シャロン ほだされる
ジト目で見つめると、キャロラインはたじろぐ。
どうやらこの目は、私の武器らしい。近眼が強すぎて、裸眼の自分のがよく見えないから分からないんだけど。
「やっぱり行くのですか」
「まあねー、私がついてるから!」
「ついてるから?」
「あ、あははー」
特別教室棟の生徒会室は、1階の端にあるので、一直線だ。
「まあ、話を聞いて、お嫌なら、その旨お伝えするといいし?」
「どうして疑問形」
「あ、はは、えーと」
キャロラインが挙動不審になるのが、若干面白い。
生徒会。
まだ3年生の身で、しかも女。
到底、自分が相応しいとは思えない。想像も出来ない。
それに、乙女通信を手伝えと言っていたではないか。
そう、いじましく言うと、ビアンカが説得してきた。
(シャロンさん、貴女にとっての利益はね、保険よ、ほ・け・ん)
保険?
(まず、雑音のカット
例の公爵令嬢は、貴女をどうやって中傷しようか、虎視眈々よ。
役員という肩書きが、貴女を守ってくれるわ)
確かに、隙あらば、絡んでくるダンブルグ嬢とそのお友達とは、距離を置きたい。けど。
(第2に、貴女のお家に関わるの。
生徒会には、第2王子がお入りになるわ。王家との繋がりが出来れば、マルグリット家にとっていい事ではない?)
それは……
考えてはなかったわ。
確かに王都に来てみると、マルグリット家が如何に旧家か、思わさせられた。
(何よりね、貴女には自分で立つ将来も考慮しなくちゃ。
麗しのローランは、おつむが良いとは言えないでしょ?ひょっとしたら、ひょっとしたら、よ?貴女が爵位を継ぐ可能性が、ないとは、言えないでしょ)
……はあ〜……
シャロンは、何となくその可能性も案じていた。
(あの時)
叩かれた跡はないが、シャロンにとっては心の傷になって、あの場を思い出してしまう。
コール様との未来。
私自身が家を守るのは必然。
けれど、コール様が、婿に入らないと、言ったら?
伯爵の責務に耐えられないと言ったら?
……私しか居ないのだ。
(その時にはね、生徒会役員との繋がりや、OB達との繋がりが、貴女を守ってくれる。
いい?シャロンさん。
貴女は名門伯爵家の嫡子なの。
私たちとは、身分が違うの。
高位貴族とのお付き合いが必要なのよ)
ビアンカの言うことは、正しい。
学業に逃げても、家は立たない。
(遊びか勉強か、逃げているのはコール様と変わらないわね)
仕事内容を聞いて、無理があるようなら、お断りしよう。
そんな、多少後ろ向きな気持ちを持って、キャロラインに付いてきてもらったのだ。
なのに。
(どうして貴方がいるの?)
部屋に入ると、そこにいた全員が立って迎えてくれた。
会長のオージエ
副会長のアルバーン
会計書記のブノア
そして
「シャロン、さん?」
「アンリさん、どうして、あっ」
お互い名前が口をついて、狼狽え、赤くなる。
「何だい、名前呼びとは、お安くないね」
そう言ったのは、銀髪にルビーの瞳の少年である。
その言葉に、更に焦るシャロンとアンリを後目に、
「初めまして。
ヴィルム・エル・エラントだ。
この度、秋より4年生に転入するんだが、兄エルンストより、生徒会への参加は王家の慣わしと伺った故、本日こちらに伺ったのです。宜しく」
と、胸に手を当てシャロンとキャロラインに挨拶した。
…聡明そうなイケメンね!…
キャロラインが不敬にも、囁く。
「現会長のオージエです。ようこそ生徒会へ。
こちらが、次期会長のアルバーン君、そして役員のブノア君です」
侯爵子息のオージエが役員を代表して紹介する。
2人は会釈をした。
「シャロン・アネット・マルグリット 3年生でございます。以後お見知り置き下さいませ」
と、シャロンは深い敬意の礼をとる。
それにならい、キャロラインも名乗りと淑女の礼をとる。
遅れて、慌ててアンリも名乗りをするが、侯爵子息が末尾とは、やや間抜けである。
その位、動揺していた、ようだ。
「マルグリット嬢。
生徒会へようこそ。誇りを持って次代を譲ろう」
「その件でございますが」
ようやく全員が腰掛けて、オージエが大仰に言った矢先にシャロンが口を挟んだ。
「私は、世間知らずの石頭。学ぶ以外に取り柄のない、瓶底嬢でございます。それに3年生という幼さ。到底、ヴィルム殿下や会長様の気に入る様には務まりません」
「瓶底嬢」
ヴィルム殿下が復唱して、ぷっと吹き出す。
きっ、と目を剥いたのは、恐れ知らずのキャロラインだ。流石である。
「失敬。マルグリット嬢。私が貴女と会った時には、まだその様な眼鏡ではなくってね。とても綺麗な女の子だと、覚えているよ」
(え?)
