王都の夏 急変の予兆 4
フラット邸の応接室は、鳥の声も聞こえない静かな部屋だ。
そこに、二人の紳士は、沈黙して対峙している。
独立……?
「馬鹿言うな」
程なくマルグリットは一笑したが、フラットは指を組んで顎に当てる。
「右肩上がりの収益、領軍の高名、エラント国創立からの旧家、資産、そして領地の位置……国王が危ない今、引きこもりの領主が疑われるのは、無理がないと思わないか?」
ふん、と鼻息を荒くして、
「私は政争を嫌って、引きこもっているんだ」
と、言う相手に、フラットは、
「それが通用するほど、私たちはもう若くないんだ」
と、告げた。
「男盛りの伯爵が、どの勢力に着くか、どこにも与しないのであれば、まさかの」「やめてくれ」
伯爵は、酒をあおった。
「マルグリット」
フラットは続ける。
「忠誠を確かめろ。王都で貴族に見せろ。王家と良好な関係を」
「もしくは」
伯爵が、ニヤリと
「私がポンコツだと知らしめるか」
フラットは、目を細めて、
「……私は息子をつけた以上、ヴィルム殿下につくしかない。無茶をしても、助力は出せない」
「いいさ。大丈夫」
さらりと、言い、
「お前も、あまり前にでるな。
順当は第一王子だ」
「ヴィルム殿下は、弁えているさ」
フラットは、応える。
「むしろ、フイッセル公爵の出方が不確定だ」
ふむ。
「今年の夏は、王都で過ごそう。
秋は収穫の時季だから、また春まで引きこもるぞ」
「……夏で、決着がつけばいいんだが」
それは、早い崩御を待っている言葉になるぞ、と、マルグリットはフラットを見遣る。
フラットは、苦い薬のように、酒を飲みこんだ。
フィッセル公爵は、王位継承第5位。
国王とは、20も歳の離れた腹違いの弟である。第一王子、つまり今の王太子と同い歳という公爵は、王領と爵位を賜り、臣下した。
で、あるから、その令嬢、セレーナ・フィッセルは、王太子の従姉妹となる。王子たちは、従兄弟甥だ。
王家独特の銀髪にルビーの瞳をもつ彼女は、まるで従兄弟甥の姉のようである。加えて、この美貌。
そして、中身は、肩書きに相応しい。
(本来この方の方が、王妃向きじゃない?)
ザビーネは、女主人として茶会を切り盛りするセレーナ嬢をちらちらと見ていた。
今、シャロンの円卓に挨拶している。
ザビーネは、聞き耳を立てる。
「マルグリット様は、次期生徒会に入られたのね」
「はい。微力ながら、お手伝いさせて頂くことになりました」
「心強いわ。私の後、女子生徒が居なかったから心配していたの」
「お教え頂けたら、嬉しく思います」
(お、上手にやりとりしてるわあ)
まるきり母親目線である。
セレーナは、嬉しそうに、
「よろしくてよ。ふふっ。アルバーンは石頭ですもの、攻略法を伝授いたしますわ。
今年は領地に戻られますの?」
「いえ、父が夏はこちらと。ですので休暇中も王都におります」
セレーナは、じゃあ!と手を一つ叩き、
「是非またいらして。ご招待して宜しいかしら」
「も、勿論です、是非!」
シャロンは早口で返事をして、少々声が大きくなったことに、あっ、と口を覆った。
柔らかい優しい表情で、セレーナはシャロンを見遣り、直ぐに文を出しますね、と、優雅にその円卓を去った。
……みーつけた。
ザビーネは、キャロラインの演説を思い出す。
(いい?ビアンカがこの間言ってくれたように、シャロンはとんでもなくお嬢様だという事を私たちは今一度、考えなくちゃいけないわ)
それは、パジャマパーティーの直後の編集会議の事だった。
(これは、父の受け売りなんだけど、マルグリットといえば、伯爵と言えどエラント立国からの名家。事実上は侯爵とも並び立つ位置にある。その一人娘が、なんの淑女教育を受けてない事は、伯爵の責任だけど、何とかしなきゃならないと思うの)
中等部の女子生徒が、何とかしようと言うのも、凄いのだが。
(第一段階として、生徒会に入った。次は、女性としての振る舞い。
作法の先生をつけるのは当然ね。でも、必要なのは高位貴族の御令嬢とお付き合いする事よ。
私たちでは、残念ながら、教えてあげる事は出来ないでしょう?)
