シャロンのデビュー その4
「コール」
ホールを見遣って、物色していた金髪に、声をかけたのは、ザビーネだ。
「こんばんは」
「ほう。私がお嫌いなのではなかったかな」
「さあ、どうだったかしら」
ザビーネは、発泡酒を手に取った。
コールにも渡す。
「学園とは違った魅力だね、ザビーネ。君は情熱的で美しい」
「貴方は、何時でも素敵よ。でも……もう少し、大人にならなくちゃ、シャロンの心は掴めないわよ」
「……」
コールとザビーネのペアは目立つ。
黒髪でスパンコールが煌めく黒のドレスのザビーネ。金髪碧眼の美丈夫コール。二人とも長身だから、余計に人目をひく。
「驚いたな。君は、君たちは、私とシャロンの仲を認めていないものだとばかり」
「貴方なんか認めてないわ。シャロンの婿となるからには、相応の勤めを果たしなさいよ」
彫像の様なコールの横顔に、
ザビーネの陶器の頬が触れる。
(好きだ好きだが、努力じゃないわよ。貴方が代筆して貰った事なんかお見通しだからね)
そっと耳打ちしたザビーネの言葉に、さっとコールの顔に朱が捌ける。
ザビーネは、ふふっと、猫の様な目で彼方を見遣る。
そこには、シャロンが無骨な父親とカクカクしつつも、踊っている姿があった。しっかり眼鏡で父親と向き合っている。
心からの笑顔だ。
二人とも、楽しくて仕方がないという表情だ。
「伯爵がムスメ可愛さに、美醜が分からないなんて、思ってないでしょうね」
ギクリとコールの肩が動く。お見通しである。
「海千山千の伯爵が、そんな訳ないでしょ?あれは本気であの眼鏡シャロンが可愛いのよ。
貴方みたいに、上っ面でなくて、真に美しいとは何かをご存知なんだわ」
(ふん、そんな御託は聞き飽きた。見た目の値打ちが無くては、何が美しさだ)
(まーだ、自分の物差しが正しいと思ってるんだから)
ザビーネはコールの顔に、まるで言葉が書いてあるかのようだと思った。
「あのシャロンを受け止めない限り
、貴方は伯爵になれない」
「……」
曲が終わる。
「頑張って。私たちは、シャロンの幸せを守りたいの」
そう言って、ザビーネはコールのもとを離れた。
「ああ、お父様ったら、巫山戯てばかり!」
「何を言う。お前との身長差がな」
クスクス笑う二人の元に、少年が挨拶に来た。黒の燕尾服。デビュタントだ。
「マルグリット伯爵とお見受け致しました。ご挨拶させて頂いても?」
(ありゃ、ま。
先を越されたわ)
マルグリット伯爵に挨拶をしようと、ザビーネが歩み寄ろうとした時に、さっと身を進めた少年がいた。
「アンリ・フラットと申します。お見知り置き下さい。シャロン嬢とは学友です」
「ほう、フラットの」
(あら、例の質問君じゃん)
コールの発表に突っ込んでた子だ。
そして、名前呼び君だ。
「ほう。フラットもこんな大きな子の親になったか」
「父を?」
「おう、腐れ縁だ」
「初めまして!マルグリット伯爵様、シャロンの友達のザビーネ・ライグラスでございます」
「まあ、ザビーネ!」
「おや、君もか」
「あ、5年の……」
ニコニコとザビーネは突撃する。
「フラット様、シャロン。
デビューおめでとう」
「ありがとう……わあ、ザビーネ綺麗」
「うふふ。シャロンは何時でも可愛いわよ〜」
トンビに油揚げ取られた気分で、アンリは伯爵に話しかける。
「王都に、中々在留なさらないとお伺いしました。お会いできて光栄です」
「ふ。田舎の方が、性にあっている」
「農政に興味があります。特に、大型農法や品種改良に」
懸命にアピールしてくるフラットが、可愛らしく感じた伯爵は、
「ほう。……時間を貰えるか?
