アンリ・フラット シャロンを発見する
ざまぁ ざまぁが遠い。
ざまぁしたい病が〜〜〜
必ず行くぞ!
アンリ・フラットが、七月という、おかしな時期に転入したのは訳がある。
第2王子のヴィルム殿下の側近候補として、隣国ナダルカンドに共に留学していたが、この度殿下が帰国し、学園に転入することとなった。
そのため、フラットは一足先に足固めのため、転入したのだ。
何せ、ナダルカンドとエラントでは、教育体系が若干異なる。教科によっては、未履修の内容もある。
先にフラットが把握し、夏の間に殿下に家庭教師をつける。そんな思惑からだった。
「……これも」
アンリが、図書館で、思わずポツリと呟いた言葉を拾ったのは、早朝に勤務している司書1人。
他に誰も居ない空間で、思ったより声が響いた。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ」
かれこれ三日連続で起きた出来事は、偶然とは思えない。
「……私が参考にしたい文献や書物が」
「ええ。確か、エラントの産業の歴史についてお調べでしたね」
「はい。その殆どの貸し出しカードに」
「シャロンとありましたか?」
銀縁眼鏡のひょろっとした司書は、にっこりと返してきた。してやったりの表情で。
「……?」
「シャロンさんは図書館の主ですよ。貴方は確か、転入されたばかりでしたか」
「ええ」
「あの方は、この間まで朝図書館に来ていたんですが、この頃は多忙の様です。あ、でも、週に3回は、放課後来てます」
「どんな生徒ですか」
「どうしてですか?」
穏やかな目の司書は、アンリから貸し出しカードを受け取って、印を押す。
「他人からの知識は予断になります。それに、私は人が自分の居ない所で評価されるのは、面白くありませんね」
「成程」
これは一本取られた。
流石は大人だ。確かにその通り。
「一つだけ。
シャロンはお名前、家名、どちらですか」
「お名前です。大量に借りていくので、何時しかお名前しかカードに書かなくなってしまって」
苦笑しながら、
「貴方はあっという間に、シャロンさんの貸し出し冊数に近づいてしまいそうですね……放課後お顔を出してご覧なさい、本人にお会い出来ると思いますよ」
生憎放課後は、この借りた書物を元に、家でレポートを作っている。
シャロン。どんな奴かな。
アンリは自分が男女共通の名前を持っているため、シャロンは男子生徒だと思い込んでいた。
国史や地理は、エラントに居なかった王子と自分が抜けている領域である。
秋までに、地理や歴史、産業についてレポートをなし、王子の学習に間に合わせたいと、自分でテーマに関連する書物を集めていたのだ。
その、中等部では多分、卒論のある5年生以外、借りることのないような専門誌専門書に、
ことごとく〈シャロン〉の名があった。
王子の為に1年飛び級して留学していたという自尊心に、火がついた。
シャロンと話してみたい。
シャロンを論破してみたい。
そんな事を思いながら、教室へ向かう。
3年生のクラスは、編入の関係から普通クラスとなり、アンリには物足りない。
(一限は幾何学か……今借りた本でも読むかな)
「ご機嫌よう、フラット様。また沢山の本だね」
「ご機嫌よう。早く皆さんに追いつかなくてはならないからね」
「ご謙遜。今日は鍛錬の時間があるけど、私と組んでくれないか」
「勿論だ。ありがとう」
「アンリ様、私の祖父が私の友人を招きたいと言うんだ。貴方もいらしてくれないか、是非ともご招待したい」
「それは嬉しいね、ありがとう」
如才なく、人当たりよく、穏やかに。
周囲に受け入れられ、認められ、そして
敬意を払われる人材となれ。
フラット侯爵が嫡男に申し付けた処世の基本をアンリは忠実に守っていた。
やっぱり、行ってみよう。
アンリは授業が終わって、図書館へ行くことにした。
もしかしたらシャロンに会えるかもしれない。
あの司書なら、目配せで教えてくれるだろう。
「……っ、……せん」
「たの……」
図書館棟への渡り廊下に近づくと、男女の声がした。
「シャロン。君なら大丈夫だよ」
(シャロン!)
アンリは思わず柱に身を隠す。
この角を曲がってしまえば、姿が見える。
そっと覗いて様子を探った。
「無理よ」
「大丈夫」
金髪の背の高い男は、優しい声で小さな女の子の手を握る。
「おやめになって」
「僕たちは婚約しているんだ、恥ずかしがらないで」
痴話喧嘩か、口説いているのか
(こんな所でやらなくてもなあ)
「罪だわ。貴方にとっても、良くない事よ」
「バレやしないよ。僕の字で写せば、先生には分からないよ」
「そんな……貴方の追試でしょ?」
「しっ!静かに」
ん?
イチャついている訳ではなさそうた。……追試と、言ったか?
「なあ、シャロン、頼むよ。俺だって頑張ったんだ。でも、あれじゃ通さないって頑固な先生が」
「期日が迫っているのに、どうして取り掛からなかったの?」
少女は分厚い眼鏡をかけ、本を数冊抱えている。その手を男に握られても、本のせいで振り払う事が出来ないのだ。
(シャロン
えっ
シャロンって、あの、)
……女の子だったのか!
嘘、だろう?
あれだけの書物を
あの小さな女の子が?
アンリは打ちのめされていた。
てっきり上級生のインテリを予想していたのだから。
「避暑の前に、社交が立て込むだろう?僕だって忙しいんだ。行く行く伯爵になる身だからね」
「遊び歩いてお忙しい方の替え玉にはなれません」
バシッ
(あっ!)
男が少女の頬を叩いた。
当たり所のせいで、眼鏡が飛ぶ。
「君はもっと男をたてる女になって欲しいね。とにかく」
男は、そっと叩いた頬を撫でて
「頼んだよ。君の才能は僕にはかけがえがないんだ。いいね?」
そして、優しく甘い顔で
「ごめんね」
と、ストロベリーブロンドにキスを落とした。
男は、話はついたとばかりに、スタスタと渡り廊下を歩いて来る。アンリは今来たかの様に、歩き出した。
すれ違いざまに、男を見る。
ラインは5年生
随分と色男だ。
男は振り返りもせず、教室棟へ曲がっていった。
それを確かめて、アンリは小走りに少女に駆け寄り
「……大丈夫かい?」
と、小声で尋ねた。
足下の眼鏡を拾い少女に渡そうとする。
「……ご親切に」
そう言う少女は、俯いたままだ。
泣いているのだろうか。
眼鏡を持ったまま、思わずアンリは言ってしまう。
「君が、シャロン?」
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