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霧雨の天使たち 35

 その夜、四人は学校の事、恋人の事、家族の事など色々と語り合った。最初はそっけなかった照子も、次第に三人の中にに溶け込んでいった。

 気がつくと、すでに十一時を回っている。

「おい、シゲルまだ帰ってこないけど、あんたたちはもう帰りな」

 照子が言った。どうしよう? と三人が顔を見合わせていると、タイミングを計ったように玄関のチャイムが鳴る。ぞろぞろと皆で玄関まで行き、扉を開けると息を切らせて転がり込むようにシゲルが中に入ってきた。

「す、すまん。少し遅れた! …お前ら、まだ居てくれたのか、ありがとうな」

 ぜーぜーと肩を上下させているシゲルの背中を、仕方なく照子がさすった。

「本当に遅いよシゲル。この娘達はもう帰すからな」

 シゲルの背中から手を離した照子は、ポケットの中に手を入れて一万円札を何枚か出した。

「これだけあればタクシーで帰れるだろ」

 ひらひらと札を振って、あさみ達に渡そうとしたが、金額が金額なだけに、素直に受け取る事が出来ない。金に汚いあさみですら、躊躇していた。

「そんなの、受け取れませんよ」

 美和が固辞する。照子は少し顔をしかめた。

「あたしがいいって言ってんだから、受け取れよ」

「いや、そこで受け取るような子たちじゃないだろ」

 シゲルが照子の手からお札をもぎ取り、照子のポケットに強引にしまった。面食らっている照子の顔を、シゲルがじっと見つめた。

「お前、昼間と顔つきが変わったな。今から俺がこいつらを家まで送ってこようかと思うが、お前、もう逃げないよな?」

「……」

 口を尖らせた照子だったが、小さく頷いた。

「よし、じゃあ行くか」

 三人はシゲルに連れられ、外まで出てくる。別れ際、あさみが後ろを振り返った。

「照子さん、近いうちに……りりす先輩に会って話をしてくれる?」

 しばらく黙っていた照子だったが、微笑を浮かべた。その顔が肯定を表しているのだとあさみは判断して、あさみもにっこり笑い返しシゲルの車に乗り込んだ。

 三人が車に乗り込んだのを確認すると、シゲルは助手席と後部座席を眺めた。

「おい、誰から送ればいいんだ」

「美咲の家が門限あるから、美咲から送ってもらえませんか? その後は……」

 美和が言葉を濁す。本来なら自分が一番後になるべきだろうとは思ったが、軽い性格のシゲルの事がいまいち苦手な美和は車内で二人きりになりたくなかった。かと言って、あさみと二人きりにさせるのも心配ではある。特に、ここ数日の間にシゲルはかなりあさみに接近していると美和は捉えていた。