フラットにもお会いできると何よりだ。訪問しても?」
「ありがとうございます!」
そんな成り行きを見ていたシャロンとザビーネだったが、ザビーネがニンマリして、
「ねえ、フラット様
晴れてデビューなんだから、シャロンと踊ったら?」
「えっ」
「ええっ?」
「うふふ。ほら、次はスローな曲だから。初々しいわあ〜!行ってらっしゃいな」
アンリは真っ赤
シャロンはアセアセ
わかりやすい二人である。
「……でも!私、目が、眼鏡がないと、怖くて!」
「そのままでいいですよ?」
「えっ、だって、私の眼鏡は醜いと」
アンリは赤い顔のまま、
「誰がそんな事を
シャロン嬢は、美しい。
今日は、お洒落をして、一層」
私は、眼鏡の、貴女も、好ましいのに……
と言う小さなアンリの呟きを聞き逃すザビーネでは無かった。
「おう、シャロン、行ってこい。
私は少しこの美人と話がしたいからな」
(あら、ま。お見通しね)
父親にも、押し出されて、シャロンはアンリの手を取った。
「……踏まないように頑張りマス……」
と、恥ずかしがった。
アンリは、物凄く、物凄く張り切って
「参りましょう」
と、真っ赤なまま、ホールに誘った。
二人を見送って、ザビーネは改めて伯爵に向き合った。
「伯爵。いつもシャロン嬢には、お世話になっております」
「こちらが言うべき言葉だな。王都では、あれは学問に突き進んで、人に興味を示さなかった。君のお陰だ、礼を言う」
「いえいえ、私だけではございません。ジュゼッペ、アズーロ。シャロンには学園の最強が付いておりましてよ」
伯爵はからからと笑い。
「最強か。こんな美しい最強なら、正しくそうであろう……ライグラス殿、だったな」
「はい。男爵の娘でございます」
伯爵は、好ましそうにザビーネを見て、飲み物を手渡してくれる。
「そなたは、心より娘を可愛がってくれていると見受けた。これからもお願いできますか」
チン、とグラスを当てて、ザビーネは微笑む。
「喜んで」
ザビーネは心からの微笑みを返した。
ふむ。
この父親は、人の真意が読める懐の深い男性と見受けた。
(だったら、なぜ、コールなのかしらね)
ザビーネは、ぎこちなくもそれなりにリードするアンリを見遣った。
(さてさて、コールはどう出るかしら)
ザビーネは、悪〜い顔つきで、金髪を探した。
「お、コール。やっと捕まえた」
コールは、歳上の友人に出会った。
高等部や、騎士予科に進んだ悪友達である。
「お前、伯爵の娘と婚約したんだって?」
「驚いたよ。眼鏡のぐるぐると!と思ったら、眼鏡を取れば、なかなかの美形じゃないか」
(間に合ったか)
コールは、背中の汗を感じた。
下手にシャロンの言いなりになれば、今頃笑い物だ。
「ああ。まだまだ子供だが、結婚する頃には、お前たちには手が出せない程の貴婦人になるさ」
「なーんて。一人で満足する奴じゃないだろう」
「そういや、さっき、凄い色っぽい黒髪と話してたよな。紹介しろよ」
ふん。
あんな女。
「お、デビュタントのダンスだ。
おい、コール、あれ、お前の婚約者だろ?」
「……くく。まだ眼鏡だよ。あれさえなきゃなあ。滑稽だよなあ」
(誰だ?誰と……あれは!)
悪友の心無い言葉も半分に、コールはホールのシャロンを見て、そして、
(あれは、レポートの!)
そう
自分に赤っ恥をかかせた男だ!
確か、確か、アンリ……
アンリ・フラットは、優しい目で、シャロンを見つめながら、ステップを踏んでいた。
コールは拳を握りしめ、その二人を睨みつけていた。
アンリ。君は私の創作ノートでは、腹黒のクールキャラだった筈だ……みんな、殿下と妃が持っていったのかな?




