表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/69

ミリア 遭遇する

暑いです

長いです

ミリアは、久々に王宮を訪れた。

まだ葬儀の後のゴタゴタが終わらない中ではあるが、妃教育は、揺るぎなくある。学者の気合いである。


「宜しいですか、3年後のご成人まで肩書きは王子ですが、既に公務が始まっている殿下の為にも、お早いお修めを願いたいですな」


(わかってるわよ。毎回毎回)

「いつもありがとうございます。

精進いたしますわ」

ミリアはにっこりと学者殿に微笑みを返す。


「結構。

さて、良いですかな。

歴史を紐解くと…………」


学者の長尺が始まった。

ミリアは文を読む振りをしつつ、考えを巡らした。


いくら何でも、つれないんじゃないかしら。かれこれ2ヶ月は、エルンスト王子に会ってない。


最近のお手紙は、アズーナ国の立太子式の事。煌びやかな楽しげな様子が伺われたわ。

いつもの味気ないお手紙と違って、殿下の少し興奮した感じがしたわ。


きっと、素敵だったでしょうね。

婚儀が済んでいれば、私も祝賀の夜会に出られたのに。


そうよ。夜会にも、エルンスト殿下はちっともお見えにならなかった。おかげで私は従兄弟やお父様に同伴頂かなくてはならなかった。


いくら国王陛下がご病気だからって、

いくら王太子殿下のご公務を肩代わりしているからって、こんなに婚約者を(ないがしろ)にしてよいもの?


(私は悪くない)


そうよ。こんなに放置されていたら、殿方が寄ってきても仕方ない事だわ。婚約がまだの方々は、懸命に殿方を物色して、次々と語らい踊り……そんな輪の中に、私が居たら、際立ってしまうのは、私のせいではないわ。


(コールと踊って、お話をして、何が悪いの?)


洗練されたエスコート

洒落た会話

巧みなダンス


そして、美しい容貌

甘い微笑み

何より、お相手を気持ちよく褒め称えるテクニックは見事としか言いようがない。


(でも、大丈夫かしら)

コールの婚約者、瓶底メガネのシャロンの父親、マルグリット伯爵に見つかってしまった。

周りにお友達が居たのに、真っ直ぐ私に挨拶をして。


まるで、コールと私が悪いことをしているかの様な言葉で。


(シャロンに告げ口したかしら)

シャロン。あの憎たらしい女。

まだあんなに幼いクセに。

コールに惚れて惚れて、

ポイッと投げられればいいんだわ!


でも、

(コールは大丈夫かしら)

伯爵の怒りを鎮めることが出来るかしら。


ううん。彼なら、上手くやるでしょう。シャロンはぞっこんだって聞いたわ。

でも、しばらくは会わないほうが良いわよね……。


「ミリア嬢、お分かりかな、ミリア嬢」

「あ、はい。大丈夫ですわ」

「そうですか。では、次に……」


お勉強なんて、煩わしいだけ。

早くこの辛気臭い空気が変わらないかしら。

華やかな王宮に、戻らないかしら。

王太子殿下のご即位までは、こうなのかしら。


「では、ミリア嬢。また来週に。

できればテキストを先読みしていらして下さい」

「はい。ありがとうございました」


次は、王家の系譜について。


エルンスト様さえ、私を誘って下されば、こんな退屈から逃れられるはずなのに。

今日も、お誘いはないのかしら。

はあ〜。




「オクタビア、よく来て下さいましたね」

「お姉様、この度はお悔やみ申し上げます。少しはお楽になりまして?」


王妃殿下は、そのふっくらとした柔和なお顔をさらに和らげて、

「賓客の接待が続きましてね。

まだ王太子には任せられない方々もいらっしゃいましたから」


「ご自愛なされませ。

さて」

「ええ。そこの娘さん?」


キャロラインは心臓バクバクでご挨拶をした。

「初めてお目見えいたします。

ジュゼッペ大使の娘、キャロラインと申します」


キャロラインはオクタビアからの借り物の白衣をドレスの上に羽織って、いかにも助手という格好だ。


「顔をお上げ。

ほう、大使の。あれはよくやってくれている。キャロライン。よい顔つきの娘御だね。オクタビアの今のお気に入りだね」

「あと、三名おりますがね。この子が一番の口達者ですよ」


三人…シャロンとおとつーって訳ね。知らなんだわ。美魔女に気に入られてたとは。


「口達者。……シェラザード、でしたね」


ドキッ!

え、そんな事まで?


王妃殿下は、ゆっくりと身体をカウチに沈めた。オクタビアが手を取って脈をとる。


「キャロライン。控えの部屋に行ってくれる?私は少し、姉の診察をして、お話を伺うわ」

「キャロライン嬢。女官が呼ぶまで、そちらで()()しておくれ。後ほど、アフタヌーンティーを共に取っておくれね」


……恐れ多い!でも断れない!

「はい。承知致しました」


キャロラインは淑女の礼をとり、女官に従った。



控えといいながらも、瀟洒な部屋には、一人青年がお茶を嗜んでいた。

「……来てくれたね、キャロライン」


エルンスト殿下。


(なんて、事……)


エルンスト殿下の目は落ちくぼみ、目の下にはくまがくっきりと出ている。頬が息をする度にへこんで、どれ程痩せたかを表している。

目に光がない。

弱々しい微笑みは、それでもキャロラインの来訪を喜んでくれている。


キャロラインは、鼻の奥がつんとなるのを堪えた。

「殿下、暴君におなりに?

