霧雨の天使たち 33
その後、シゲルが三人を照子に紹介した。
「りりすが入院した所まで照子には話した。だけど、こいつりりすに会いたがらないんだよ」
シゲルは親指で照子を指差した。
「どうしてですか? りりす先輩、照子さんの事凄く心配してましたよ」
あさみが言ったが、頑なに照子は首を横に振る。
「今さらどの面下げて姉さんに会えるんだ。あたしみたいな社会のゴミなんかと関わったら姉さんは不幸になってしまうよ」
「そんな事ないですよ!」
そう言った美咲を、照子はジッと睨みつけた。
「あたしは殺人の片棒を担いだようなもんだ。麻薬も持ってるし、もう普通の人間とは係わり合いにならない方がいい」
三人娘は息を飲んだ。説明を求めるようにシゲルを見る。シゲルはちらりと照子を見てから咳払いをして、話し始めた。
「こいつの彼氏が紫龍組に入っていたんだが、そいつが以前から組を抜けたいと言っていたらしい。だが、麻薬取引の要だったらしく、なかなか辞めさせてもらえなかった。しかし、彼が麻薬を持ち出して組から逃亡したんだ。組は追っ手を放って彼を追いまわしたが、捕らえる現場で揉めて、彼は相手を殺してしまったらしい。一緒に逃げていた照子に、麻薬と麻薬の取引場所や時間を書いたメモを入れたぬいぐるみを渡し、二手に分かれて逃げたんだ。俺の職場に夜の繁華街に詳しい奴が居て、そいつから情報を得て、俺は今朝照子を補導する事ができたんだが、彼氏の方の消息がまだ不明なんだ」
シゲルが言い終わると、照子は唇をぎゅっと噛みしめてあさみを見た。
「彼の消息が全然判らないんだ。あんた、ぬいぐるみを拾ったんだろう? 一体何て書いてあったんだ?」
「それは……」
「ちょっと待って、あさみ」
言いかけたあさみを、美和が止めた。
「まずはりりす先輩と会ってもらえませんか? それから、あなたの彼を探しましょう」
「でも、こうしている間に彼は捕まっているかも知れないんだ!」
「それを言うんだったら、こうしている間もりりす先輩は心を痛めて体を壊して入院しているんです」
美和はぴしゃりと言う。照子は美和を睨んで黙った。代わりに、あさみが再び口を開く。
「照子さん、自首して下さい。あなたが殺人を犯した訳ではないからその方が罪が軽くなるし。りりす先輩に会って、その後、私と一緒にぬいぐるみを持って警察に行きましょう? あとは警察が彼を捜してくれるはずよ」
「私が捕まるのはいいけど、彼を警察に渡すわけにはいかない……人殺しまでやってるんだ。早々は出て来れないだろう?」
「でも、罪はちゃんと償わなければいけないと思うわ」
美和の言葉に、照子がキッと睨んだ。
「とにかく、彼が見つかるまでは、私は自首する訳にはいかない」
それだけ言うと、照子はだんまりを決めてしまった。そんな照子を、シゲルは溜め息をついて見た。
「……俺もさっきから自首しろって言ってたんだけど、ずっとこうなんだよ」
さじを投げる仕草をして、シゲルが苦笑いした。
「まぁ、一日二日じゃ決心はつかないだろうから、とりあえず家に帰って休めよ。ここ数ヶ月、休息する暇も無かったんだろう? 今なら自宅にはりりすも居ないし、頭を冷やせ」
シゲルが言ったが、照子は黙っている。
「その代わり、しばらく俺もおまえん家に泊まるぞ。見張りだ」
照子を含めた女性全員がギョッとした。
「ちょっと待てよ! なんであたしがあんたと一緒に!」
焦った照子が少々取り乱している。三人娘も次々に言い放った。
「うら若い女性と二人きりで泊まるだなんて!」
「シゲルあんたやっぱり最低の女たらしね!」
「やだぁ! シゲルさんのエッチー!」
