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霧雨の天使たち 34

 照子、あさみ、美咲、美和は、シゲルの車に乗せられてりりす宅までやってきた。あまり気が進まなかったらしい美和だったが、放っておけないと一緒についてきている。

 悪い、と頭を下げてシゲルはテレビ局に戻っていった。

 照子は玄関の扉の鍵を開け、久し振りに自宅の中へ足を踏み入れた。

「私が出て行った時と全然変わってないね」

 しばらく、玄関ホールを見渡す。黒いレザーにシルバーのアクセサリーでじゃらじゃらと固めた照子と、クラシックな高級屋敷が、ミスマッチだと三人は思った。

「ま、別に監視って程のもんじゃないし、適当に寛いでなよ」

 言いながら、照子はダイニングに行き、冷蔵庫の中をあさった。出てきた缶ジュースを三人に投げてよこす。

「あのさ、シゲルの事なんだけど」

 照子が言いにくそうに切り出した。

「あいつ、ヘラヘラしてていい加減な奴だけど、信用してない人間には身内の頼みごとをしないんだ。あんたたちにこんな無茶を言ったのは、信頼してるからなんだと思う。特にあんたの事」

 そう言って、照子はあさみを見た。え? 私? とあさみは自分で自分を指さす。

「あと、そっちのあんたは怒ってたみたいだけど、許してやってくれないか」

 照子は、今度は美和を見た。

「えぇ……そうなんでしょうね。私もキツイ事言ってしまってごめんなさい。あさみが心配だったから」

 美和は少し俯いて答えた。

「ふふ、照子さんは優しいんだね」

 美咲がはにかんで言った。照子は少し恥ずかしそうに頭をかく。

「そんな事無いよ」

 そう言って、ぷいとあさっての方向を向いてしまった。

「ねぇ、照子さん。あなたも紫龍組に狙われてるんでしょ? 彼氏は私達が探すから、照子さんはここで数日間はじっとしておいた方がいいと思うわよ」

 あさみが、部屋の隅に居る照子に声をかけた。

「でも、見ず知らずのあんたたちに迷惑をかける訳にはいかないよ」

「そんな事無いわよ。もう知り合って、こうやって話をしてるんだし、心配だわ。突っ張ってる癖に変な気を使わないでよ」

 怖そうに見えた照子だが、実はよく喋るという事に気づいたあさみは、やっといつもらしい言葉が出てくるようになった。

「でも、身の危険を晒してまでやる事じゃないだろ」

「ほっといてよ、私がやりたいようにやるだけなんだから」

「喧嘩売ってんのか?」

「そっちが売ってるんでしょ? いくらでも買うわよ」

 やりとりを、美和と美咲がハラハラしながら見ていたが、照子はやがてため息をつくと、クックッと忍び笑いをした。

「あぁ、シゲルがあたしの見張り役にあんたを見たてた意味が何となく判ったよ」

「……どういう意味!」

 あさみはむくれたが、照子は笑いつづけた。

「こんな風に笑ったのって、どれくらいぶりだろうな」

 ふーっと、息をついて、照子は天井を見上げる。

「照子さん、笑ってた方がずっと可愛いよ」

 美咲が言った。

「あんたも、いちいち恥ずかしい事を言うね」

 顔を赤くさせて照子は美咲を見る。

「照子さん、あさみもさっき言っていたけど、本当にしばらくは身を隠した方がいいですよ。鍵も厳重にかけて。いつ、誰に襲われるか分かりませんし」

 美和の言葉に照子は頷いた。

「あぁ。おせっかいな人たちだね、あんたは」

 言葉は憎まれ口だったが、感謝の瞳で三人を見つめる。

「……私にもあんたたちみたいな友達が居たら、こんな風にはなってなかったんだろうな……」

 照子の表情が翳った。

「あんたたち、可愛いから気をつけた方がいい。あたしは……」

 俯いて、照子がぽつりと言う。三人は次の言葉を待った。

「あたしが中学三年の時、夜、塾の帰りに近道を通って家に帰ろうとしたんだ。親からは、暗くて寂しい道だから、そこは通っちゃいけないって言われてたんだけど、ズルをしてね。……竹薮がたくさんある道でね、夜遅い時間に女の子がそんな所を通ったら危ないっていうのは、少し考えれば分かるんだろうけどね、無防備だった、あたし」

 三人は、黙って照子の話を聞いていた。その先が、救いようの無い話だという事が分かっていたが、口を挟めなかった。

「案の定、変な男に竹薮の中にひっぱり込まれて……。それ以来、自暴自棄になって、かなり荒んだ生活を送ったよ。以前、友達だと思ってたヤツも、みるみるうちに離れていった。残ったのは、荒んだあたしでも受け入れてくれる夜の繁華街だけ。高校も行かずに、街のごろつきと喧嘩ばっかりしてた。本当は虚しかったけど、もう以前の純粋なあたしには戻れなかった。その末が殺人と麻薬の片棒担ぎだ。馬鹿みたいな人生だよな」

 照子は、言葉を詰まらせ、そのまま泣き崩れる。

「照子さん……」

 咄嗟にかける言葉が見つからなかった。三人は悲しくて、押しつぶされそうな気持ちになる。

「だから、シゲルさんの帰りが遅くなるって言った時に、ああいう事を言ってくれたんですね……」

 美和は唇を噛んだ。横では、美咲が涙をぽろぽろと零している。

「照子さん、馬鹿みたいな人生じゃないよ。大切な彼氏がいるんでしょ……」

 泣きながら美咲が言ったが、それ以上言葉にならず、ひっくひっくとしゃっくりあげる。それに続いてあさみが言った。

「そうよ、それに照子さんの事を心配してる人も居るわ。りりす先輩、シゲル、それに、私達だって照子さんの事、すごく心配なのよ」

 照子は小さく何度か頷き小さな声で、ありがとう、とつぶやいた。

 しばらく、四人は肩を寄せ合ってただじっと照子の手をぎゅっと握った。

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