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父謝る セリーナの来訪

「娘。今日の予定は」

「会議書類の清書」

「するなするな。遊びに行こう」

「いけません。夏が終わってしまいます」


シャロンはだらしない父親にこの頃毎日の説教を始めた。


「税収の状況、今年度の歳入歳出の分析、次年度の予算に関する意見書、各種事業の進捗状況、新規事業への計画書。

お父様が領地に帰らず、家令や文官に任せてしまったので、彼らがお父様のご意見や決裁を待っております。私が下読みしてお父様の書類に不備がないか調べさせて頂くのは必然でしょう」



伯爵は苦い瓜を食った顔で、

「分かっとる。お前が誕生日で15になったのに、祝いもさせずに働いてくれておるのは、分かっとる」

と、手のひらで止めた。


「そうです。本来なら領地に帰って、家令達とする仕事です」


「で、今日はどこに行く?」



ばん!と、シャロンは机に書類を叩くように置く。

(全くもう!やりすぎだわ!)


シャロンにすれば、父親の腹などとっくにお見通しだ。

政局に巻き込まれないように、そして領地に居て反逆の臣と噂されないように、

ちゃらんぽらんなムスメ馬鹿に成り下がる事にしたくらい。


ついでに言えば、あの街へのお出かけ道中も、ムスメ馬鹿アピールだと始めからお見通しだ。だから、私らしくもないおねだり娘を演じた。キャロラインやザビーネには申し訳ないけれど、父親の作戦に巻き込んだ。


今、父は、王宮へも上がらす、領地へも戻らず、王都を謳歌している。シャロンを連れて、芝居だオペラだ、画廊だ、仕立て屋だ、と、遊び歩いている。

夜ともなれば、倶楽部や夜会に出かけて、大人遊びもアピールしているらしい。

あれでは領主の仕事も投げて居るのでは、と、噂されている。ロイを除いた家人にも、だ。


(半分は本当よね。いくら優秀な家令でも、お父様の判断が無ければ進められないはずだもの)


初めは、成程!と、乗っかって楽しんだシャロンも、この頃は疑ってしまう。

本当にこの父、大丈夫なの?と。


「旦那様、フイッセル様からお手紙が届きましてございます。お嬢様からも」

ロイがそんな二人に何ら頓着せず、声をかけてくる。


「おう、来たか」


(ん?フイッセル公爵?)


伯爵は、その場で二通とも封を切り、黙読した。そして、


「シャロン」

「はい」

「フイッセルの娘が来訪を乞うている。良いか?」

「まあ、フイッセル様が」


セレーナ・フイッセル。

ミリアと対峙して、全く負けていない令嬢である。


「何時でしょう」

「本日、午後だ」

「急ですね。……宜しゅうございます」

「では、そのように知らせを出そう。……シャロン」

「はい」


「今まで済まなかった」

伯爵は、急に真顔になって頭を下げる。


「どうなさったの?何が?」

シャロンは目がテンである。

ムスメ馬鹿をお辞めになるのかしら。


「エイダが身罷ってから、私はお前と向き合うことも無く、領地経営に邁進した。お前は幸い利発で、勝手に育ってくれた。けれど、エイダが授けてくれる女としての勉強は、私には出来なかった。

お前は、マルグリットの跡継ぎだ。そして、アネット子爵領主でもある。

お前に素養があり過ぎて、今の今まで、経営や実務に巻き込んで、お前は、家人以上の判断力で私や家令を補佐してくれた。

しかしな。

エイダなら、母に相応しいレディになって欲しかったはずだ」


シャロンは吃驚して、

「お父様!

私が求めて学んだ事です。

年端もいかない私に、大人並の知識を下さり、判断させて下さった事に感謝しています」


「お前の努力は無駄にはならん。不幸な事にな。

お前にもう一つ謝るべきはコールの事だ。

あれはお前とは比べ物にならん。

行く行く、実務はお前が成さねば、マルグリット領は立ち行かん」


「それこそ、始めの出会いから、承知している事です」


シャロンは、始めてのコールの言葉を思い出して、可笑しくなった。


「それに、この頃はコールも、私を可愛がって下さいます」

日を空けず、頻繁に顔を出すコールは、何時もシャロンに賛辞の言葉をくれている。

それが、女の幸せでなくて、なんだと言うのか。



「そうか」


ふう、と伯爵は息を吐いて、身体を弛緩させた。


「お父様。シャロンは幸せでございます」

父が急に、疲れた風に見えたシャロンは、この際だからと、改めて告げた。


「学園で、友達ができました。

何時でも、お味方して下さる友達です。

私が女として身を構うようになると、自然と、周りの評価が変わりました。無論、コールも、私を可愛がってくれています。

そして、秋からは、生徒会で、人脈も広がりましょう。

こうやって、婚約以降、良いふうに物事が回っているように思うのです。婚約して良かったと、心から思います」


そんなシャロンの笑顔が、エイダによく似ていて、伯爵は胸が詰まる。


「娘」

「はい」

「今ので射抜かれた。

やっぱ、今夜出かけるぞ。

バレエへ行こう!

