キャロライン 友達を売る
「エルンスト王子も少々心配していてね」
会長が続ける。
「ミリア・ダンブルグ嬢は殿下の婚約者だ。そしてダンブルグ公爵家は、王領を除けば1番の肥沃な平野を領地にもつ重要な領主でもある。
殿下はダンブルグ家を背中に、国の中心となっていく。逆に言えば、ダンブルグ公爵家なしでは、殿下の勢力は脆弱だとも言える」
だから、ミリア嬢が我儘放題になるのよ。お取り巻きだって、ミリアに着いているんじゃない。その身分に頭を垂れてるだけだもの。
キャロラインの言い分を察したらしく、会長は
「だからといって、〈中等部の女主人〉は、無いよね。」
とにっこりする。
この人、ニコニコしてるけど、腹の中は冷静至極。自分のエリアに引き込む技と見た。流石は会長。そして宰相閣下の孫。
それにしても。
ミリア・ダンブルグ公爵令嬢
キャロラインと同年の4年生。16歳になりたて。
美しい銀髪と翡翠の様な瞳
ややつり上がった目尻と薄い唇が
(流石、悪役令嬢!悪いカオーっ)
と、ザビーネがのたまった容貌。
彼女と同じクラスになった1年生時は悲惨だった。
何せ高位貴族とそれ以外では、人間とサル位態度が変わるのだ。
幸か不幸か、キャロラインは貴族でも格下なので無視された。
彼女は、学業も人望も、全く関係ない閉鎖社会を作り上げたのだ。
彼女にとっては、貴族としての振る舞い、お洒落、家、流行りの物、それらを如何に人より自慢できるかが全てらしい。
二年からは学力で別れたので、ビアンカと共に、のびのびと居られた。
それでも女子だけの授業は合同で、耳につく高笑いや、手で覆ってヒソヒソくすくす悪口を交わす連中には、うんざりだけれど。
向こうも、男女身分に関わらず付き合うキャロラインを忌々しく思っている様だ。しかし、向こうの土俵に乗らず、乙女通信などと斜め上に突き進んだキャロラインとビアンカをどうこうすることは、できなかったのだ。
3月までは。
「昨年までは、高等部1年に進学したフィッセル公爵令嬢がいらしたからね。才色兼備で生徒会副会長の彼女が、ダンブルグ嬢にとってブレーキになっていた。さすがに頭が上がらなかったようだね。
でも、この春からは、我が世の春と言うわけだ」
〈中等部の女主人〉の称号は、フィッセル嬢からダンブルグ嬢に移譲された。勝手に自称して。
「我々生徒会は、彼女の考え方が障壁なんだよ。ここは何のために平民にも門戸を開いているのか。
ゆくゆく、国の為に生きる人材を発掘し伸ばすという学園の理念と、貴族社会の秩序だけが全ての彼女達とは、相容れない」
あのー長々喋っているけど、でもね!
キャロラインは、
「エルンスト・デル・エラント殿下が彼女を御する事が一番では?」
と、ざっくり切った。
だって、そうでしょ?
王子で、婚約者でしょ?
オージエは、肩を竦めて首を振る。
「あの二人は、完全に政略だからね。親睦を深める事はあっても、相手を諌めるような親切はしないよ。叱責ととられちゃって、さめざめ泣かれて、詫びて、おしまい」
それは、何と言うか、ウザイ。
「エルンスト殿下も忙しいからね。拗れて手を取られる位なら、と、放置しているね」
まあ、そうだろうなあ。
それでも、妃教育は真面目にやってるらしいし、唯一の自慢である身分故の淑女らしさも磨いているのだから、ゆくゆく王太子妃と飾って置くには、合格という訳かな。
「うん、何を考えているかは分かるよ。
と、言うわけで、女子の揉め事に殿下も生徒会も、手出しは困難なんだ」
何が!