まあねえ。自由奔放なおとつーだもの。
(淑女の所作、社交術、纏う空気というのかしら……そういった上品さを習う年上の女性とのお付き合いが大事だわ。
あのシャロンにそれが備わったら、最強だと思わない?)
思うわ。
真っ直ぐで、素朴で、可愛くて、賢くて、優しくて
(キャロライン。この方よ!
セレーナ・フイッセル公爵令嬢、
完璧な淑女!)
そう結論づけた時、隣の円卓から、よく通る声が聞こえた。
気づけば周りも、ちらちらと様子を伺っている。
「……あら、嫌味ではないですわ。ただね、ほら、女主人としてはどうなのでしょう」
(……うわ、ミリア嬢だ。
セレーナ嬢にマウントとってんの?)
「本日は、お客様が多いので、席順に失礼がないように、円卓に致しました。ご挨拶は年長の方がいらっしゃる卓から、回らせて頂いています。ご不満でしたか?ダンブルグ様」
セレーナの声が硬い。
感情を押し殺している様子だ。
ミリアは、周りを見回して、ふん、とセレーナを見上げる。
「そうね。何故私が、この席なのかしら」
「風の通る、良席かと」
「ご配慮どうも。ですが、同じ公爵家とすれば、もう少し早くお声が聞きたかったと申し上げましてよ?」
(はーん。席順と挨拶が遅いことにイチャモンをつけてるわけね)
ミリアという女は、どうしてこんなに敵を作るのが上手なのだろう。
「それはそれは。
王妃教育を受けられている方から、ご意見頂くとは思いませんでした」
「そう?私も、王家の親族に、もの知らずがいるとは存じ上げませんでした」
「ですが」
セレーナは、一呼吸おいて、
「この茶会の作法は、今の王太子妃がお若い頃になさったのと同じです。貴女、未来の姑を否定なさいますの?」
「……。」
(うぉう)
セレーナの一勝。
「それから」
セレーナは、ダメ押しの一発。
「同じ公爵家ではございますが、本日主人役として、侍女の近くに私の席はございますの。まさか貴女を末席に置くことは考えませんでしたが、それもご不満ですか?」
「……くっ」
(キャリー!この場に貴女が居ないのが、こんなに残念だなんて!)
ざまぁ大好きザビーネは、この顛末をキャロラインが記事にして欲しい!と、心で悶絶した。
では、お楽しみ下さいませ、と会釈をして踵を返すセレーナに、ミリアが
「……さすがに、王家を奪おうというお宅の方は、違うわねー」
と、呟いた。
と、いっても、ザビーネに聞こえるのだから、セレーナにも聞こえている。同席の方々が
ミリア様……と、流石にたしなめるのだが、ミリア嬢は平然としている。
「それは何の冗談ですの?」
セレーナが振り返って尋ねる。
ミリアは紅茶に口をつけてから、
「あら、今王宮では、持ちきりのお話よ?フイッセル公爵様が次の皇嗣になられるけれど、その権勢を王子殿下に譲るとは限らない、と」
「それは、まるで、父が国を取るように聞こえますが」
「私が言っているのではないわ。
私は、エルンストの婚約者です。
エルンストに仇なす者は、許しませんわ」
(キャリー!
凄い事になってんだけど!)
王弟のフイッセル閣下
対
エルンスト第一王子 の、跡目争い?
「……なら、言動にお気をつけなさる事ね。安易に人の言う事に振り回されるようでは、王妃は務まりません事よ」
「ご心配痛み入ります。
貴女も、重んじる相手を間違えると、反逆者の誹りを受けましてよ?」
ミリアは立ち上がり、
「ご挨拶も済んだ事だし、退出させて頂きますわ。素晴らしい茶葉と菓子でございました」
会釈をするミリアに、セレーナは無言。いや、無言を返した。
(うわ、キャロライン!
早く帰ってきてー!)
ザビーネは、この件について、キャロラインと話したくてしかたがない。どうなってるんだ、王宮は!
一方のシャロンは、
じっとその有様を見つめ、考えを巡らせていた。
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