コール 伯爵に脅される
誤字直しました。
勢いって怖い
「あー、美味し!」
ザビーネの声が大きいので、キャロラインはヒヤヒヤする。
(多分)転生者が起業したカフェは、冷気を求めた客で賑わっている。冷えた菓子達は色とりどりで
果物も沢山使った人気商品だ。
一口毎に、んー♡と悶えるザビーネと保護者の気分のキャロライン。その向かいには、それぞれの菓子に目を見張るシャロンと、それをデレデレ見ている伯爵がいる。
目立つ。この伯爵、目立つ。
決して男振りがいいわけではない。
でも、見て飽きない。
自然と目が行く、そんな人だ。
なんというか、威厳と粗野と高貴が混在している御仁である。
道行く人も、店の客も、店員も、伯爵の言動にちらちらと見ている。
先程の宝飾店でも、物凄く目立った。
明日には、
北の伯爵お買い上げ品!
なんて張り紙が出そうな感じだ。
宝飾店では、あーしろこーしろ、とキャロラインとザビーネで構い倒し、コールになんか勿体ないような印章指輪のオーダーとなった。
「コールは、喜んでくれるかしら」
ウキウキとシャロンの声が弾む。
「お前からの贈り物に、嫌がる奴なんかいるか。
それより、自分達に欲しい物はないのか、探せ」
「伯爵。それは」
「伯爵。いいの?」
「おう。ザビーネさんは一番高いのをしなさい。くだらん男なんか忘れて、これから一層別嬪さんになって貰わないとな」
「……う…」
ちょっと、ちょっとだけ、ザビーネは胸がつまって、うるっと泣いて、
「……もう一人、ビアンカのも、いい?」
と、やらかすので、
「ザビーネ!ステイ!」
「ひゃ!わおん」
「あの、キャリー、余計目立つから……」
と、お笑い3人組をやらかしてしまった。
伯爵は益々上機嫌で、
「無論!みんなでお揃いはどうだ?瞳の色で選ぶか?
ザビーネさんはー、オニキスかな?黒水晶かなー」
そんな風に、みんなのチョーカーを買った。それぞれの瞳に合わせた石を金鎖で編んだ、可愛い物だ。ねだんは可愛くないけれど。
そして、今も、目立つ目立つ。
「お父様、甘いもの、お好きでした?」
「娘と一緒だと、何を食べても、美味い」
と、シャロンのスプーンから、シャーベットを掬って食べさせて貰っている。
そして、
目尻が皺と一緒に、下がるだけ下がっている。
(溺愛……ん?)
見てて飽きない二人をついつい見つめていたキャロラインは、伯爵の肩の向こうに見慣れた人を見つけてしまった。
(……間の悪い)
そこに居たのは、コールとミリア、そしてミリアのお取り巻きである。
護衛もいるから男一人で侍らせている訳では無いが、それにしても。
(キャリー)
(見えてるわよ。了解)
流石ザビーネ。阿吽の呼吸。
デレデレしたタレ目がちの男がね。
そうそう、つり目の女とね……
「伯爵〜。こちらのお会計は、私達で持ちたいのです」
「……子供がそんな真似をしなくてよいぞ」
「では、せめて、お持たせを。
……シャロン、伯爵と、選んでくれる?」
「はい!お父様、陳列棚へ参りましょ……お父様?」
伯爵は、少し黙ってから、
「シャロン。お前が選んでおくれ。支払いは、現金払いだから、これで」
と、巾着を手渡した。
(二人の土産を買いなさいってことね。了解)
「はい、お父様。仰せのままに」
シャロンは得心がいって、席を立ち、棚の方へ向かった。
(伯爵?)
「……いるのか」
(はい?)
「二人の様子だと、シャロンの婚約者ではないか?女性の嬌声がするが、あの中か?」
軽く指を後ろに振って、口を歪める。
(背中に目がついてるの?)
伯爵の笑顔が、
怖い。
「仕方のない事だな。
娘に溺愛の父親は、やはりこうするだろうな」
あ、と、キャロラインが声を発する間もなく、伯爵はすっと立ち上がり、静かに後方の壁際の団体へと向かった。
背中が
背中も、怖い。
「……ザビーネ…」
「……修羅場?」
ほほほ
あはは
東屋風に囲まれた一角に陣取った騒々しい若者達の所に、大きな人影が出来た。
……えっ
(……ひっ!)