成り行き任せ。乙女通信が動いたから、渡りに舟と、手を出さなかっただけでしょう。
そして、自分達に火の粉が飛んだから、この場を設けたと。でも
「それと、私が生徒会に入る事と、どう繋がるのですか?」
「だって、私は5年生だから、秋に退任するからね」
会長は、まだその笑顔を崩さない。
その割に、両翼の二人が無愛想なんだけど。
「会長は、オリバーが繰り上がるだろう。ブノアも留任してくれると言ってるしね。とすれば、欠員は1名。昨年までフィッセル嬢が上手く回してくれた事を考えると、ここはやはり女生徒がしっくりくる。君は4年生だし、1年間頑張ってくれれば」
「公爵令嬢を抑えて高等部に送り出せる。高等部にはフィッセル嬢がいらっしゃるから、学園は平和だろう、ですか?」
「そうそう。ほら、口だけじゃなく、頭もよく回る。流石だよ」
褒められている気が一切しない。
「私の武器は乙女通信です。生徒会とは相容れないわ」
「資質は完璧だよ?君は人望がある」
「嫌いな人も多いですわよ」
「生徒会から、女子ルールの改革をお願いしたいんだ。楽しいと思わない?読者に思想を浸透させるより、早い上に、組織が守ってくれる」
ふん。
読めてきたわ。
乙女通信は生徒会にとっても、諸刃の刃。抑止力はあるが、悪影響もある。
そのおとつーの代表が生徒会役員となれば、キャロラインは乙女通信から手を引かざるを得ない。
ダンブルグ公爵令嬢には、乙女通信を制御したと言い訳が立つ。
そして、キャロラインが生徒会権限をもてば、公爵令嬢達への抑止力は維持できる。
(現生徒会の一人勝ちじゃない!)
しかも、オリバー・アルバーンは石頭。キャロラインのひらめき重視のやり方とは相容れないはず。
(権威主義だけど、筋が通れば、どんな話にも傾聴する懐はあるんだけどなあ)
筋を通す
筋……
「どうだろう、検討しては貰えないかな」
会長の必殺斜め60度の『小首傾け』
と、笑顔である。
……その手に乗るか!
不本意にも頬が染まったキャロラインは、オリバー・アルバーンに向き合う事にした。
「女生徒が必要なんですね?」
(貴方も?)
確認が自分に対してだと分かり、オリバーは視線を受け止め、
「必要だ」
と、返してきた。
「それは、おとつーメンバーでなくてはなりませんか?」
「……いや」
オリバーは、少し考えて、
「有能な女子生徒であれば。
中等部は高等部と違って、男女比が同じ位なのに、女子が居ないのは不都合が多かった。
君は私と同年だから、1年限りの任期となる。出来れば2年在籍してくれる人材が望ましくはある。
ブノアは今兼任で頑張ってくれているが、5年生の履修を考えると、プラスもう1人、つまり2人欲しい」
と意見を述べた。
成程成程。
オージエとは違って、真面目でお堅いアルバーンとぶつからないけれど、私たちおとつーの意見は聞き入れるであろう有能な女生徒……
いるじゃ〜ん
しかも彼女が生徒会に属すれば、その肩書きが彼女を守ってくれる。
キャロラインはにっこり微笑んで
「でしたら最適な方がいらっしゃいますわ!
私より優秀で、アルバーン様とも分かり合えそうな人材が」
オージエもアルバーンも、およ?という表情で先を待った。
えっへん!
「シャロン・アネット・マルグリット伯爵令嬢を推薦いたしますわ!」
生徒会はよくある生徒による選挙ではありません。
この国は議会制度ではない設定なので。
よって生徒会役員は、後継者を見つけ、教授会に承認を得るやり方を取っています。
生徒が生徒会の人材に不満がある場合は、会長に、会長自身に不満がある場合は教授会に訴える事になります。
なんたって王族の側近発掘が裏の理由ですからね。
王族の意向に逆らう事なんか、そうはありません。