口々に言われまくったシゲルは、しどろもどろになってしまった。
「ち、違う! 別に変な意味じゃなくて、照子が逃げ出さないように見張るだけだぞ! っていうか、親戚の兄さんが家に泊まって何が悪いんだ!」
最後は開き直るシゲル。やっと女性達が落ち着いてきた。
「まぁ、また逃げられたら今度は捕まえるのが難しいでしょうけど」
美和が照子をまじまじと見た。照子はチッと舌打ちをする。
「神様に誓って手を出さないでしょうね!」
あさみがシゲルに凄んで見せた。
「出さない。そもそも出す気がさらさら無い! 妹みたいなもんだぞ。犯罪だぞ!」
「いざ手を出そうとしても、シゲルさんよりは照子さんの方が強そうだから大丈夫かもね?」
美咲の失礼な言葉で、とりあえずその場は納まった。
「じゃあ、今から帰るか、と言いたい所だけど仕事があってな」
シゲルは腕にはめていた時計を見ると、席を立ち上がって伝票を手にした。
「ちょっとお前達のうちの誰でもいいから頼まれてくれないか?」
「何よ?」
「俺の仕事が多分夜の十一時頃に終わるんだが、それまで照子の見張りを頼まれてくれないか?」
照子が眉をしかめる。
「十一時? ちょっと夜遅いじゃないか。それから高校生の女の子をひとりで帰らせるつもりか?」
「照子にしちゃ、真面目な言葉だな。あさみとか、無理か?」
シゲルが頼み込むようにあさみを見た。なんとなく断わりきれなかったあさみは、頷いた。
「午前様にならないなら別に、いいけど……」
「ちょっと待って下さいよ」
美和が眉の端を少し上げた。
「この間、電話で言いましたよね。あさみの身の保障はちゃんとするって。それなのに、どうしてこんなお願いするんですか?」
言葉の端に棘がある言い方だった。美和にしては珍しく、苛立っているようだ。そんな美和を見て、シゲルはバツの悪そうな顔をし、ぺこりと美和とあさみに頭を下げた。
「そうだな、すまん。高校生には無理な頼みだったかもな」
「いや、別に謝らなくてもいいけどさ。私も照子さんは心配だし一緒に家まで行くよ」
いつもだったらシゲルよりも美和の味方をしたが、何となくシゲルの力になりたいと思った。美咲もそう思ったのか、提案をしてくる。
「私、パパに車で迎えに来てもらうから、私が照子さんと一緒に居ようか? それとも、あさみちゃんも一緒がいいなら、パパの車であさみちゃんの家まで送っていけばいいし!」
「いや、お前ん家の父さんまで巻き込むわけにはいかないだろ」
シゲルが言うと、照子が顔をしかめながら口を開いた。
「じゃあ、その女の子たちに見張りに来て貰うよ。ちょっと面白そうな子達だしね。帰りはあたしがタクシー代を持つ。それでいいね?」
「そういう訳には」
「いいんだよ! あたしの見張りだろ!」
照子は鋭い眼差しでシゲルを睨んだ。そして、興味のある風にあさみを見た。だが正直あさみは照子が怖くて目を逸らしてしまう。
「帰りたくなったらいつでも帰るといいよ、無理強いはしない」
そう言って照子はひと足先に店を出た。慌てて四人もそれを追っていった。
店を出る直前、シゲルはあさみの腕をぐっと掴んだ。予想していなかったので、あさみは少しよろけてしまう。
「あのな、あさみ。無理だったら遠慮なく断わっていいんだぞ。お前はハッキリした性格っぽいし嫌なら断わると思ってたから……」
シゲルがうつむいて言った。顔が影になり、表情が見えなかったが、真剣さは伝わってきた。
「バーカ。あんたのためじゃなくて照子さんのためよ」
それだけ言うと、あさみはシゲルの手を振り解いて外に駆けて行った。そんなあさみの姿を、シゲルはじっと見つめた。




