シャロンのデビュー その1
「お嬢様。お手紙が届いております」
朝食をおえるタイミングで、ロイが声をかけてきた。
「私?……あら、コール様だわ」
花束以来、放置されていた気がするが、急にどうしたのだろう。
白い便箋に黄色い小花が添えてある。ほのかに柑橘の香りがする。
「……本日伺いたい、って。
ロイ、急にどうしましょう。
お父様も会議でいらっしゃらないのに」
「お嬢様」
ロイがにこにこと応じる。
「婚約者が訪れるのは、当たり前の事です。むしろ、今まで疎遠だったのがおかしかったのです。
ご当主さまがこちらにいらしたのを耳にしたのでしょう」
ご準備を、というロイの言葉に、シャロンはソワソワした。
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「……う、あぁ、暇っ!」
ザビーネがキャロラインの部屋で、伸び伸びする。
「私は忙しいのよっ。
貴女、社交があるでしょ」
せかせかと、書き物をするキャロラインは、振り向きもせず応える。
「あんなもん、父の顔を売ったら、はいおしまいよぉー。エンツォは、国境に行ったっきりで、夏は帰らないしー」
「ビアンカに、相手して貰って」
「ビアンカは、お家の商売のお手伝い……ねえ、明日行くの?」
「そう。だから、こうして無沙汰するおことわり状を書いてるの」
夏は学生陣の社交も活発になる。
各地の領主一族は、良縁を結ぶために娘達息子達を引連れて、茶会や夜会に繰り出すからだ。
逆に、王都に住んでいて、尚且つそのような〈婚活〉が逼迫しない貴族達は、避暑地へ赴く。
中には、避暑地から王都へと、〈縁談〉の為に、行き来する場合もあるのだ。
そのため、学園は、夏に長い休暇に入った。所謂〈国あげての婚活休み〉である。
しかし、おとつー三人娘は関係ない。
ザビーネは、婚約者が軍にいるため、遠距離恋愛だし、
ビアンカは、元より平民。
唯一、官吏である婚約者と親交を深めるべきキャロラインは……
「アズーナ王国の立太子式よ。
各国の貴人が参集するわ。
これをのがしては、おとつー代表の名がすたる」
「いいわねえ。大使の御令嬢で。
チェイニー様も行くんでしょ?
いいなぁ〜」
チェイニーとは、キャロラインの婚約者の官吏だ。
少し頬を染める。
「……チェイニーは、エルンスト殿下のご出席に係る事務方で行くの。別行動だし、仕事よ?」
「でも、祝賀会には、同伴するのでしょ?異国の夜会にー。素敵ぃー」
「両親が一緒だってば」
キャロラインの父は現在アズーナ王国へ大使として駐在している。国の大きな寿ぎに、一家で祝いに出る事が必要だった。
「はあー。キャリーも、何気に良いとこのお嬢様よね。シャロンと一緒で」
ピクリ、とキャロラインのペンが止まる。
「ザビーネ」
「何?」
「監視して」
「何を?」
振り返ってキャロラインはザビーネにガバッと突っ込む。
「……夜会の時は、ローランを。
茶会の時は、ミリアを、よ」
ふ、む。
ザビーネは納得する。
「シャロンが蔑ろにされないように、という事ね。来週だっけ、デビュタントの披露」
「……シャロンもこの夏で13歳ですもの。私の居ない2週間は、多分シャロンにとっては、社交の洗礼を浴びる事になるわ。守ってあげられるのは、貴女だけ」
「そうね。
学内と同じ位置関係で、煽られたり、虐げられちゃ、シャロンが元通りになっちゃう」
「夜会は伯爵と出るだろうから、とてつもない事は起きないわ。問題は、茶会よね」
ザビーネが、ブツブツと呟きながら、例のなんとやらゲームの世界に入っていった。
(お願いね、ザビーネ)
勿論シャロン自身が、立ち回らなければならないのだけれど……
(このまま、指を咥えるタマじゃないわよ、ミリア嬢は)
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「私に、これを?」
シャロンはコールから受け取った
金細工の髪留めをしげしげと見つめた。
「王都の職人の中でも、腕のいい者の作品だよ。今度のデビューに是非、つけて欲しくて」
「コール様のお色……」
「そうさ。ドレスは白と決まっているからね。せめて飾りで君と居たいんだ」
シャロンは、その見事な細工に感嘆する。繊細なレースの様な花の中央に、我が家の象徴の小鹿が立つ。
(家紋を尊重して下さって……
しかも、ご自分のお色)
「君がこの頃、お洒落に気を配っているのを見て、気がついたんだ。
私の為に、頑張っているのだろう?……男冥利に尽きるよ。
まだまだ君はつぼみの花だ。
その花を私好みに仕上げるのは、婚約者の私の勤めであり、喜びだよ」
蕩けるような瞳で、コールはシャロンの手をとり、指に口付けを落とす。
シャロンは心が満たされる。
この人は、心無い事を言っていたけれど、分かって下さったんだわ……
そして、
私を好ましいと
ふさわしい女に育てると、言ってくださるのだわ……
「ありがとうございます。コール様」
「呼び捨てにして?
明日は、伯爵はいらっしゃるかな。勿論、毎日訪問させて頂くよ。君に私が色々教えてあげたいんだ」
「嬉しいわ……こ、コール」
「うん。いいね。君が好きだよ、シャロン」
シャロンは、初めての呼び方に、ドキドキしていた。
そんなシャロンを見つめるコールの目は、
笑ってはいなかった。
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