この可愛い娘を見せびらかすのだ!」


「お父様!」


結局、振り出しに戻る二人である。








午後、セリーナの馬車が着いた。


「急で申し訳なかったですわね。

父が、是非とも本日、と、言い張るものですから」


セリーナは、王都で評判のプティングを手土産に、綿のカットワークレースが爽やかなドレスで訪れた。


銀の髪を編み込んで、銀細工のイヤリングがチリチリと涼しげだ。

この人は、真夏の太陽の下でも、汗ひとつかかずにいられるのでは、と思う。


そんな事を賛辞に交えて言うと、

「あら、私、顔には絶対汗はかきませんことよ」

と、しれっと返してくるから凄い。


シャロンは、応接室にセリーナを通した。父は、出かけるぞ!とだけつげて、何処かへ行ってしまった。

(全く。ご挨拶もせずに)


「シャロン様。お名前で呼んでも?」

「え、あ、はい。勿論です」

「では私もセリーナと。

シャロン様、私実は、ライグラスさんに面白いお願いされましたの」


ザビーネが?

「……?」


セリーナは優雅にカップを持ち上げる。所作の美しさに、シャロンはほおっと柔い息を吐いてしまう。


「うふふ。

乙女通信。あれは面白いわ。

女子生徒目線の女子生徒のための情報通信。ジュゼッペさんは、なかなかの逸材ですわね。

その親友でメンバーのライグラスさん。美人の変人」


二つ名が高等部まで知れ渡っているらしい。


「あの方も、独立独歩で面白いわ。……とても、シャロン様、貴女の事が可愛くて仕方ないのね」


(ザビーネ〜

何やっちゃったのぉ?!)


シャロンは、ビクビクと話の先を待った。


「貴女、ダンブルグ嬢と仲違いしてるんですって?」

「いえ、そんな」

あっちから勝手に絡んでくるんですぅー。


「それでね、ライグラスさんが訴えるのよ。

『シャロンは有力伯爵の娘なのに、あの傲慢令嬢からバカにされたり悪く言われたり、やりたい放題されていて、私はざまあしてやりたいのです!』

って」


(わあ、ザビーネ、まんま話してる)

シャロンはすでに心の中も棒読みである。背汗が止まらない。


「そこで、私にお願いがあると。

聞いたら、私、面白くて面白くて」


「……なんで、すか?」


恐ろしい。公爵令嬢に何の悪巧みを……


「うふふ。

シャロン・アネット・マルグリットの名に相応しい淑女に、シャロン様、貴女を育ててほしいって。

私がもてる教養・作法・仕草の全てをご教授して欲しいのですって!」


「はあっ?」


コロコロコロと鈴のような笑い声を手の甲に当てた口から出して、セリーナは続ける。


「ほほほ。

ライグラスさんはね、王都で一番の淑女の私にしか、即席漬けであの子に教えられる方は居ないですって。

瓶底だのガリ勉だのと頭の良いシャロン様を馬鹿にするダンブルグ嬢に、私並みの淑女にシャロン様を仕立てて、

『お前なんかおツムも美貌も気品も、負けてんじゃん!ざまぁwwww

って、ギャフンしたいと思いません?』ですって!

ほほほほ」


(ひいいいいいいいっ!)

ザビーネ!何で異世界ワード?

何でセリーナ様が貴女に思考を寄せてくると思ったのぉ?


シャロンは目がテンになり、眼鏡がズリ下がったのも放置して、はしたなく〈お〉の口のままフリーズした。


セリーナは暫し笑い声を立てた後、

ニコリと微笑み、

「私、ひとつ返事しましたわ。

勿論私で良ければ、と」

「えっ?ひえっ!」


セリーナは、微笑みを絶やさず、

「先日の茶会で、私とてもダンブルグ嬢に深いい()()を持ちましたの。

将来の王妃殿下かなにか存じ上げませんけど、父の動向のせいか、私に突っかかって参りまして」


(……阿呆だわ。王弟閣下の娘に……)


「ですので、私、あの方にきちんと()()しなくてはなりませんの。でも、ほら、あの方に負けるところが私にはありませんから勝負になりませんでしょう?」


……分かってきた。

この国一番の令嬢の、あるものなら〈尻尾〉を踏んずけたのだ、あのダンブルグ嬢は!

怒っている。

物凄く深い所で怒っている……


「……シャロン・アネット・マルグリット様」

「は……い」


もはやシャロンは猛獣の目の前の草食動物である。


「私が、貴女を最高の淑女に育て上げましょう。

ダンブルグも王女も凌ぐレディに。

幸い、伯爵は私の言い分に快諾致しました。

私の教育は、王妃教育よりシビアでしてよ。

どうぞお覚悟なさって?」


えっ。

えっ、父も?


(お父様!詫びより説明を先になさって!)


この日より、シャロンの過酷な教育が始まった。

賢く学問においてなんらストレスがなかった彼女にとって、

生まれて初めてといってもいい挫折と混乱の始まりであった。

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