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アンリ・フラット 籠絡される

むず痒い

むず痒いよ、アンリくん

シャロンは抱えていた本を一旦床に置いて、顔を上げた。


(うっ)


アンリはもう少しで、手に持った眼鏡を捻り壊す所だった。


顔を上げた少女の瞳は、灰色の瞳を藍色から紫、青、翠、緑にまで複雑に絡んだ色彩の虹彩が覆い、涙でそれらが潤んでいる。


綺麗だ。


「あの、眼鏡を……」

「あ、ああ」

はっ、と、アンリは手のひらを開いて眼鏡を手渡した。


ああ、惜しい。

その瞳をもっと見ていたい。

近眼用の凹レンズは、その目を小さく目立たなくしてしまう。


それでも、覆われた分、珊瑚色の唇や、白磁の肌が際だって、アンリはドキドキしてしまう。


兄弟と育ったアンリがこれ程近距離で女子と向き合う事など、滅多に無かった。それを差し引いても、彼女は衝撃だった。


この子がシャロン。


その情報も、頭が焼ける理由の一つだろう。好敵手と、対抗心を湧かせた相手が、少女。

しかも、

(可愛い……)

庇護欲が湧く。

そんな気持ちを持て余して、はっとその頬に気付いた。


アイツの指の跡が着いている。

叩く音が耳に残った。

熱い苛立ちが喉に昇ってくる。

何なのだ、こんな少女にアイツ!


「あの、シャロン、さん」

「他言無用でお願いします」

「えっ」


シャロンは床の本をもう一度抱えて、

「ご覧になっていたのでしょ?

貴方とはお会いした事がございません。なのに、私のファーストネームをお呼びになるのは、今の話を聞いていたからでしょう」


ああ、流石だ。

何て回転の速い。


「お願いします。後生ですから、黙って見逃して下さいませ」


真っ直ぐな眼が真っ直ぐな声で訴える。


「……私は、先日3年生に転入したアンリ・フラットともうします。シャロンさん、その頬は()()()()()()ので、()()()一緒に保健室へ参りましょう」


「……」


シャロンの願いを聞くとも聞かぬとも、少々脅しとも取れるアンリの言葉である。

アンリは手をつなぐ訳にも行かないので、本を奪った。


「あ」

「さ、参りましょう」

人質となった本を手に、アンリは一歩先を歩いた。





「あらあ、修羅場?」


美魔女がシャロンを見るなり、湿布薬を準備し出した。


「ぶつかったんです」

「指にね」

「オクタビア先生!」

「まさか、そこの少年がやったんじゃないでしょうね」

「違います」


そこ迄一気に会話して、

「そう!」

と、年齢不詳の保健医師は、にっこりした。


「ならいいわ。この子を傷めたら、乙女達が黙っちゃいないわよ、少年」

「アンリ・フラットです。

乙女って、誰ですか」


シャロンは美魔女に向き合って座らさせられる。アンリは所在なげに横に立った。間抜けな事に本を持ったまま。


美魔女はシャロンの左頬に湿布薬を塗ったガーゼを貼った。


「はい、いいわよ。

そう酷くは叩かれなかったようね。跡にはならないと思うわ。でも、眼鏡に当たると痛いのよね」


シャロンの頭を撫でて、

「この間以来じゃないの。

偶にいらっしゃい。お母様の話をしてあげる」

と、優しい声で言った。


「ありがとうございます、是非、今度」


シャロンは柔らかく微笑んで、席を立ち、礼をとる。


トクン


その微笑みを見たアンリの心臓が跳ねる。

(可愛い……)

やや紅潮したまま、目を見開いているアンリを見やって、オクタビアは密かにニヤリとした。


「少年」

「フラットです」

美魔女が立ち上がる。


「こんな状態で学内を歩いたら、目立ってしまうわ。

一時間程、休んで居れば湿布も剥せると思うの。

でもねー、私これから教授会なのよー、で」


オクタビアは入口の札を

〈病人が居ます〉

にして、カーテンを閉めた。


「扉は礼儀上、開けて置くわよ?

シャロン、少年にガードしてもらって座ってなさい。

少年。守りなさい。そして送りなさい。

積もる話でもしてれば、一時間なんてすぐだからね。では!」


そう言って、さっさとカーテンの向こうに消えた。


「先生!あの!」

「は、はい?」


カツカツという靴音が遠のいて、辺りはシン、となる。


ぼう然と立ったままのアンリに、シャロンは


「あの、ごめんなさい。……お座りになりますか?」

と、勧めた。


アンリはまだ赤い顔のまま、オクタビアの椅子に座る。


もじもじする2人は沈黙の後、

「「……あの!」」


同時に声が出て、アンリは更に真っ赤になった。


「名前」「は?」

脊髄反射で反応している。アンリは恥ずかしくてたまらない。


今、自分は、物凄い馬鹿になっている。

自分を制御する事が、こんなにも難しいなんて!


くすっと、小さく笑った少女が、顔を上げて、

「まだ、名乗っておりませんでしたね。

私は、シャロン・アネット・マルグリットと申します」

と、礼をとった。


「アンリ・フラット様

先日来、私が借りたい本のカードで、お名前を拝見しましたわ」


(……!)


その言葉で、完全にアンリは全身が沸騰した。


嬉しくて恥ずかしくて可愛くて、

これは、何だ?



(恋だ)


アンリ・フラット 15歳

初恋であった。




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