「君、M市だったよな。最初にS市に行くなら、ついでに君の方から回ろう」

 シゲルの方から提案してきたので、美和はそれに従う事にした。車が走り出す。

「あさみ。最後、シゲルさんと二人きりだけど、気をつけてね」

 美和が後部座席から助手席にいたあさみに声をかけた。

「何それ! 縁起でもない事言わないでよ!」

 あさみは、眉をしかめて美和の方を振り返る。

「バカ、どんな心配してるんだ」

 運転しながらシゲルが苦笑いした。そんな美和達の様子を見て、美咲の目がキラリと光る。

「もしかして、美和ちゃんって遷くん派?」

「遷くん派って?」

「あさみちゃんとくっつくのが遷くんの方がいい派?」

 いきなりの美咲の発言に、ごほっ、と助手席のあさみがむせて咳をした。

「あのねぇ、何をいきなり派閥なんか作ってるのよ」

 あきれた美和だったが、美咲はまだまだ食いつく。

「私、どっちもいいと思うんだけど、美和ちゃんが遷くん派なら、私はシゲルさん派になろうかなぁ。どっちが勝つかな?」

「人を勝手に賭けの対象にしないでちょうだい!」

 あさみが真っ赤になって怒っている。だが、美咲はキャハハと面白そうに笑った。

「ね、ね。この際ハッキリしない? あさみちゃんのタイプはどっちなの?」

 爆弾発言を続けざまに言う美咲の口を、美和は思い切り力を込めててのひらで塞いだ。みさきはムグムグとしばらく声を出していたが、やがて諦めておとなしくなる。

 しばらく車内に気まずい沈黙が流れたが、シゲルが茶化すようにしてあさみに話し掛けた。

「んで、俺の事がタイプなの? 好きなら好きっていつでも言えばいいのに」

「んな訳ないでしょ!」

 あさみは間髪入れずに即答した。

「だってさ」

 シゲルが後ろに居る美咲にバックミラー越しに言う。

「ちぇ……」

 美咲は口を尖らせた。

 車はしばらく走りつづけ、やがて美咲の家に到着する。

「ありがとう! シゲルさん、またねー!」

「おう! 遅くまでつきあわせてごめんな」

「面白かったからいいよー!」

 美咲は無邪気に笑ってシゲルに手を振って家に入っていった。

 その後、しばらく車を走らせ、美和の家に到着する。

「送っていただいて有り難うございました」

「ん、今日は無理言ってすまんかったな」

「いえ、おやすみなさい」

 丁寧にお辞儀をして、美和は早々に去っていった。シゲルはアクセルをふかし、再び走り始める。

「俺、遷くん派の美和ちゃんに嫌われてんのかな」

 シゲルの言葉に、あさみは思わず笑ってしまった。

「別に、そこまでは嫌われてないと思うわよ。美和、本気で怒ったら私より怖いし」

 シゲルは苦笑いする。

「まぁ、冗談は置いておいて。本気で遷くんと付き合う気は無いのか?」

「え?」

 あさみは、いきなりの話題に驚く。それを悟られぬよう、組んだ自分の膝をじっと見るふりをして俯いた。シゲルは何かと遷の事をを話題にするが、もしかしたら美和のようにあさみと遷をくっつけたいと考えているのではないか、と思った。何故か少し痛い胸を押さえ、あさみは口を開く。

「遷くんはあんたと違って、とても優しいしカッコイイし……ちょっと嫌なライバルは居るけど、彼氏として申し分無いと思う……」

 あさみの言葉にシゲルが真顔になった事を、下を向いているあさみは気付かなかった。

「私と遷くん、似合うかな? ……きゃっ!」

 いきなり、アクセルが踏み込まれた、速度メーターが急速に針を動かし、ネオンの光が流れ星のように素早く通り去ってゆく。あさみは、重力を感じながら驚いてシゲルを見た。

「ちょっと、いきなり何よ!」

 見上げたシゲルの横顔がネオンの逆光を浴びて綺麗なラインを描いていた。だが、いつもと別人のように鋭い目をしている。そんなシゲルを見てあさみは声を出せなかったが、シゲルの方があさみの視線に気付き、ふたたびいつもの顔付きに戻った。それとともに、車の速度もゆっくりになる。

「んー、ちょっとスピード感を感じてみたくなって」

「何よそれ! 事故られたらたまんないわ! そんなの一人の時にやってよね。まったく……いい加減な奴なんだから」

 やっと落ち着いたあさみが足を組替える。

「俺、そんなにいい加減でもないんだけどな」

 あさみの方を向かず、真面目な顔でぽつりと、シゲルがつぶやいた。あさみはドキッとして、シゲルを見た。瞬間、

「なんちゃってな」

 おどけた顔をシゲルがあさみに向けた。

「シゲルがいい加減な奴じゃない事くらい、わかってるわよ」

 あさみは潤んだ瞳でシゲルに顔を近づけた、一瞬、シゲルに動揺の表情が浮んだが、

「なんちゃって」

 あさみは、そう言ってケラケラと笑った。

「お前にはかなわないな」

 シゲルはハンドルを握りなおし、夜の道路を少し加速して車を走らせた。

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