東の城の茶会 その2
「あらシャロン嬢、眼鏡なの?」
「はい。このままでは、ぼんやりしか見えなくて……掛けてよろしいでしょうか」
「勿体ないんだけどなあ」
ヴィルム王子は、残念そうに呟き
「シャロン嬢」
「はい」
「10数える間、私を見て」
「?」
小さく首を傾げて、シャロンは王子の顔を見る。大仰にカウントする王子。
「ゼロ はい、いいよ、掛けても」
「???」
お許しが出たので、シャロンはいそいそとポーチを取り出し、眼鏡を掛けた。
「……あ、ああ!
本当に王太子妃殿下!」
シャロンは、はっきり見える妃殿下の風貌に、今更畏れ多い気持ちが湧き上がったようで、悲鳴をあげそうな口を両手で覆った。
「くっきりシワまで見えたかしら」
「はい、いいえ!」
「まっ、ほほほ」
焦るシャロンに、妃殿下が愉快に扇の下で笑い、一同が和んだ。
「シャロン嬢は眼鏡でも可愛いよ。なあ、アンリ」
「……。」
ポーカーフェイスで頑張っているアンリを揶揄うのもヴィルム王子は忘れない。
フラットが答えないのを見越して、妃殿下が
「ヴィー、貴方シャロン嬢の顔を目に焼き付けようと企てたわね」
と、息子をなじると、
「とんだ乱入者に主の座を奪われましたのでね。綺麗な令嬢を独り占めする位いいでしょう?」
と、ヴィルムも応酬する。
とにかく
妃殿下も王子も、機嫌がいい。
無条件で、シャロンを歓待している。
(なによ、何よ)
眼鏡をかけると、確かに瓶底嬢である。
しかし、先程の素顔を見てしまった今は、ミリアには何時もの優越感が消えてしまった。
(たかが伯爵家なのに!
まだデビューしても無いくせに!
何よ、磨きたてれば、
公式の訪問着なら、私だって)
ミリアは、思う。
……いえ、私の方が上に決まっている。
銀髪は王弟だったお爺様譲り。デビューしてすぐに、薔薇姫と名付けられ、学園では〈中等部の女主人〉の称を継ぎ。
なんと言っても、公爵家令嬢、しかも第一王子の婚約者なのだから!
でも。
こんなに機嫌よくくだけた調子で、妃殿下が接して下さる事は、あっただろうか。
自分の隣に座れと、言ってくださったことは、あっただろうか……
「私も執務では、眼鏡がかかせなくなったのよ」
「彼女には、言いつけてしまいましたよ、母上の二つ名」
「シャロン嬢。こんな息子の事なんか、振ってしまいなさいな」
「邪険にしないよね、シャロン嬢」
(どうして、お二人とも、この子に構うの?)
苛苛とした気持ちを隠せず、ミリアは口を開けた。
「……マルグリット嬢は、婚約者がいますのよ、ねえ、マルグリット嬢」
(思わず、話に割って入ってしまった。……無礼だった?)
「あら、そうなの?
だそうよ、ヴィー」
「存じていますよ。『それが何か?』ですね」
「シャロン嬢、やっぱりこんな息子、振っておしまいなさい」
そう言って、ほほほ…と笑ってシャロンを見る。
(どうして?
言葉をかけたのは私なのに、
どうして目線すらくださらないの?
どうして、妃殿下は
どうして、ヴィルム王子は
私はゆくゆく王太子妃、そして王妃になる身なのに!
妃殿下、貴女の後継者は、私なのに!)
その時、女官がすっと妃殿下の足元に近づき、小さく呟いた。
妃殿下は、短いため息を漏らし、
「お楽しみはここまでね。
シャロン・アネット・マルグリット」
「はい、王太子妃殿下」
「短い時間だったけれど、嬉しい再会だったわ。次にこちらに来たら、必ず私を訪ねなさい。話は通しておくから」
そして、妃殿下は、シャロンの手をとり、
「エイダ・アネットが残してくれた貴女は宝よ。
自分を大事になさい」
と、告げた。
その言葉に、シャロンは、はっとして、
「痛み入ります……」
と、やや掠れた声で応えた。
涙声を堪えた様な声だった。
妃殿下は、その表情に満足げに頷く。
そして、ジュディッド妃殿下は、威厳のある表情に変わり、席を立つ。
共にこちらに来たはずの、ミリアを置いて。
なんら気遣いも無しに。
振り返りもせずに。
退出する妃殿下を送るために、礼をとっていた一同の中で、ミリアは、下を向いたまま、恥辱に震えていた。
ミリア、ちょっと可哀想
妃殿下、あなたは姑根性ですわ。




