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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

マジカルドリーミィローズピンク

 私はピンク髪のヒロインに違いない。

 というのも、私の住むこの街や通う学校は、空も建物も人々もどこかパステルがかった、ふわふわした虚構の中にあるのだ。

 そして今、私達は平穏という名の虚無の中にいる。毎日「聖ドリーム学園中等部」とかいうふざけた名前の中学校に通って、適当な声で鳴く鳥の声を聞き流し、何を学んでいるのかもわからない授業を淡々と受けて、何を目指しているのかもわからない部活に励む、いつも通りの日常を送っている。

 

 こんな眩暈を覚えるような何もなさに耐えられるのは、私がこの世界を正しく認識しているからに他ならない。

 要は、物語が始まっていないのだ。私が主人公の物語が。

 そう気付いたのは、クラスメイトの髪はみんな似たようなグレーがかった茶色だけど、私のそれは赤茶色だと意識し始めたのとほぼ同時だった。

 見渡すと、成績優秀な学級委員の髪は紺色で、大人しい園芸委員は黄土色なのだ。

 おそらく、いずれ鼠か犬みたいな動物と出逢って、この三人でピンクと水色と黄色の髪の何かに変身して敵と戦うことになるに決まっているのだ。その物語が始まるまで私は何日も何日も虚無を繰り返すのだ。それまでは、何を学んでいるのかもわからない授業を受けてテストでひどい点を取り、何を目指しているのかもわからない陸上部で毎日ハードルの上を走り続けるしかないのだ。

 さあ、今日も一日が始まる。いつも通り、やたら若い担任教師が教室に入ってくる。そう思っていたけれど、ふと違いに気付く。


 違ったのは、後ろに見たことのない女の子がいたこと。

 「隣の県から引っ越してきました。花園ももかです!よろしくおねがいしまふっ」

 その子が転校してきたこと。自己紹介で早速思いっきり噛んで、大きい目をぐるぐるさせたこと。

 世界に陽気で呑気なBGMが流れ始めたこと。

 こそこそと何もない空間に向かって喋りかけるような動作をしたこと。

 その子が下の方で結んでいるひっつめ髪が、色褪せた薔薇のような色をしていたこと。



 違う。違うのだ。

 一挙一動がどこかコミカルで、彼女が何かをする度ドサッとかガビーンとかいうまるで聞いたことがない擬音がどこかから鳴り響き、その度にクラスのみんながどっと笑うのだ。

 こんな雰囲気知らない。鈍臭い子が鈍臭く色んなことを失敗するたびに陽気なBGMが流れ、みんなが笑い出す。学級委員のあの子は溜息をついて、園芸委員のあの子は心配そうに、転んだ彼女にハンカチを差し出す。二人とも、そんな顔私に見せてくれなかったじゃない。そんなことしてくれなかったじゃない。

 私にはそんなエピソード、用意されてなかったじゃない。



 そんなことをぐるぐる考えていると急に、花園ももかが声をかけてくる。

 「ええと、あなた大丈夫?」

 「大丈夫って、何が?」

 「なんか顔色、悪いような……」

 あなたのせいだ。そんなこと言えるはずがなくて、視線を宙に泳がせながら答える。

 「あー……。ちょっと、部活のタイム伸び悩んでて、そのこと考えてただけ」

 そう言うと、そっかー頑張ってね、と間延びした声で返されて会話は終了する。別に初対面なんだから、もっと適当に誤魔化せただろうに。

 それに部活のことなんか本当はどうでもいい。陸上部で毎日走り続けたのも、スポーツだけはできる私というキャラ付けのためだったんだから。

 

 私は何なんだろう。あの子の物語に包まれている世界の中で、何でもなくて。何でもないくせに、自分が主役でないことだけは気付いて。



 そう思ったのがいけなかったのかな。



 気付けば私は部活後、一人になった時にいきなり黒い服を着た怪しい男に掴まって、変な薬を振りかけられて、巨大なハードルからメカっぽい手足が生えた姿に変身してしまったのだ!


 「高橋さんに何をしたの!」

 下の方から鈍臭そうな声が聞こえる。

 「イヒヒヒヒ、心の中の悩みをこの『ナヤメール』で増幅させて闇の力と融合させたのデース!この娘はハードルのことで悩んでいたのでハードル怪人になってもらいマシター!人類すべて滅亡させるまで破壊の限りを尽くしてもらいマース!それではごきげんよう!」

 好き勝手言われている。


 ああもういいよ。

 第一話で怪人にされる名有りモブだったんだ、私。

 適当に暴れて適当に倒してもらおう。

 とりあえずここはグラウンドなので、足元にあった三角コーンや石灰入りのライン引きを踏みつける。

 ぱりぱり、ぐちゃぐちゃ。

 こんな簡単に壊れるものだったのか。

 意味もなく頑張ったものも、やり過ごしてきた虚無も、踏みつけただけで壊してしまえるものだったのか。

 サッカーゴールが潰れる。フェンスがひしゃげる。倉庫の屋根がクッキーの生地みたいにふにゃふにゃになる。

 もういい、もういい、もういいよ。

 やたら仰々しい不穏なBGMも今の私にぴったりだ。こんな世界、こんな物語、どうにでもなっちゃえ。壊れちゃえ。何もかも壊れて台無しになっちゃえ。


 そう思って、いつもふわふわとぼやけている空を見上げる。

 そのはずだった。


 空の色まで、違う。

 そう気付いた時にはもう遅かった。





 どこまでも澄み渡る、天国を思わせるような青。

 その中心で弧を描く、空に咲く薔薇。



 鮮やかなピンクのポニーテール。





 「マジカル・ドリーミィ・グランドアッパー!!!」

 息を呑むよりも、目が合うよりも速く、彼女の重いパンチが私の身体に突き刺さる。

 アップテンポのBGMが耳の奥を通り過ぎる。

 周囲が閃光に包まれる。


 私の身体が壊れていく。

 メカの手足が、ハードルが、ぼろぼろに崩れていく。

 私は空中でただの人間の私に戻って、ふわりと浮かべられているようにゆっくりと落ちていく。

 

 土の上に背中から着地して、視界に入るグラウンドの物が嘘みたいに直っていくのをぼんやりと眺めていた。


 「人間に戻せば壊れた物も元通りになるんだ……よかったあ……」

 そんな声が近くから聞こえる。

 ああ、負けたんだ。

 そう思って目を閉じると、急にぐにゃぐにゃと渦のように意識が薄れていく。そっか。私というキャラクターは物語の外にいるから、戦いの記憶なんか、怪人にされたことなんか忘れさせられちゃうんだ。

 やだな。抗うことなんかできないだろうけど、それでも。


 私には名前すら知らせられない「何か」になりたかったな。

 あの子みたいになりたかったな。


 きっとこの願いも忘れちゃうんだろうな。誰にも知られないまま永遠に叶わないんだろうな。それでもいい。

それでもいいけど。

 「ねえ」

 頭を必死に声の方に向けて、開かない目を無理矢理こじ開けて、出ないはずの声を捻り出して。

 私が持てなかったものを持つ彼女に話し掛ける。

 

 気を失う前の、たった一言でいい。

 せめて敗北宣言をさせて。

 これからどんどん色んな敵と戦って、学級委員や園芸委員のあの子達と仲良くなって、感動的な物語をなぞっていくあなたの中に、何にもなれなかった私を残させて。

 




 「あなたの髪、世界一かわいい色だね」





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