王都の夏 急変の予兆 5
この章、最後です。
オッサンしかいません。
でも、読んで下さい!私のオッサンLoveを受け止めて!
しかし
大河ドラマになりそう
いや、断罪ざまぁまで、持っていくぞ!
領主会議の千秋楽。
マルグリット伯爵は、会議が滞りなく終わり、ホッとしているフイッセル公爵に声を掛けた。
「大役お疲れ様でした。閣下」
「お、ああ、マルグリット伯。
そなたこそ、よく中小領主を束ねて下さった」
年に一度の領主会議では、税率の件や備蓄の件など、頭の痛い案件が話し合われる。今年は、麦や芋が豊作で、夏の収穫も順調。大きな災害もなく、このままいけば、秋の収穫も取れ高が楽しみである。
しかし、
問題はそこではない。
「どうですか、遊戯室で1杯」
「御一緒させて頂こう」
周りの空気がさっと変わった。
(伯爵は、王弟に与するのか?)
北の伯爵の立ち位置は未定だ。
動くのか、北の巨人。
官僚も、諸国の領主も、固唾を呑んだ。
そこに伯爵は、おおらかな表情で、
「ダンブルグ公爵!貴方も如何ですか」
と、声を張った。
(……え?そっちも?)
現在、ダンブルグ公爵の目の上のコブは、フイッセル閣下である。
その二人を取り持つ腹か?
ダンブルグ公爵は、細面の痩せた壮年。髪は灰色で瞳が碧。娘は隔世遺伝の様だ。
そのキツい眼差しは、家の紋章の様に続いてはいるが。
しかし、ダンブルグ公爵は笑みを湛えて、慇懃に、
「御遠慮申し上げます。
娘がおかんむりで、その機嫌を取らなければならないのですよ」
と、返した。
「ほう。私や閣下と仲良くすると、娘御は怒るのですか」
「しばらくは、そうなりましょう。
……あれは、次期王太子妃。殿下の機嫌を考えているのです。申し訳ない」
と、全く申し訳ないわけのない飄々とした表情で一礼した。
暗に、私はフイッセル閣下とは与しない
と示しているのだ。
すたすたと去るダンブルグ公爵と二人を互い違いに見て、周囲は黙っていたが、
退出の後、伯爵は
「……娘が鬼なのか?」
と、キャロラインが聞きつけたら大喜びしそうな言葉を発したため、周囲は、くすくす笑った。
きょとんとする伯爵に、その場が和む。
公爵閣下は
「先日、うちの娘とやり合ったらしいのだよ」
と、苦笑いして、さあ、遊戯室より私の執務室へ、と伯爵を促した。
娘同士の不仲を因に、この場は収まった。
公爵閣下の執務室は、王宮の〈中の対〉にある。中々瀟洒な造りだが、すっきりとしており、主人の性格が感じられた。
「私が陛下の名代で、会議を束ねる事となったので、娘が領主の女たちを招いて茶会を開いたんだ。
くにから出てきたご婦人もいるからね。大人数でもあり、娘は領地の近いもので円卓を囲ませ、地図上の位置に円卓を配した。
これは、ジュディッド・ナパテア……今の王太子妃が未婚の時に取ったやり方だよ。高位下位、年頃も幅がある中、どこに誰を座らせても、不満は出る。
そこで、策を弄した訳だ。
ところが」
「ダンブルグの娘が文句をつけたのだろ?」
「そう。そして、互いに気の強いものだから、引かずに一戦」
伯爵は、黄金色の酒をくいっとあおった。6月の麦より濃い色だ。
「まあ、ダンブルグの娘がとんがったのは、私のせいもあるようだね。
愛しい婚約者が王になれなかったらと思うと、セレーナまで憎く思ったらしい」
……愚かな娘だな。
そんな表立って動いては、王子も自分の親父も、首が締まる。
伯爵は愛娘を思った。
シャロンなら弁える。
後で、その茶会の様子を娘から聞き出そう、と伯爵は思った。
「ところで」
公爵閣下は、切り出す。
「伯爵はどうして私とダンブルグに声を掛けた?」
ん?
