シャロン ドキドキする
短いです
「君って、多情なの?」
帰りの馬車は、二人だけだった。
伯爵は、親交ある貴族と話していた
(呑んでいた?)ので、シャロンの疲労を考えて、コールが付いて帰宅することにしたからだ。
「……え、それは?」
「私以外の男と踊った」
コールは、ムスッとそっぽを向いている。向き合って座るシャロンを見ようとしない。
「……怒って、るの?」
「拗ねてる」
(え?)
コールは馬車の小さな窓の外を見ている。夜もふけて、街灯の列しか見えないだろうに。
「アンリ・フラットと踊った
私より嬉しそうだった」
(拗ねてる…って)
嫉妬?アンリと踊った事で?
え、コールって、そんなキャラだった?いつも、高圧的で私をぞんざいに扱って…
違う。
この頃のコールは、私に甘い。
えっ、本当に、拗ねてるの?
言葉遊びじゃなくて?
「シャロン、ごめんなさいは?」
(はあ?)
「謝って。謝らないと、抱きしめるよ」
(何なの?)
コールはようやく正面から、シャロンを見た。その目は怒っていない。けれど、口元は笑っていない。
「ごめん、なさい」
「何が?」
(めんどくさい!)
「アンリと、踊った事」
上目遣いに、シャロンが応えると
「アンリ?何故フラットをそう呼ぶの?」
と、声が変わった。
そこで初めて、コールは演技を振り捨てた。はっ、と自分の言葉に気づいた時には、コール手が出た。
(ぶたれる!)
シャロンは、反射的に身をすくませた。少しでも、痛みが小さいように。
が。
(え?)
柑橘系の香りと温かさが、縮こまったシャロンを包んだ。
温かさが、コールの腕だと分かった時には、その胸に顔と身体が密着する。
「他の男を呼んではいけないよ。
私を嫉妬で焦がすなんて、
君はいけない子だ」
(え、今、私、コールに抱かれて、る?)
ドキドキする。
柑橘の香りの中に、違う香りが混ざる。
男の人の、匂い……
「シャロン」
耳にコールの息が、いや、唇が触っている事を意識して、心臓が跳ねる。
「君は私のものだよ。
私以外、その可愛い声で呼んではいけない。
わかる?ほら、こんなにドキドキしているのに」
(そ、それは、私の方が!)
今顔を見られたら、生きていけない。その位、シャロンは恥ずかしくて、茹で上がっていた。
「さあ、シャロン。
ごめんなさいは?
そして、誓って。
私だけを呼ぶと」
(コ、コールって、こんなに独占的だったの?
こんなに、情熱的だった、のお?!)
眼鏡のせいだけでなく、目がぐるぐるする。心拍数が急激に上がったせいだ。密着しすぎて、息も浅い。
ドキドキが止まらない。
「ごめん、なさい
貴方だけよ
わ、わたし、の、婚約者ですもの」
抱え込んだまま、コールは、甘く甘く、耳元で囁く。
「そう
それでいい。
可愛いシャロン。これでも私は随分我慢しているんだよ?
まだ幼い君だから、君が成長するまで、と、男の欲を出さないように」
(よ、欲っ?)
その言葉に、一層シャロンはドキドキする。
「悪い子だ。私に行動させるなんて
さあ、私を呼んで」
「貴方、だけよ……コール」
コールはシャロンの声に、女を感じて、満足気に嗤った。
そっと身体を離す。馬車の大きな揺れに、とん、とコールはシャロンの隣に腰を落とした。
そして、シャロンの髪にキスを落とす。
「君には、私だけ。
私だけが、君に愛される。
分かっているね?」
「ええ。コール。貴方だけよ」
(私の様な女に、これ程の想いをくれるのは、この人だけ)
「それでいい。それでこそ、私のシャロンだ。
本当に、残念。
速く成長してね」
コールは、再びキスを落とす。
今度は、額に。
シャロンは潤んだ瞳をコールに向けた。コールは、売って変わって、ニコニコと、身体を離して、向かいに座り直す。
シャロンは、気が付かない。
コールがこの甘い時間に、一度も自分を愛している、と、言っていない事に。
シャロンが自分のものだとしか、言っていない事に。
 




