キャロライン 恋心を自覚する
編集会議という名の女子会は、キャロラインの部屋で繰り広げられている。
「ひゃあ、セリーナ様、鬼軍曹!」
「そう!鋼鉄の笑顔ってあるんですよ。何十回同じ所作をしても、合格が出ないんです。もう私、筋肉がどうにかなって、しばらくは鉛筆持つのも、プルプルでした」
そういいながら、ソーサーを手に紅茶をポットから注ぐ所作の美しさ。
ほおっ、と、ため息が思わず出てしまう。
美しい……
「シャロン。貴女、深窓の令嬢っぽくなってきてよ」
「ま。痛みいります」
そんな会話でキャッキャ笑うビアンカとシャロン。
「んね!セリーナ様を、と、伯爵に具申したのがザビーネなのね!
上手いことしたわねえー」
ビアンカが黙っているザビーネに振ると、
「え、あ、そ。
うん。上手くお伝えできたわ」
と、らしくない返事が返ってきた。
らしくない。
(ザビーネ、引きずってんの?)
(吹っ切れてたように思ってたけど)
(今頃になって、ダメージが来てるのかしらね)
三人がコソコソと会話していても、ザビーネは紅茶を飲んで、窓の外を見ている。
((何だか、可哀想))
その通り。あんまりな婚約者のクズっぷりと、こちらに瑕疵がなくとも、傷物扱いに甘んじなくてはならないザビーネ。
今日一日、慰めと励ましと蔑みの的となったに違いない。
「ザビーネ!私がいるわ。
アズーロ商会情報網で、いい男探してあげる」
ザビーネにビアンカが抱きつく。
ザビーネは、キョトンとした後、ニンマリして、
「……おお、ロリの巨乳。
久しぶりねえ、また大きくなったんじゃ?」
「太ってないわよ!」
と、やり合ったので、ちょっとビアンカは嬉しくなった。
ザビーネは、
「同情はありがたいけど、私なら大丈夫よお。それよか、キャロライン、貴女、ヤバいんじゃない?」
と、キャロラインの話題に変えた。
「不味いかしら、やっぱり」
ザビーネは小声になり、
「不味いでしょ。王子と逢い引きなんて」
「いえいえいえ。治療だから」
「お話が治療になるの?」
ビアンカも小声で参加する。4人は段々距離を詰めて、頭を合わせてヒソヒソと続けた。
「私も読んだことがあります。
心の病には、自分の状況を話すことで、今どうであるのか何がしたいのか自分の事を考える。そのために話を聞いてもらう専門の医師がいるそうですね」
流石のシャロン博士である。
「カウンセリングって奴ね」
ザビーネが転生前の知識でざっくり括る。
「必要な処置だってのは、分かったわ。問題は、貴女だって事なのよ、シェラザード」
相変わらずのビアンカの一刺しである。
「……分かってるわよ」
キャロラインはため息をついて途方にくれる。
この頃は、王妃殿下とのお茶の時間など、申し訳程度で、殆どエルンストと語らっている。
エルンスト殿下は確かにリラックスしていて、王妃殿下は殊の他お喜びらしい。
(潮時よね)
ずるずると往診という名の面会が続いているが、休暇も終わりという事で、何とかフェードアウトしなくてはならない。
(オクタビア先生とオージエにお願いしなくては)
このまま、フェードアウトしないと、私は……。
黙り込んでしまったキャロラインに、ザビーネがど直球を投げた。
「キャリー、貴女、王子を好きになってしまったのではなくて?」
「ふぁ!え、ええ?」
物思いからブン!と返ってきたキャロラインは、ザビーネの直球を受けそびれた。それどころか……
(((……わあ、赤くなってる)))
と、三人のシンクロをもたらす反応をしてしまった。
「馬鹿言わないで!
畏れ多くも次の王太子殿下よ?
私もイザークという婚約者がいるのよ?」
「関係ないわね。思うのは自由よ」
「違う違う!
子爵の娘如きが、身の程知らずにも程があるわ」
「それも関係ない。キャリー、恋するのに資格なんてないのよ?」
「……」
キャロラインは、一言
「降参。貴女達には隠せないわ」
と言って、突っ伏した。
「キャリー」
「大丈夫よ。風邪みたいなものよ」
「……」
シャロンはオロオロし、
ビアンカはよしよしし、
そして、ザビーネは
「いっそ、側室、狙っちゃう?」
と、変化球を放り込んでくる!
「「ザビーネ!」」
「だあってえー」
美人の変人は、しれっとして、
「キャリーの才気煥発なところ、誰とでも会話が成り立つところ、
丁々発止の議論に負けてないところ、
何よりエルンスト殿下と相性バッチリ!
どこをとっても、王家にはメリットしかないっしょ!」
「ザビーネ!」
キャロラインが枕を掲げるのをビアンカが抑えて、
「ザビーネ、キャリー、声が大きい」
と制止する。
「ううーん。ですけれど、ザビーネが主張するのも、あながち間違ってはおりませんわ」
シャロンが令嬢言葉で言い出す。
「おっ、シャロンちゃん、お味方ゲット」
「ええ。だって、キャリーは、子爵と言っても外交大使の令嬢ですわ。官僚としては爵位以上の格がございます。
そのお父様に同行して、数カ国語を話し、各国の要人とも会って、自然と上流の立ち居振る舞いがお出来だわ。
そして、どんな身分の方にも等しく、物怖じせず接する事がお出来になる。
加えて、人を惹きつける明るい魅力……わぷ!」
キャロラインがシャロンの口を押さえ込んで、
「……シャロン、やめ、て。恥ずかしくて、死にそう……」
と、悶絶した。
ビアンカはくすくす笑って、
「伯爵令嬢の理論的な褒め殺しには、おとつー代表も叶わないわね。ああ、学園に帰ってきたって感じ」
と、言って終いにしようとしたが、
「キャリー、私は本気だからね」
と、ザビーネが蒸し返す。
キャロラインは諦めて
「……色恋抜きに、殿下の女官とかもいいな、と思った日もあるの。
お側で、あの方の安らぎを守って差し上げられたら、と思ったりもしたの」
と、返した。
「あら、女官?らしいじゃない。
目指してみたら?」
「……そうね。高等部に進んで、殿下への想いを忘れる事ができたら」
と、キャロラインの少し寂しそうな表情に、三人はきゅんとする。
程なく、はっとして
「駄目よ。女官じゃ、あのミリアが私は王妃よ!って、偉そうにあれこれ指示するのをヘイコラしなきゃいけないのよ?」
ザビーネは真顔で反論する。
「ザビーネ」
シャロンが、もっと真顔で告げる。
「……側室にあがったら、
そのミリア嬢と同じ人を共有する事になるのですよ?」
「「「凄く嫌!」」」
「皆さん、もう少しお静かにっ」
マリーが軽食のトレーを持ち、おとつーをたしなめる。
(このお嬢様方は、明日から授業がおありになる事を忘れているのではないかしら)
マリーは、眠りを誘うハーブティーは何だったかしら、と本気で企み出した。
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さて、着々と、断罪ざまあに進んではいますが、カタツムリのように遅い!
もう少しもう少し、お付き合い下さい〜〜




