キャロライン呼び出しをくらう
キャロラインは、勧められた椅子に座らず、立ったまま相手が口を開くのを待っていた。
中等部特別教室棟の一角
中等部生徒会室
「単刀直入に聞く。
ダンブルグ公爵令嬢からの抗議は真実か」
(ふん。生徒会に泣きついた訳ね)
コール&シャロンのスクープ第2弾として、各方面の反応を掲載した。
コールが将来を決めた事に落胆する女子の声
玉の輿を羨ましがる男子の声
そして
シャロンに対する誹謗中傷の出来事
記事の趣旨は最後に述べた。
『私達は誰に対してもこの学園に置いて誹謗中傷は許さない。
乙女通信は乙女の乙女による乙女の幸福を提供する』
「少なくとも、今週号では、公爵令嬢は恥をかかされ不幸だと仰るのだが」
生徒会副会長のオリバー・アルバーンはキャロラインの左前から話しかける。
正面がオージエ。現宰相侯爵の孫。
中等部生徒会会長だ。
左前がイーライ・ブノア。書記と会計を兼任するやり手。
(エルンスト王子は居ない)
王子は生徒会参謀という名誉職で役員待遇にある。本来王家の子弟が在籍する場合は役員になるのが既定路線だが、第一王子は公務が忙しく、学業と両立させるには生徒会は遠慮したいとの要望で折衝案となったそうだ。
国王陛下はお年をめされ、激務には耐え難い。王太子殿下は壮健で男盛り。ほぼ代理で国事行為にあたっている。その分、本来皇太子としての公務の一部を未だ未成年の第一王子が補佐している事は公然の事実だ。
王族貴族が通うこの学園では、生徒会はある意味王族を補佐する官僚を育成する組織である。
役員は、高等部においても生徒会に所属する事が多く、生徒会OBの口利きで、卒業後は宮廷や司法省などに引っ張られる事が多い。
そして、王子が人選し、側近となる場合もある。
言わば、生徒会役員は、将来のエリートなのだ。
「説明を求める。キャロライン・ジュゼッペ外交大使息女」
……二言三言では終わらさせないと察したキャロラインは、椅子に腰掛けた。
父の肩書きを付けなくとも、私は私なのにね。
学園の出来事を貴族社会のルールで測ろうという副会長の思考が見え見えである。
「今週号のどこがダンブルグ公爵令嬢の中傷になるのでしょう。」
「ランチルームのくだりだろうね。
ダンブルグ嬢の主張はこうだ。
『その場で円満に和解したにも関わらず、ちょっとした諍いを大事にして、記事に書き、広めるとは何事か。諍いには必ず両者に原因があるはずだが、記事は完全にマルグリット嬢が被害者であるかの様に表現されている。これは一方的な言葉の暴力である』
だそうだ」
これにはキャロラインも頭が煮えた。
「あの件は、この通信にもある通り、お名前はマルグリット様しか出してはおりません。
マルグリット様に対して、お料理を頭から被せたという暴挙。それに対しては、マルグリット様が家名にかけて抗議なさり、加害とされる令嬢は制服の弁償を行いました。
令嬢のご尊父は、成り行きを聞いて、直ぐにマルグリット家に対して謝罪と弁償、馬1頭の贈り物をなさったそうです。
本来なら、暴力事件として、教師に訴え、生徒指導を要する事件です。
また、お料理が少し冷めていたので大事には至りませんでしたが、もし火傷などの被害をマルグリット様が受ければ、学園を超えて刑事事件となり得ました。
この一件の何処が、加害者のご友人たるダンブルグ公爵令嬢のご不幸となるのでしょう」
そこまで一気に言って、キャロラインは目の前の紅茶をごくごく飲んだ。
「よく回るお口だね」
オージエ生徒会長は、穏やかに受ける。
「記事にした事自体が、ダンブルグ嬢サイドにとって、損失が大きいと言うことだろうね。
高等部にもこの乙女通信は出回っていると聞く。事が知れ渡るダメージが、令嬢が考えていたより大きかったのだろう」
「だからって、生徒会に泣きつくのもおかしな話ではありませんか」
「そうかな?
生徒間のトラブルに対応するのは生徒会の役割だと思うよ。その点においてダンブルグ嬢は正当だ」
アルバーン副会長が続ける。
「彼女の主張は更にこうだ。
『かように、学園生活に影響が大きい乙女通信を放置している生徒会に対しても抗議する。乙女通信は、まさにペンの暴力である』
だ、そうだ」
ほう。あの女にしては、上手く言っている。おそらく公爵家か彼女の家庭教師辺りが入れ知恵、いや、代筆したと言う事だろう。
「成程。
で?生徒会は抗議を受け入れ、私へ処罰を考えていると言う事ですか?」
キャロラインが切り込む。
「処罰されるだけの非を認めると言う事?」
質問を質問で返されるのは苛苛する。
「前回の通信では、ローラン様にもマルグリット様にも、リークした事を詫びました。ですが、記事内容に関しては一切譲ってはおりませんし、謝罪もしておりません。
今回も同じです。
私達乙女通信は、なんら釈明する事も謝罪が必要な事もしていない。むしろ、位を傘に来た暴挙に対する抑止力となり得ます。
公爵令嬢は、そのご身分を鑑みて、お振る舞いに注意なさらねばいけません。マルグリット様に対する一件は、ダンブルグ様の過剰な反応であり、私は生徒会が何と仰っても、訂正するつもりはございません」
キャロラインは、紅茶のおかわりを自分で入れた。あー、腹が立つ!
会長は、
「つまり非はミリア・ダンブルグ公爵令嬢にある。自分のした事を棚に上げて、いちゃもんをつけるな、と、こういう事だね?」
と、ニコニコ言った。
およ?
キャロラインは、会長が面白がっていると感じた。
「ぶっちゃけてしまうとそうです」
「公爵家が怖くない?」
「家名で反撃してまいりましたら、それこそペンで戦いますわ。
エラント国だけがわがジュゼッペ家の居場所でもないですわよ」
長く外国を廻っている父にとっては、懇意にしている国の方が居心地がいいかもしれないわ。
「君の婚約者は、尚書官になったばかりの官僚だろう?」
「イザとなったら破棄でも離縁でもいたしますわ。彼を守り自分の誇りを守るためなら」
「ああ言えば……」
ひたすら記録しているブノアがぼそっと呟く。
「こう言いますわ。
私、本気ですわよ?
傲慢な横紙破りをする方が将来の妃だなんて、不安しかありません。
我が名誉の為なら、この国での立ち位置をも捨てますわ。
記事に書いた振る舞いを生徒会が容認するなら、受けて立ちましょう」
そう啖呵を切って、
(ちょっとやりすぎたかな)
と直ぐに思うのがキャロラインだ。
アルバーンはじっとキャロラインを睨んでいたが、正面の会長は……
パチパチパチ!
拍手をしている。
「うん合格!
この押しの強さ
整合性と論理
身分におもねらない態度
流石だ、流石ですよ、キャロライン・ジュゼッペ嬢」
「はあ?」
「ね!アルバーン、ブノア、良いと言っただろう?合格じゃない?
うんうん、素晴らしいよ」
「あの?」
何が合格?何が良いわけ?
アルバーンは、渋い表情ながら、小さく頷く。ブノアは黙々と記録し続けている。
オージエ生徒会長は
「キャロライン・ジュゼッペ嬢
4年生
君、生徒会に入らない?」
と、翠の目を細めてにっこりした。
………は?
「はあ???」