と、呑気な返事を返したが、閣下は少しも笑ってはいない。
「んー。腹の探り合いなら、顔を合わせた方がいいと思ったのですよ」
呑気な様子で伯爵はかわす。
「ダンブルグ公爵は断った。私の執務室に入った時点で、君は」
カラン、と氷を鳴らして、公爵は告げる。
「私の支持者だと判ぜられた」
……ふん。
伯爵は、太い鼻息で、一蹴する。
「閣下は、支持者が、欲しいのですか?」
ギロリ、とフイッセルを見据える目の奥は、かつて北の巨人と言われていた頃のぎらついた光があった。
「……閣下。支持者が、必要なのですか?」
なんの、ために?
マルグリットがフイッセルを見つめる。いや、
睨みつける。
(貴方が王になろうと、マルグリットは揺るがない。しかし)
「王妃が哀しむのは、私の妻が、許さないのです。亡くなった私の最愛が」
王妃ジュディッド。
最期まで、エイダの心にあった彼女の〈最愛の友〉
王弟が王太子の後を狙えば、王子達は命がない。王弟が否定しても、それこそ〈支持者〉達が勝手に亡きものにするだろう。
王家をかえるとは、そういう事だ。
血縁同士がどんなに否定しても、ついてまわるしがらみが許さない。
エイダが生きていたら、
ジュディッドが不幸になる事は、絶対に許さない。
例え、自分と袂を分かつこととなっても。
ふ……ふふっ。
はははは……!
フイッセル公爵は、楽しげに笑い出した。
「ダンブルグ公爵は娘に義理立て、貴方は、奥方に義理立てる。
……いえ、茶化してはおりません。私の返答と似ておりましたので、つい」
クックック、と笑いを小さく続けて、公爵は語る。
「一体誰が、このような一連の与太話をあつらえたのやら。誰かが得をするのだろうね。
私に野心などない」
それでも、マルグリットの表情は変わらない。公爵を睨んだままだ。
「よく考えて欲しい。私が王家を乗っ取ったら、次は誰だ?
セレーナが大変な剣幕でね。
いとこ甥の王子達を廃嫡し、私に女王になって婿を取れと?冗談じゃございませんわ!だとね。
余程ダンブルグ公爵令嬢に痛くもない腹をつつかれたのが、業腹らしい」
伯爵は、しばらく無言だったが、んーっ、と伸びをして、
「……娘に会いたくなりました」
と、席を立った。
(……信用する訳ではないが)
あながち嘘でもないようだ。
「いい話が出来て何よりだ。
お互い、娘は、大事にしよう」
「ええ」
「マルグリット伯」
「……」
「兄は、エルンストが帰国するまで持つか分からない」
国王が?
そんなに切羽詰まっている話なのか?
「お抱えの医師団が全力で、エルンストの帰りまではと、不眠不休で頑張っている。王子の帰国後、喪にふくす事となるだろう。
喪があければ、戴冠式。
私は皇嗣だ。
そして王子の成人を待って、立太子。
王子が成人するまでに、周りを固め、不安を一掃したいのは、誰だと思う?」
マルグリットは、再び、公爵を見る。互いの視線が揺らがず、逸らさない。
「……また会おう、伯爵。
夏はずっと、こちらに?」
「そのつもりです。ひょっとしたら、秋も」
「その方がいい。私の娘のように人にそしられる事にならないように」
「ええ。
友も同じ事を忠告しましたよ。
私とて、娘が可愛いので」
「お互い、父親は弱い。
喪があけたら、貴方と深酒がしてみたいな。エラントの臣下として」
「エラントの臣下として」
では、と辞した。
なんて事だ。フイッセル公爵は、私と呑んでいる場合ではない。
(誰が不安を排除したいか)
マルグリットは足早に、馬車溜まりまで急ぐ。
そんな人物は、決まっている。
(……王太子)




