東の城の茶会 その3
「あの、ヴィルム殿下」
「なに?シャロン」
王太子妃が退席すると、さっさと場所をつめて、シャロンの隣に迫るヴィルム。シャロンは、視界良好な為か、じいっと見つめるヴィルムにモジモジしている。
「あ、の、取材を」
「……ごめん、何だっけ」
「殿下が承諾したでしょう。
生徒会室で」
アンリが援護射撃する。
王太子妃がいないと殿下がべろべろである。アンリにすれば、この空気は是非とも変えたい。
「乙女通信ですよ、シャロン嬢を招きたいから、交換条件で」
(乙女通信?)
ミリアは、困惑する。
王子と乙女通信が何の関係?
「ジュゼッペ嬢がお待ちです。
その、王太子妃殿下がいらっしゃっていると聞いて、
『お目当ては貴女だから!私は別件でしょ?待たせて貰うから!』
って、別室を要求して、そこに」
(キャロライン!)
王宮で、キャロライン……
ミリアには、天敵に近い。
この間、生徒会に厳重抗議をしたが、その後の報告がなく、宙に浮いている。
(生徒会室と言ったわ)
では、私と乙女通信との関係をヴィルムもフラットも知っている?
……今ヴィルムの前で、不快を示すは悪手だわ。キャロラインとシャロンは仲がいい。そのシャロンにご執心なら……
相手が噛みつきさえしなければ、やり過ごせるか……。
「ふーん。一緒に来ればいいのに。気が大きいのか小さいのか、分からないね」
「……突然、王太子妃殿下に待ち受けられて、平気な人はいないとおもいますけど」
「それにしては、シャロンは堂々たる態度だったよ。うん、流石シャロン博士だよね」
「話を逸らさないで、キャリーのもとにおこしになりますか?それとも、キャリーを呼んで参りますか?」
「ここに呼べばいいよ。ミリア嬢、よろしいでしょうか」
……私?
唐突に振られて、やや困惑したが、この機会を逃せない。
「本日は、王太子妃殿下の講義を取りやめて、こちらにご一緒しましたの。私はこれで、お暇を」
「そう仰らず。貴女は乙女通信に抗議をされていたよね。今日は私のインタビューをご所望らしい。内容を把握する権利はお在りですよ」
くっ。抗議を逆手に取られたか。
あの女と、このシャロン。不愉快の倍増だけれど、逃れられないようね……
ゆっくりと、ミリアは座り直す。
シャロンは、いつも高笑いで煽ってくるミリア・ダンブルグが、やけに大人しい事を不思議に思っているのか、油断のない表情をしてミリアを見ていた。
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「本日はありがとうございます、ヴィルム殿下、あ、あら?」
キャロラインは、なんと制服で登場した。道理で妃殿下のもとに参上しなかったはずだ。
「ミリア嬢、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう。あら、ドレスが間に合いませんでしたの?」
(しまった)
猫を被るつもりだったのに、ついつい相手の穴をつついてしまう!
「学園生活の一環でお会いするんですもの。けじめの制服よ。
父の公務で、ドレスはそれなりに持っていますわ。シャロン程の品ではございませんけど」
キャロラインは早速の嫌味に、ふん、と応酬する。
ヴィルムは苦笑しながら、
「ジュゼッペ卿だね。調べさせて貰った。外交大使として国を背負ってくださっている事、真に感謝している。外国生活は、不慣れな事も多かったろう。私もそこそこ苦労したよ。
君の押しの強さは、育ちから来るのかな?」
「ありがとうございます。諸国の社交や大使館で、様々な位の方々にお会いした事は、私の糧となっておりますわ」
「心強いね。
社交は手馴れたもののようだね。
君のドレス姿は、次の夜会 に取っておこう。楽しみだ」
本当に王子はそつがない。
と言うか、舌戦に強い。
(王太子妃もキャロラインも、負けてないけど
家格の違いなど、この女には関係ないのか。子爵如きが、鬱陶しい。
大使の娘でなければ、貴人に相見えることなど、不可能に近いくせに!)
ミリアが、そんな腹の中で煮えくり返っている事も知らず、キャロラインは、いそいそと手帳を取り出して
「さて!
