国王崩御
厳かに、教会の鐘が鳴る。
都は、人通りも喧騒も消え、人々は屋内で祈りを捧げた。
エラント国王崩御。
その在任期間には、外国との小規模の戦闘、国境線の奪い合い、冷害や洪水による食料不足、などの国難があった。
そのため、外交・軍事・治水等において、精力的に改革しつてきた王である。けして平穏な治世では無かったが、晩年は心安らかに過ごせたのではないかと察せられる。
マルグリットは、領主席から葬儀を眺めた。
王太子から順に、献花が始まった。
……王太子は髭が伸びたな。堂々たる威厳が備わっている。自信があるのだろう。
王太子妃は、
王妃の後ろで、姑を支えているようだ。あの女は、喪服まで美しい。
息子たちは……
先に立ったのが、エルンスト第一王子か。
なるほどな。
親父とは随分違う。表情が暗い。
目に力がない。
第二王子 ヴィルム。
こちらは、人がどう見ているか、分かった顔だ。
人質生活が作った面の皮だな。
ふん。
フイッセルは、親族の席になったか。まあ、兄の葬儀だ、臣から格上げだ。
枢密院議長、宰相、各大臣……。
オージエ閣下は、お年をめされた。
王が身罷った後に、息子に爵位を譲るか。
閣臣は、一新されるだろう。
おやおや、閣臣の中でダンブルグが何故あの位置に?
肩書きや年齢から考えて、2列目が順当。でかい顔だ。3年後は王太子の外戚か。
まあ、公爵なのだから、それはそれで筋が立つか。
(……戴冠式までが、鍵かと)
昨夜のシャロンとのやりとりを思い出す。
あれは、本当に15歳か?
あの娘が賢いのは、気がついていた。
しかし、所詮書物の上の事だと思っていたが……
(お父様は強いお薬のようなものです)
(ほう)
(効き目が強く出れば、毒に変わります)
(今の王都で薬が必要なのは、本人ではなく、その周囲の人物。
強さを求めるもの達が呑ませたいのです。
かと言って、薬が効かなければ、その病気が原因であっても、薬が悪い、薬が強い、と、不満が出ましょう)
……では、初めから薬などなければいいのだな…
そんな風に返した記憶がある。
それに対して、あれはどう返してきた?
(お父様は、どうされたいのですか?マルグリットにまた、引きこもられますか?)
(そうしたら、私はどう見られるか、分かるか?)
あれは、少し躊躇したが、言い切った。
(……お父様は、謀反を起こす。
マルグリットの独立を掲げ、エラントから離脱する、と。
薬は、毒と判じられます)
正解だ。
(お父様は、どうなさるのですか?王都に留まれば、勢力争いに巻き込まれましょう。かと言って、投げ捨てて帰れば、マルグリットの規模では、独立を勘ぐられましょう。
ゆくも戻るも出来ないお立場ではありませんか)
……ふむ。
あれが男子なら、それもありだったな。
何も吹き込んでいないのに、自力でたどり着いたか。
たかだか、娘共の茶会の諍いから、ここまで察したか。
いやいや、色気は出すまい。
この子には、エイダより長生きして、女の幸せを手にして欲しい……
マルグリットは、閣臣の列の中に、小柄なフラットを探した。
ちんまりと、2列目に座っている。
髭が全く似合わん。
(息子は、母御に似たか)
アンリ・フラット。
あの子は、娘と同じ匂いがする。
王子の知恵袋として、相応に育つだろう。
そして、あれを憎からず想っているらしい。ヴィルム王子もそのようなそぶりらしいが、それは無視だ無視。
と、すれば……。
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国葬の一週間、皆、家で静かに亡き国王を偲ぶ。
とは、言うものの、
「暇っ!」
ザビーネは、女子寮で、叫んだ。
キャロラインは、帰国後、両親と共にタウンハウスにいる。
ビアンカは依然、商会の仕入れで隣国から帰らない。
寮は、殆どが、くにに帰ったり、国葬のため王都に来た家族と共にいる。
ライグラス男爵は、勿論上京などしない。そんな身分ではないからだ。
そうなると
ポツリポツリとしか残っていない寮生のひとりが、ザビーネである。
……ああ、国王様、なんでキャリーの帰国に合わせて死んじゃうの?
もう少し長生きして下されば……
「舞踏会から、茶会まで、語り尽くせるのにぃ〜〜ー」
全く不敬極まりない奴である。
ベッドでジタバタしていると、ノックがした。マリーのような侍女など居ないザビーネは、はいはいと、戸口に急ぐ。
「ライグラス、お手紙が届いています」
「まあ、寮母様、わざわざありがとうございます」
「……これで暇で無くなると宜しいわね」
ザビーネは笑顔を貼り付ける。
……あちゃ、聞こえたかー
しかし、寮母様は、軽い嫌味だけで、あっさり手紙を手渡すと、ニンマリとして扉を閉めた。
寮母様も、お暇なのでしょうね。
そんな事を思いながら、封筒の名を探す。
……ケイト・ブルック?
知らない名である。
「何処のケイトさんでしょねえ」
郵便の消印は、
「ダーツヘッド……国境?」
封蝋をナイフで切って、中の便箋を取り出し、
そして、
「……な、あんで、すって、えええええっ!」
ザビーネは絶叫した。
「ライグラス!喪中ですよ!」
寮母様が再びノックを激しくしたが、
呆然と、何も耳に入らない。
「ライグラス!」
……寮母様……
私、暇じゃ、なくなりました。
手紙には、簡潔に、こう書かれてあった。
〈ザビーネ・ライグラス様
お目にかかりに王都へ参ります。
私とエンツォ様との子供について、貴女にご相談を〉
「エンツォ!あの軽石男!
不倫?浮気?うわあっ!」
ザビーネは頭を抱えて、寮母様を振り切り、今一度叫んだ。
「修羅場!いやぁあああぁ!」
ザビーネさん泣