「殿下、シャ、マルグリット嬢とはご面識が?」
アンリが顔を上げて割り込む。
「うん。彼女は3歳かな。
王宮に、ご母堂様と。母娘そっくりで覚えていた」
(お母様と……)
「マルグリットは古い王家の遠戚でね。貴女のご母堂様は母と仲が良かった……。
いえ、私が思い出し笑いをしたのはね、その母がこの頃、目が悪くて執務に眼鏡が必要なんだ。
それで、私達が〈トンボ様〉と、からかっているものだから…くっくっ」
誰も笑えない。
王太子妃殿下に何て事を。
会長は肩をすくめて、
「……こんなくだけた方だから。
マルグリット嬢、そう固く考えずにやってみないか?」
と、押してきた。
…くだけたって言うより、お喋りな王子よね…
シャロンはキャロラインの囁きが漏れてないかとひやひやする。
「それだけではございません。
私を登用したい要因の一つに、女生徒だという事がございましょう。しかし、私は社交が苦手。女生徒達とは距離がございます。
高学年であれば、尊重はなされるでしょうがまだ3年生。
人望のない私では、力不足でございます」
「その頭の切れ、我々が必要な人材だと思うが」
……石頭本家のアルバーン……
(キャリー、耳打ちしないで!)
「生徒会は学生の自治を守る組織。交渉折衝に、私の様な」
「それだけ滑らかな口なら大丈夫だよ」
オージエがニコニコ言う。
営業用で。
……腹黒会長…
(もう〜、聞こえちゃうってば!)
包囲網から逃れがたいかと、思ったところに、
「無理はいけないですよ。
こんな小さな女の子に」
王子がシャロンを庇う。
「殿下……?」
「ヴィルムと。
貴女の名前を呼んでも?昔の様に」
「は、あ?」
((何、この人、か、軽い!))
ほぼ同じ言葉を心でシンクロした女子2名である。
「可愛かったなあ。手を繋いで庭を案内したんだよ?キラキラした眼でヴィー様と、幾度も呼んでくれたんだ。
うん。君はお仕事より、もっとお洒落や遊びを覚えた方がいい。また王宮に遊びにおいで、シャロン」
ヴィルム殿下は蕩ける様な微笑みでシャロンを見つめる。
シャロンは、真っ赤になってドギマギする。
「と、いう訳だから、会長、彼女は「お待ち下さい!」」
ガタン!と、立ち上がったのは、フラットだ。
「シャ…彼女が入らないなら、私も遠慮させて頂きます」
ん?と、フラットを見遣る。
先程の様なアワアワした感じは消えて、図書館での出会いの時の様に、冷静な表情だ。
「アンリ。君は私の側近だよ?」
「私も生徒会には興味はありません」
「それはオージエやアルバーンに失礼だね」
「先輩方から学ぶ事は多くあります。殿下を支える立場として今後お付き合いして参ります。ですが」
アンリは、大真面目に言い放った。
「これ程の知識、これ程の才覚、世間知らずの私は出会った事がありません。しかも女性。
こんな小さな愛らしい女性が……
これ程の才媛を逃すような胡乱な生徒会では、私の力は必要ないかと思います!」
「「「「………。」」」」
……何、これ、愛の告白?………
シャロンに聞こえたキャロラインの囁きに、我に返ったシャロンは真っ赤に染まる。
パンパンパン!
何だか上機嫌の王子が手を叩く。
「熱弁ありがとう。流石はアンリだ。
シャロン嬢、アンリが居ないと私は駄目王子なんだ。
アンリの為にも、 入って、くれる?」
と、上目遣いの王子が甘くお願いする。
はっ、となったアルバーンが
「マルグリット嬢。
貴女の優秀さは承知している。
その才能で是非、助けて欲しい」
「ブノアは?」
「……フラットが入らないと困る……」
「だってさ。シャロン嬢
あー、アンリが居ないと困るなあ〜」
ニコニコと王子は迫る。
ニコニコと成り行きをオージエが見ている。
……腹黒な笑顔が2つ……
「く、っ、……わ、わかりました!
入ります!……入りますわーっ!」
両の手に拳を作って、ヤケにヤケたシャロンが叫ぶ。
はあはあ。
羞恥にシャロンは真っ赤な上に涙で潤んでいた。
(何、この人達!)
「そ。良かった。
ねえ、アンリ」
笑っていない笑顔で王子はアンリに声をかけたが、
その言葉に、真顔だったアンリの表情が崩れ、
みるみる赤く染まり、
それでも、嬉しそうに微笑んだのを見て、ヴィルム殿下は本当に、本当に、
あはは!
と、破顔した。
ブックマークありがとうございます!
次も読もうと思って頂けるって、嬉しい。
評価下さった方、ありがとうございます。
次も書くぞ、とエネルギーになります。
さて、アンリが腹黒くないので、もうちょっと頑張って成長して欲しいものです