インタビューさせていただきます!殿下、お覚悟!」
と、やらかした。
捕縛されたヴィルムと肉食キャロラインをクスクス笑って、シャロンはアンリ・フラットを見遣る。
その視線を受けて、アンリの表情が柔らかいそれに変わる。
(ここは、ここで、お花畑)
居心地の悪さにミリアは、思わず菓子や果物に手を伸ばし、持て余した時間を過ごした。
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王太子一家の夕食は、この所ばらばらに取る日が増えた。
公務のない日は、無理をしてでも揃ったらしいが、如何せん王太子とエルンストが忙しすぎる。
10歳に満たない弟妹は、無論寝食は別にである。母は子供部屋に毎日詰めて、愛情を注ぐ。
ヴィルムは、母を敬愛している。
あれ程の賢女は居ない。
人を使う意味と意義をきちんと把握し、人心を掌握し、資質を見極める。
王制とはいいながら、大貴族とのパワーバランスをとり、枢密院のお歴々ともやりあえる女傑。
それでいて、女性として魅力的。
母として、愛情に満ち、
多分妻として、父を満たしている。
遅い一人の食事を終えて、そのまま珈琲を楽しんでいると、その母が食堂に入ってきた。
「あらヴィー。いい香りね、珈琲?」
「ええ、ナダルカンドですっかり覚えてしまいましたよ」
「私もご相伴しようかしら」
給仕に指示し、妃は席につく。
「あれからどうだった?」
昼間の続きが知りたいのだろう。
「面白い人物が来ましたよ」
「あら、まだいたの?」
「ええ。ジュゼッペ大使の令嬢、キャロライン。彼女、私を取材に来たのです。学生の活動だからと制服でね」
思い出して、ヴィルムはクスクス笑う。
「成程。それで私に会わなかったのね。ジュゼッペの娘なら、公式に紹介して欲しいと考えるでしょうし」
お見通しである。
それにしても。
面白かった。キャロラインの押しの強さとたくみな話術。情報の引出し方。
それでいて、不快にはさせない。位の上下も際どいところで踏み込まない。そして、あの柔らかい人懐こい表情と仕草で、つい話してしまった。
「諸国を回って育っただけあって、考え方が柔軟ですね。それでいて、マイルールは譲らない」
「良いわね……ジュゼッペに引き合わせて貰いましょう。
シャロンの友人でしょ?いい人に恵まれているようね」
「母上」
淹れたての珈琲が妃の前に置かれると、芳醇な香りが一際漂う。
「貴女のシャロンへの執着は、何なのです?」
「それは、貴方にも言えることね」
「私は初恋ですよ」
「本気で恋愛をした事のない息子のセリフとは思えないわね。せっかく留学させてあげたのに、色恋の一つも聞こえなかったわ」
「留学という名の、人質でしたから」
「……。」
二人は静かに、香りと苦味を楽しむ。
「私はね、ヴィー
逃した宝石が目の前に表れたら、再び逃すことはないわ」
シャロンの母と、どのような過去があったのかは分からないが、母が本気だと言うのは伝わった。
「それはそうと、ミリア嬢は気の毒だったな。兄上も、少しは婚約者の顔色を伺わないと」
暗に、昼間のあしらいをたしなめて見る。ミリア嬢はプライドの高い令嬢と聞いている。母の扱いは、まあ、褒められたものじゃなかった。
「貴方が向こうにいる時から、あの二人はこんな感じよ。
エルンストは、ミリアの顔色より自分の顔色を案じて欲しいものだわ」
おっと、ミリア嬢はスルーか。
母が見切るなら、そうなのだろう。
それより
母も兄を心配しているのだ。
「あの二人が見ているのは、王太子という座と王太子妃という称号よ」
その通り。
ただ、兄はその座の重さを感じ、押しつぶされそうになっているように感じるが。
(まずいな)
自分が帰国した時期は、これで良かったのだろうか。両国の繋がりが安定し、祖父が伏し、枢密院議会が活発になる夏を越さない今だと、判断したのは、早計だったろうか。
「ヴィー。貴方は昼間の貴方でいいの。せいぜい学生を楽しんで頂戴。外国で苦労した次男坊を甘やかす親との誹りは、私が持つから」
ヴィルムの思考を的確に読む母との会話には、混じり気がない。
「兄上をお願いします」
「そうね。
私の出来ることは限りがあるけど。
ヴィー。
エルンストも貴方も、私にとっては大切な息子よ。
でも、私は王太子妃。
そして、程なく王妃となる。
その立場に立てば、あなた達は息子ではなくなるの」
二人のカップは既に空になっている。
それでも、二人は席を立たずに、向き合っていた。
フラットが、フラットが、モブ化している




