霧雨の天使たち 31
「チョコパフェとソーダ水とラザニア」
「ラザニアー!?」
シゲルの声が店にこだまする。ウエイターは注文を取ると、シゲルの方をチラチラと見て奥に入っていった。
「ちょっと、そんな大声出してみっともないわよ」
「お前なぁ、何で三時のおやつにラザニアなんか食うんだよ。しかも俺の財布事情を全然判ってないだろ」
「食べたいから食べるのよ。私の勝手でしょ。それくらいでガタガタ言うなんて陰険で包容力の無い人ね」
さらりとあさみが言ってのけた。本当は食べきる自信が無かったが、少しシゲルを困らせてやりたかった。
「そんなに食ってばっかりいるとデブになるぞ」
「失礼ね!」
相変わらずの応酬をしつつも二人は一息ついた後、窓の外を眺めながら、シゲルが独り言のように話し始める。
「以前からりりすの事が心配だったけど、入院とはなぁ……」
シゲルの顔が曇っている。横顔のラインをよく見ると、整って綺麗だった。いつか、あさみがりりすの顔を見て誰かに似ていると思ったが、シゲルだったようだ。
「……誰のせいだと思ってんのよ」
「え? 何か言ったか?」
ぼそりとあさみが呟いたが、シゲルには聞こえなかったらしく聞き返して来る。
「シゲルってさ、りりす先輩にはやたらと優しいのね」
あさみは、イライラしながら全然別の話題を振ってみた。
「何? お前もしかして妬きもちやいてるの?」
「そんな訳ないでしょ!」
あさみはプイとそっぽを向く。そんなあさみを微笑んで見ていたシゲルはポケットに手を突っ込んでまさぐったが、はたと何か気づいて手を引っ込めた。
「どうしたの?」
「いや、タバコ吸いかけた。そういえばお前高校生だっけ」
「別にそんなの気にしなくてもいいのに」
「そういう訳にはいかんだろ」
言いながら、シゲルは足を組んだ。
「あぁ、こんな感じなんだよ。気の使い方の違い。りりすへの気の使い方とお前への気の使い方」
急にシゲルの表情が大人っぽくなったようにあさみには思えた。
「りりすは、昔から弱いの知ってるから、無茶苦茶気ィ使うんだ。いや、別に気ィ使うから嫌だとかそんなんじゃなくて、それが自然になってるんだけど。でもお前相手だとなんか妙に自然体で接するからタバコ平気で吸おうとしたりするんだよな」
「それって女として見てないって事よね」
あさみは、むすっとしながら足を組んだ。
「やっぱりお子様だなぁ。気を使わずに自然にいられる相手ってのは大人になるとなかなか居ないもんだぞ。それに、あさみに対しての気の使い方とりりすに対する気の使い方は全然違うベクトルなんだよ」
言い終えて、シゲルはニヤリと笑いを浮かべた。
「やべ、俺何を沢山語ってんだろ。あいつの影響かな」
あいつ、が遷だという事をあさみは知らない。
「そういえば、ワニから出てきたヤツどうした?」
「そのまましまって家に置いてあるわ。物騒だから一秒でも早く処分したい気もするけど、りりす先輩に照子さんを会わせてあげたいから」
あさみは軽く肩をすくめたが、シゲルは笑ったりしなかった。
「なぁ、俺、昨日は警察に連絡するなって言ったけど、やっぱり怖いなら一緒に警察まで今から付いていこうか?」
意外なシゲルの言葉にあさみは少々驚いた。
「え、別にいいわよ。いつかは持っていくつもりだけど、まだ大丈夫だから」
「そうか、ごめんな。今夜か明日には、何か情報が入ると思うんだが」
シゲルは軽く歯軋りした。謝るシゲルなど見るとは思っていなかったので、あさみはどぎまぎしている。
「どうしたの、今のシゲルちょっと変。なんか妙に優しくて気持ち悪い」
「悪かったな」
いつもとは逆に、シゲルがそっぽを向いた。しばらく妙な沈黙があり、そわそわしたあさみは喉が乾いていないのにソーダ水を何度も飲む。口の中で膨らんではじけるのと同じく、胸の中でもいくつもの想いが膨らんでははじけていく気がした。
「……今夜か明日、ってあんたさっき言ったわよね。照子さんに関して何かの情報があったの?」
「んー、まぁな」
先ほど、病室でりりすに言ったように、核心には触れずにさらりとかわした。
「気になるじゃない。一体なんなの?」
「内緒」
「ケチ!」
あさみが膨れっ面になると、シゲルはやっといつもの笑顔に戻った。
「いいから気にしないで、お子ちゃまはミルクでも飲んでお家で寝てろ」
「なんですってー!」
二人はまたいつものテンションに戻り、小競り合いを始める。しばらくして、殆どシゲルが食べさせられたラザニアの皿を机に置いて二人は喫茶店を出た。病院の総合待合室までやってくると、丁度エレベーターを降りてきた美和と勉と鉢合わせをした。
「あら、あさみ。ごめんね、待たせちゃった?」
「ううん、今シゲルと喫茶店行ってたから」
美和は、シゲルを意味深にじっと見た。シゲルは涼しい顔をしている。
「じゃあ、帰りましょうか」
美和に促され、あさみはシゲルの元から離れようとした時、シゲルがあさみを呼びとめた。
「おいヨレヨレ、遷くんと付き合う事になったら俺に教えてくれよ」
「はぁ?」
あさみは、真顔で眉をしかめた。いきなりの事で訳が分からなかったが、美和はポンとあさみの肩を叩くと、シゲルに向かって意地悪に微笑んだ。
「心配なら予約札でも貼ったらどうですか?」
「何言ってんだか」
大げさにおどけた顔を見せると、シゲルは背中を向け、手を振って病院を出ていった。
「ちょっと、今の会話は何なのよ」
「いいからいいから、さ、昨日は遅かったし今日こそは早く帰りましょう」
「あ、待ってよ!」
きびきびと歩いて行く美和の後をあさみが追っていった。




