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シャロンのデビュー その2

「ほう、コール殿が」


マルグリット伯爵は、領主会議を終えて、夜半戻ってきた。


「デビューの時の髪飾りをお持ちになられました。お嬢様は、それはもうお喜びで」


「ムコ殿に先を越されたか」


伯爵は苦笑しながらも安堵した。


先日ロイから聞いたコールは、それはもう酷い男だったからだ。

ローラン家が諸手を挙げて決まった婚約だと言うのに、本人はシャロンに不満で、ないがしろにしていると。

逢いに来たのは、婚約初日だけで、文はくれるものの、贈り物は、薔薇のブーケひとつのみ。

財産狙いの婚約だとは、分かっているが、しみったれた話である。


「お嬢様の魅力に気づかれたのでしょう。それはもう、日に日に開く薔薇のようで。よいお友達もできたらしく、先日は皆さんでお泊まりになって。若い女性の楽しげな声というのは、良いものですな」


そう。

友まで出来た。

婚約が、いい風をもたらしたと思いたい。垢抜けてきたシャロンに、コールも思い直してくれたようだし。


ローラン家は、騎士を輩出する堅実な筋である。多分、多感な時期を過ぎれば、あの婚約者もきっと落ち着く、そう思っていたが、案外と早かった。


ただ。


「そのお友達のジュゼッペ子爵のお嬢様からですと、第二王子がシャロン様にご執心との事らしいのです。

学園でも、シャロン様をお慕いする学生がいるとの事。是非ともコール様には頑張って頂かないと」


ロイは、マリーさんに修行させてもらっているユーナからの情報を伝えた。キャロラインが気を利かせて、ロイの耳に入れたかった様だ。


「王家は困る」


伯爵は、苦い顔をした。


「是が非でも、コール殿好みに仕立てるがいい。ドレスはどうなった」


「エイダ様のデビュッタントの衣装が良いとおっしゃって。身体には合わせてございます」


「新しく作らなかったのか?あいつの倹約ぶりには困ったものだな!何年前だと思ってるんだ、お前は助言しなかったのか?」


目を剥いて、伯爵がロイを責めるが、老執事は、飄々と

「旦那様は、ご婦人の世界を何一つご存知ありませんな。お嬢様の目は確かでございますよ。

流行りのものより、お嬢様が映えます。流石アネット子爵のお持ち物です」

と、返した。


ロイにすれば、今頃になって、シャロンの衣装に口を出すのであるから、もはや、である。娘を攫う男が明らかになった途端、親の顔をしたがるのが可笑しい。


「そうか……エイダは、まだこの館にいるのだな」

伯爵は、暖炉の上にかかる貴婦人の肖像画を見遣る。


「奥様の品は、丁寧に保管してございます。それが、私、アネット子爵付きでございました執事の勤めでございます」

そして、今はシャロンの。


「そうだな……」

肖像画のエイダは、輝く赤い金髪のうねりを垂らし、背中が大きく開いたドレスで、振り向いて微笑んでいる。


エイダ。

子供が、娘になってきたよ。

お前に、似てくるシャロンを

どうか幸福に導いてやってくれ。





「……お、お、……シャロン、君は、なんという、……」


応接室で伯爵と緊張しながらも、支度を待っていたコールは、扉が開くと、立ち上がって、感嘆した。


「……素晴らしい。

美しいよ、シャロン。

私の蕾」


「まあ。ありがとうございます」


そこに立つ令嬢は、もはや瓶底の跡形もない。


デビュタントだけが着る白いドレスは、タフタの光沢が、パールビーズの細かい網目模様に縁取られ、夜会の華やかさに相応しい。

髪は片側へ編み込んでウェーブで流し、その豊かさと艶があればこそのスタイルである。ここにもパールビーズを編み込んで、コールからの髪飾りを纏めた中央に刺している。

白い肌が、ほんのり桃に色づいて、華奢な肩をチュールレースの小さなオフショルダーの袖が強調する。

そして、胸元には


(凄い)


マルグリット家の宝、血の色のルビーである。

髪色と趣きは異なるが、深い深い紅は、角度によってぎらりと光る。闇と光を同時に持つそれは、赤ん坊の握りこぶしほどもある。ティアドロップ型にダイヤと黄金が縁取る。

後手に回った伯爵が、シャロンに譲り与えた逸品である。


「今宵、君と踊るのが楽しみだ。けれど、他の男は、断ってくれるね?」


長身のコールも、今日はえんじ色に赤と金の縁どり。

シャロンの色である。


「お熱いところすまんが」

伯爵が苦笑しながら、割って入る。


「父とは踊れ」

「まあ、お父様、ご命令なのね」

「そうだ。まだ婚約者に伺いを立てる筋じゃない。そうだな、コール」

「お言葉のままに」


はっはっは!と快活に笑う伯爵と

にこやかなコール

そして、艶やかなシャロン


一家の幸せな空気に、心が熱くなるロイだった。






「今夜のデビュタントはどんなだ?」

「うむ。セルリーの末娘が中々の美形と聞いたぞ」

「姿で言えば、ビュハル伯爵令嬢かな」

「コール、お前の下馬評はどうだ?」

(お前らには、思いもつかない人だよ)


コールは、優越感に満ちていた。

あれ程のドレスと宝石を纏っているデビュタントがいるはずがない。

誰もが驚き、誰もが魅了される美少女が、今夜デビューするのだ。


デビュタントは、列を成して登場する。皆が皆、男性は黒の、女性は白の衣装で、男女で手をとって正面の貴賓席に向かって横並びとなる。

さしずめ、品評会と化す。


本日の主席は、王妃殿下。


今年は、国王陛下が伏しているため、代理を立てるかと思われたが、孫の第二王子婚約者の下見も兼ねて、ご臨席なさったともっぱらの噂だ。


だから、デビュタント以外の若い女性陣も、宮廷舞踊会に繰り出している。当の王子は来ていないのに、だ。

いずれ劣らぬ華々達。コールの友人達が色めきたつのも当たり前だった。



「お、お出ましだ」


ファンファーレと共に、まだ歳若い男女が組になって、晴れやかに登場した。


「おっ、3番目、セルリー嬢だぞ」

「お前の言ってた金髪は、あれか?

うんうん、お前好みだ」



(ふ、驚け。そして、俺に尋ねろ)

あの少女は、誰だ?

と。


「おい、あれ、見ろよ!」

「見てる見てる、赤い金髪!」

(そう、それだ)


その美しさに見蕩れ、尋ねてこい。

あれはどこのご令嬢か、と。


「……あれは、……ないわー」

(え?)

「見ろ見ろ、コール。

すげえドレスと宝石なのに、あの顔じゃあ、浮き上がってしまうよな」

(何だと?)


デビュタントの列の中程。

黒髪の少年と手を取って入場した小柄な赤い金髪。


そこには、

煌びやかなドレスに、瓶底メガネをしっかりとかけたシャロンが、

にこにこと、歩を進めていた。



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