霧雨の天使たち 5
翌日、あさみは一時間目の授業が終わると、急にそわそわし始めた。不思議な顔をする美和と美咲に、ちょっと傘を返しに行って来る、とだけ言って教室を出た。なんとなく遷の事を意識している自分の気持ちを確かめるため、まだ二人には詳細は言わなかった。
D組の前に立ち、中の様子を窺う。だが遷の姿は見えなかった。扉の前でうろうろするあさみは、微妙にD組の生徒から注目されている。居心地の悪さを感じながら、もう一度D組を覗こうとしたその時、教室から一人の少女があさみのもとにやってきた。
「ちょっと、用が無いなら向こう行ってくれる? 邪魔なんだけど」
いきなり攻撃体勢に入ってくる少女。脱色したショートカットヘアをしており、なかなか快活でかわいい顔をしている。あさみはかなりムッとしたが、そこを押さえて聞いてみた。
「このクラスに角間君って居るでしょ? 傘を返しに来たんだけど」
「さぁ、居るんじゃないの? 勝手に探したら?」
「……あ、そ」
あさみはブチッと何かが切れかけたが、どこで遷と会うかわからないため、あえて気持ちを無理矢理落ちつけさせた。あさみは一部の女生徒には敵視されていたので、今までも微妙に嫌味を言われる事はあったが、面識が無いのにここまでハッキリ敵対心を顕わにされたのは初めての事だった。
「なんなら傘、私が遷に返してあげてもいいわよ」
遷、と呼び捨てする所で妙に大きな声を出す少女。あさみの不快指数は限りなく百パーセントに近づいていた。
「結構よ! また来るわ」
そう言い捨てて、あさみは踵を返す。ムカムカする気持ちを押さえ、A組に戻って来たあさみは、昨日の下校時から今まであった事を速攻で美和と美咲に伝える。遷とのやりとりの所で美和や美咲は喜んで話を聞いていたが、さきほどの少女との話を聞き、二人ともあさみと同じように怒り出した。
「なにそれ! いきなり失礼な女だよねぇ!」
「性格が捻じ曲がってるわよね。さぞかし顔も捻じ曲がってるんじゃないの?」
嫌味を込めて美和が言ったが、あさみは残念そうに首を振る。
「それがね、そんなにブスじゃないのよ。そこがまた腹立つんだけど」
「でも、そんな性格じゃダメだよねー。もしかして角間くんって人の彼女なのかな?」
何気ない美咲の言葉にあさみの表情が少し曇る。慌てて美和は言った。
「彼女が居たら、そんなに頑張ってまで傘を貸したりしないわよ。きっと大丈夫だから!」
「そうだよあさみちゃん。私達、応援するからね! でも、その女を見てみたいな。まだ傘は返してないんだよね? 次の休み時間に私達も一緒に行っていい?」
あさみはガシッと美和と美咲の手を掴む。
「むしろ、一緒に行って欲しいってお願いしようと思ってたのよ! 言い合いして暴走しそうで怖かったし」
「どんな女か、非常に楽しみだわ……」
美和がフフフ……と低い声で笑う。その様子にあさみと美咲は恐怖した。この三人の中では、あさみがすぐ怒るタイプだったが、カラッとしている。実は敵に回すと一番怖いのは美和だったりした。