ガタッと椅子から慌てて立つのは、コールだ。
真っ青で、無言の伯爵の目に射抜かれた。
「……は、くしゃく、さ」
「おお、コール殿。こんな所で、お互い面映ゆいな!」
にかっ、と、笑顔で伯爵はバンバンとコールの肩を叩く。
「婦女子の店に訳あって参ったのだが、そなたは、……ん?これはこれは、ダンブルグの姫ではないか。
イーライ・マルグリットだ。
父君とは大臣の頃大変世話になった。国葬も、お疲れであった」
つらつらっと挨拶する伯爵に、
座ったままのミリアは、少し震えて、それでも礼をとった。
「痛み入ります。あの、伯爵、……お嬢様、は」
(シャロンも来てるの?
コールと私を見たの?
どんな?まさか手を握っているのを……それとも、耳元に囁きあっているのを……まさか、聞かれたなんて事は)
「じゃーん。私と伯爵はデート中だよー」
「ザビーネ!」
伯爵の脇からザビーネがにょこっと顔を出す。
ザビーネの隣にキャロラインは居ない。おそらくシャロンを急かして、店から出しているのだろうとザビーネは察した。
「……これは面妖な。
このような場所に、未婚の女子と同伴なさるとは」
ミリアが告げると、
「あら、伯爵は男やもめよ?
私ねえ、婚約破棄したの。
だから、私もフリー。
で、伯爵が私を慰めて下さるって、街に出たのよ!」
(嘘じゃないモーン)
キャリーとシャロンも、を抜いただけである。
「婚約破棄?んまあ、なんて恥ずかしい!」
周りのお取り巻きが殊更、〈はき〉に力を入れて揶揄する。
「伯爵、貴方の娘とかわらない令嬢を」
「そう言うな。可哀想に、
お相手が、浮気をしたそうだ。
それで、こちらから切ったらしい。相手も間の悪いことだ。
せっかく婿に入り、賜爵できたのにな、浮気で身を滅ぼした。
浮気、
で、な」
コールは背筋の汗が止まらない。
何を言われているかは明確だ。
この笑顔
笑顔が怖い。
野太い声が、淡々と話す口調が、
余計に怖い。
「そういう訳!
だから、絶賛お相手募集中よ!
で、あなた達はどうしてここに?」
ザビーネが無邪気に大きな声を出す。
「わ、私達は、ミリア様とお買い物を」
「そ、そう。で、喉が乾いたのでこちらに入ったら、偶然ローラン様がいらして」
「結構混んで来たので、相席をお願いしたのですわ!」
「ね、え、ミリア様、そうでしたわね!」
流石の連携プレー。お取り巻きの妙技だ。嘘をつくのが本当にお上手。
(んなわけ、ないでしょうがぁ〜)
カクカク頷くコールと、目がしあさってのミリア。
(当人達が、バレバレじゃん)
「婿どの。私は若い頃から領地で狩りをしていてな」
伯爵は、斜めな話を振る。
「狩り、ですか。それは素敵ですね」
「そんないいものでもないがな。
荒涼とした原野で獲物を探し捕らえるため、必要なものはなんだと思う?」
「……な、なんでしょう。銃、とか」
「目だ」
伯爵の目はぎらりと光った。
「鷹のように四方を視る目だ。そして」
「ひ、ひい!」
コールの肩に置いた伯爵の指がぐっとくい込む。
「耳だ。獲物の微かな足音も逃さない耳。……こんな街中でも、役に立つとは、な」
「……は、伯爵、私は本当に」
「舅の言葉が信じられないか……それも、まあ、いいだろう」
伯爵の手が肩から離れた途端、へなへなとコールは椅子にへたりこんだ。
「ダンブルグの姫よ。私は今そなたの父君と相対したくはない。そなたにめんじて、この場は私が離れよう。婿殿」
「は、はい……」
伯爵はザビーネの為に腕を出した。
すっとザビーネはそこに自分の腕を絡める。
「娘を泣かせたら、北の獲物よりも辛い末路があると思え」
「は、は、は……」
コールはがたがたと震えて、歯が合わない。ミリアは青い顔で、唇を噛んで何かを堪えていた。
「お父様、遅いわ」
「おう。小便だ」
「もう!下品!」
シャロンは店の前で、護衛にお持たせを渡して、とことこと父親を叩いた。
「はは!
シャロン、今日は父親冥利に尽きた!
お前が欲しい物は何時でも言え。
こんなに娘とは」
そして伯爵はシャロンを抱え上げて、
「愛しいものだったのだな」
抱えられたシャロンはいつもの様に抗議はせず、父の優しい目を上から見つめた。
その週の終わりには、王宮に
「マルグリット伯爵は、娘を溺愛するあまり、宝石屋で棚ざらいした」
「マルグリット伯爵は、娘に盲目で、仕事が手につかないらしい」
「マルグリット伯爵は、ついに男やもめに耐えられなくなり、女に入れ込んでいるらしい」
と言った、どこか正確で全く不正確な噂が吹き荒れた。




