える声でシャロンは告げた。
「……駄目」
「シャロン」
「駄目よ。コール。
進学論文は、複数の教授審査がある公的な物よ」
「……何を恐れているの?
手伝って、相談に乗って、って言おうとしたんだよ?」
それだけで済むはずがない。
レポートだけではなかったじゃない。課題が出る度、(君、ここに適当に意見書いてくれる?)って、丸投げしたじゃない。
断る度に、物を投げたり酷い言葉を吐いて怖がらせたり。その後、手のひらを返して、優しく私に甘えて来て。
この人を何とか婿らしくしようと、努力してきているけど……
「進学論文だけは、手を貸せないわ。ばれたら、私も退学になるの。どうか」
「……私たちの未来に協力できないと言うの?」
「資料を集めたり、データをまとめたり、それなら出来るわ」
「それじゃ、駄目なんだよ!」
コールの恫喝と、共に
頬が熱くなった。
「何だよ、貴様何様だ!
俺はお願いされてお前の婿になるんだぞ!
俺のような未来のある男を陰気な北の国を継がせる為にな!
ガキの癖に偉そうにするなっ!」
シャロンはジンジン痛む頬を抑えて、次の暴力に耐えるため、身を小さくして顔を膝で隠した。
「……そうか。ガキは、こっちの方が好きだったよな……」
そんな言葉がして、シャロンは何が起きたか分からない位頭がスパークする。
(えっ?)
コールの手がシャロンの慎ましい胸をまさぐる。
「コールっ、や、やめ」
「…何を?」
「触らな……ひいっ」
思わず身体を起こして抵抗しようとしたシャロンの両手を片手で拘束し、コールが息を荒くする。
「いっつも俺が囁くと、ぼおっと火照ってただろ?
そろそろ俺の花嫁に、大人の付き合いを教えてやらなきゃな」
「い、いや!止めて!いやあ!」
両手が使えずシャロンは声で抵抗しようとした。大きな悲鳴を上げようとするシャロンの唇に、ぬめった何かが触れる。
(……えっ)
それがコールの唇だと理解したとたん
ドカッ!
という音がして、視界が開けた。
コールが仰向けになっていて、
その上に男が馬乗りになっている。
「……だ、誰だ貴様、っくっ!」
バシッと音がして、獣が唸るような声がした。
「……これはシャロンを殴った分」
これはシャロンを触った分
これはシャロンの……
バシッバシッと殴る男に、コールは何も抵抗できない。
「去れ!
私の前に姿を出すな!」
「う、ひ、……貴様……」
薄く開けた目に、仁王のような憎悪の表情で立つ
ヴィルム王子の姿が映った。
「ひ!で、でん……」
「去れ!」
「こ、婚約しているもの同士の睦事でございま…」
「聞きたくもないわ!去れ!」
コールは、顔を押さえて、ふらふらと立ち、歩き去った。
凍ったままのシャロンは、成り行きを理解するのに時間を要した。
(殴られて
触られて
口付けを……)
「シャロン、起きられる?」
アンリがシャロンを覗き込む。
図書館と同じ、温かな瞳……
「シャロン、大丈夫?」
ヴィルム殿下の声。
ああ、コールを殴ったのはヴィルム殿下なのね……
「シャロン」
ようやくシャロンは全てを悟った。
それと共に頬の痛みがぶり返し、背筋が震え、吐き気が込み上げる。
「あ、アンリ!アンリ!アンリ!
わぁーっ!」
シャロンはアンリにしがみつき、赤子のように泣きじゃくった。
アンリさん、役得
ヴィルムさん、殴り損
 




