王都の夏 急変の予兆 1
すみません
オッサン二人が話をしているだけの場面です
シャロンでません
おとつーいません
フラット邸は、王宮の南に位置する。いわゆるタウンハウスで、それぞれ階数を競うかのようなマンションタイプである。
マルグリットのように、王都の外れ近くだと、広い庭を有した館が作れるのだが、王宮に近い場所は、人気がある為、タウンハウスが林立するのだ。
「マルグリット伯爵!」
「フラット侯爵、久しいな」
フラット侯爵は、マルグリットより歳若い。壮年にようやく足をかけた位である。
栗色の髪と、その童顔を隠したいのか、髭を育てているが、それでも榛色の瞳の大きさがアンバランスだ。
「昨年の夏以来、一年ぶりじゃないか。この田舎者め」
「ふ。お前みたいなヒョッコが侯爵様だものな。王宮ではその髭で反り返っているのか?」
くすくす笑う侯爵に、爵位ではない友愛を感じて、マルグリットは嬉しく思った。
積もる話は中で、と、通された応接室には、少年が待っていた。
「伯爵。ようこそお越し下さいました」
「アンリ君、だったね。先日はありがとう」
嫌味のない笑顔に、アンリも笑顔で応じる。
「父が、執務を投げ打って待っておりました。積もるお話がお有りでしょうから、私は後ほど参りますので、是非お話をお聞かせ下さい」
「おう。北の農政について、だったな。シャロンもよく、私に意見をくれるんだ。君の意見も、楽しみにしている」
アンリは、満足げに会釈をし、退出した。
フラットは、相変わらずだ、とマルグリットを見る。
(こんなふうに、相手を魅了するのが、天然なのだから、この男は全く、人たらしだ)
王宮に勤め始めた時に、知り合った二人は、年齢差を越えて親しくなった。
フラットが若い頃のマルグリットは、剣も強いが鋭い言動で官吏を動かす大臣だった。年代の括りでは、一つ抜きん出た存在。
妻を娶り、爵位を受け継ぎ、王宮での存在がかけがえのないものとなった時、
マルグリットは職を辞した。
領主として、国の開発に専念すると、引きこもったのだ。
給仕が黒い液体のカップを置く。
「……珈琲か」
「息子がナダルカンドで覚えてきた。どうだ」
「南方の果実の種だそうだな。なるほど、ミルクと砂糖を入れるのか」
応接室で、給仕がいれたそれは、苦いが癖になる香りである。紳士には、葉巻同様流行るのではないかと、マルグリットは思った。
「……ナダルカンドか。どうだったのだ、息子の人質生活は」
「一応は留学だぞ」
「公然の秘密だろうが。先方とは条約を結ぶ際の条件に、王族の長逗留を示してきたんだからな」
12歳になったばかりのヴィルム王子を手放すのは、エラントとしては痛かった。しかし、第一王子を出す訳にはいかず、他の王子王女は幼すぎる。
そのヴィルム王子に随行した一人が、アンリだった。
「この時季に帰国とは、やはり陛下か」
「陛下が身罷る前に、国同士が対等であるうちに、返してほしかった。
まあ、それも、内政的には、微妙何だが」
王宮や夜会では決して出来ない話をあけすけに語る。マルグリットが本日侯爵家を訪問した大きな理由だ。
「どうした」
「王太子殿下の御代は、当分盤石だろう。偉大な陛下の後だけに、諸国とは少々荒事もあるかも知れないが、妃殿下が筆頭公爵の出だからな。しかし」
「王子か?」
フラット侯爵は、苦い顔で、珈琲を飲み干す。
「そうだ。……線が細い。
実直だが、ゆとりが無い。
誠実だが、腹芸が出来ない」
(これはまた、辛辣だな)
「それは、お前の評価か。まだ15歳だろう」
「案じているのは、エルンスト殿下の」
フラットは、自分の胸を軽く叩く。
「ここ、だ」
「そんなに?」
「ああ。オージエ侯爵の息子が側近候補で、そこそこ周りは固めてあるんだ。けれど、ご本人の線が細いと、まあ、不安だな」
「王太子になってしまえば、格が人を育てるさ」
「なれば、な」
剣呑な話の成り行きに、マルグリットの顔が曇る。
「……何が言いたい」
「男子成人は、二十歳だ。
成人まで、嫡子であっても、王太子にはなれない」
「と、なれば、エルンスト殿下が成人までは……そうか、フィッセル閣下が皇嗣を務めるか」
フィッセル公爵。
国王の歳の離れた弟君である。
「そうだ。
フィッセル閣下をそのまま、国王にする勢力が大きくなる可能性も出てくるのさ」
「ううん……。
ダンブルグが第一王子
フィッセル閣下とは相対するな。
そこに、オージエ侯爵がどう絡むか」
「いや、問題は、それだけじゃない」
フラットは、酒でもどうだ?
と、誘った。
マルグリットが応じる。
メイドを呼ぶと、すぐに、と答える。
「ヴィルム王子だ」
マルグリットの回転は速い。
「お前の息子も利発だが、王子はそれ以上か」
「器が大きい。想定敵国だったナダルカンドで王族と渡り合い、親交を作り、国王からは王女の婿に、と、打診があった位だ」
(おう、第二王子の話となると饒舌じゃないか)
そうなると。
「フィッセル王弟殿下
エルンスト殿下
ヴィルム殿下
貴族の勢力分布が変わるな」
フィッセルには、現体制に不満のある貴族が阿るだろう。
しかし
フィッセル公爵に、その欲があるかは不確定だ。
エルンストには、婚約者の親のダンブルグ公爵と、側近候補のオージエ侯爵がいる。大きな勢力だ。
しかし、当人がポンコツか。
ヴィルムには、……こいつか。……弱いな。
ただ、優秀となれば、フィッセル次第では、貴族が動くな。
「お前の他に、いるのか」
「貴方はどうするんだ」
勧められたブランデーをちびりと舐める。
「私は北の伯爵だ。政局とは無縁だ」
「筆頭伯爵がふらふらしていては、違う風評が立つぞ」
「違う風評?」
フラットは昏い笑みで、ぽそりと言う。
「独立だよ」
エルンスト可哀想です。
次は、キャロライン。
エルンスト、更にポンコツかも。