このシェラザードの首をとるおつもり?」

「楽しい話をしてくれたら、その可愛い顔は首と繋がるよ?」

「まあ!……相変わらずですわね」


大袈裟にため息をつくと、くすくすとエルンストは手を振って

「嘘だよ。君と話すと、どうも気が大きくなるな」


そんなふうな戯言が、どれ程の効果がある事か……。


それでもエルンストの笑顔は、周りも安心させるのか、侍従や女官が弛緩する空気を感じた。


「さて、殿下、でも今日は殿下のお話も伺いたいわ」

「私の?」

「ええ。でも、シェラザードだから、お喋りしちゃうかも、だけど。ほら、国葬の際、色んなお客様がいらしたのでしょ?その方々の事とか」


ウキウキと手帳を出すキャロラインに、困ったな、とエルンストは首を傾げながら、笑う。

「君みたいに上手じゃないよ?」

「私ほど話せたら、大変です!」

真顔で手帳と鉛筆をもつキャロラインに、殿下は吹き出した。


「くくくくっ……じゃあ、白髪と白い髭のナダルカンドの王からね……」


すっかりアズーナモードに入った殿下に、キャロラインはホッとする。


そうよ。エルンスト殿下。

お喋りする中に、心を吐き出すの。

胸につかえた澱を吐き出して、綺麗にしましょう。

何でも聞くわ。何でも受け入れるわ。



そうやって小一時間。

時折殿下にお茶や菓子を勧めながら、キャロラインは表情豊かに受け止めた。



「おや、エルンスト。少しお疲れかい?」

マホガニーの卓上には、銀食器に菓子や軽食、果物がずらりと並び、金を蒔いた茶道具や茶器がセッティングされている。


先にオクタビアと座っていた王妃がエルンストに尋ねた。

「ええ。腹筋が痛いですよ。キャロラインのおかげで」

「まあ殿下。殿下のお話が面白すぎるんですわ」

「くく。やめておくれ、思い出すから」

柔らかな笑顔は、どうやらお祖母様に似た様だ。


「……二人ともお座りなさい。

良い時間で何よりだ」

王妃は満足げに孫を促す。


キャロラインはもちろん下座に座る。

オクタビアが、

「殿下。桃が熟していますよ。

あと、サーモンマリネのサンドイッチが夏にはぴったりですね。

お茶に少し蜂蜜を入れましょう。

ミントの葉は気を鎮めます」

と、医師らしい助言をした。


「頂こう。……ああ、久しぶりにお腹が空きました。

お祖母様の所は、いつも美味が集まりますね」

エルンストは、サンドイッチから手を伸ばす。


キャロラインがエルンストの後方を見ると、侍従が嬉しそうな表情をして、直ぐに戻した。


(良かった……お役に立てたのかしら)


「……何時でもおいでエルンスト。婆は、お前たちの味方ですよ。

……オクタビア、次の私の診察は何時に?」


「少し血圧がお高いので、来週に」

「では、そうしよう。

エルンスト。オージエの孫に、調整させて、今日のように私の所へ来ておくれ。爺の居ない北の対に、婆の顔を見に来ておくれ」


王妃は孫の手をとって、願った。


「私で、宜しいのですか?」

「お前がよいのだよ」


エルンストはゆっくり笑って、

「私もお祖母様が好きです」

と、返した。


「キャロライン」

「は、はい!」


王妃殿下の名指しに、数センチ腰が浮く。


「オクタビアの()()を頼みますよ」


「承知致しました……」


うわあ、来週もこうやって過ごすんだわ。

エルンスト殿下とお会いするのは楽しいけど、王妃殿下と同席は肩がこる。

でも。

サンドイッチの次に、桃を口に運ぶエルンストを見やって、良かった、とキャロラインは安堵する。


そんな様子を王妃は眺めて、得心がいったように目をとじ、カップに口をつけた。






「東の正門からで宜しかったですか?」


廻廊を進んでいると、前方から耳慣れた声がした。

ミリアは、はっとして顔をあげる。


「殿下。見送りなど」

「いいえ。送りたいのです」


(殿下?エルンスト?)


ミリアがじっと待っていると、程なくエルンストが女性二人を引導して廻廊に現れた。


(誰?あっ)

殿下の後ろからは、何と保健室の校医が現れた。そして


(……あれは?)


校医の隣には、同じく白衣と、更に頭巾で顔を隠している、若い、女性。


(眼鏡?……まさか!)

ミリアは、さっと円柱に身を隠す。


キャロラインこだわりの〈正体を隠す変装〉アイテム、頭巾と白衣と伊達メガネ。

それが仇になるとは思ってもいない。


(……シャロン!何?

何で殿下があんな女と!

しかも変装までして)


エルンスト微笑みを浮かべて、角を曲がり背を向けた。


(……どういう事?

公務じゃなかったの?

シャロンと会っていたの?)


……私を放っておいて!!


ギリ、という音が口から出た。

ミリアの瞳は、憎悪に燃えていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