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霧雨の天使たち 29

 小さな花束を握り締め、美和とあさみはりりすの入院しているM病院の八五三号室の扉を叩いた。どうぞ、と、りりすの弱々しい声が聞こえてきた。二人は少し緊張しながら中に入っていった。

「あれ、卯野さんじゃないか」

 中には既に先客が居た。美和の入っているオーケストラ部部長の兵藤勉だ。りりすの彼氏でもある。りりすも美しい顔をしているが、勉も同じように整った顔をしていた。密かに女子生徒達の憧れの的になったりもしているらしい。

「ごめんなさい、お邪魔でしたか?」

 美和が言ったが、二人とも首を振った。

「そんな事無いわよ、それよりも、わざわざ訪ねてきてくれてありがとう」

 りりすの笑顔は脆くて壊れそうだった。そんなりりすを見て、あさみまで苦しい気分になってくる。

 しばらく、四人でとりとめのない雑談をしていた。どうやらりりすは心労からくるストレス性の胃潰瘍だったらしく、手術しなくとも薬で治療できる程度の症状だったようだ。

 和やかな雰囲気の中、突如ノックの音がした。りりすがどうぞ、と答えると、赤いスタジャンを着た人物が入ってきた。

「げっ!」

 思わずあさみが叫んでしまい、慌てて口を押さえた。そんなあさみの存在にシゲルが気付く。

「あれ、お前らも来てたのか。どこにでも現れるな。ゴキブリみてぇ」

 開口一番のシゲルの言葉がそれだった。

「何ですって! 自分の方がゴキブリみたいなしぶとい生命力してるくせに!」

「あなた達! 病室でゴキブリゴキブリ言うんじゃないの!」

 美和がぴしゃりと言ってのけると、あさみとシゲルはシュンと黙った。

 一方のりりすは、ただ黙ってシゲルを見ていた。そんなりりすの様子をみて、勉は何かを悟ったようだ。

「りりす、入院してるって聞いたから慌てて来てみたけど、大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫……」

 シゲルはベットに近寄ると、備え付けの台にあさみと美和の持ってきたブーケのの二倍くらいはありそうな花束を置いた。

「ある意味病院の方が安心だから、この際ゆっくり休めよ」

 りりすに優しく声をかけてから、シゲルは勉を見た。

「えっと、おたくは……」

「兵藤勉といいます。りりすさんの……」

 そこまで言って、勉は言葉を濁した。横から、りりすが付け足す。

「私の、彼よ」

 勉とあさみ、美和は少しホッとした表情になった。それに気付かないシゲルは、そうか、とにこやかに笑った。

「俺はりりすの従兄の露木だ。りりすは少し弱いが、いい子だからこれからも助けてやってくれ」

「はい」

 それだけ言うと、勉は少し苦しそうな表情になる。

「りりす、僕、ちょっと屋上の空気を吸ってくる。また後で来るよ」

 そう言って、勉はシゲルに一礼して病室を出て行った。それを見ていた美和が、そわそわし出す。

「あさみ、私も屋上に行ってくるわ」

 美和も、パタパタと音を立てて病室を出て行った。

「何だよ、皆慌ただしいな」

 シゲルは病室の入口を見ながら言った。あんたのせいだとあさみは言いたかったが、我慢する。

「照子は……見つかりそう?」

 りりすが蒼白い顔でシゲルに問い掛けた。シゲルはうーん、と唸ってから、首を振った。

「いや、まぁ、そのうち何とかなりそうだから、とにかく今は心配しないでいろ」

 珍しくはっきりしない態度を取るシゲルを少し怪しく思いながら、あさみは壁にもたれかかって腕を組んだ。少し、うつむいてから、無理して笑顔を作ってりりすに言う。

「私、お邪魔ですよね? 親戚同士つもる話もあるだろうし、私も出ていきますね」

「いえ、別に……」

 顔を少し赤くさせてりりすが言おうとしたが、シゲルの言葉が遮った。

「何、変な気ィ使ってんだよ。っていうか、よく考えたら俺もお邪魔だよな。りりすはゆっくり休んで早く病気を治してくれよ。な」

 シゲルはそう言うと、りりすのおでこをポンと軽く叩いて病室の扉のノブに手をかけた。そんなシゲルの背中を、りりすが寂しそうに見つめている。

「シゲル、また来てくれる?」

「おう、また来る!」

 振り向き、ニカッと笑ってシゲルが手を上げた。

「ほれ、行くぞヨレヨレ」

「ヨレヨレって呼ぶなって何度言わせるの!」

 あさみとシゲルはコントのような会話をしながら、りりすの病室を出て行った。病院の総合待合室までやってくると、シゲルは周りを見渡した。

「ん? 今日はポニーテールと少年は居ないのか?」

「美咲も遷くんもここには居ないわよ。美和は屋上に居るみたいだけど、込み入った話をしてそうだから、私は行けないかな。……って、私、今から行く場所ないじゃない! 変なタイミングで病室から引っ張り出さないでよ!」

 思い出したように怒り出すあさみ。

 ふーん、と言い、シゲルはポケットをごそごそして財布を取り出して中を確認した。

「何? お小遣いくれるの?」

「馬鹿かお前。一人分くらいだったら茶くらい奢れるから、ちょっと寄ってくか?」

 そう言って、シゲルは病院の斜め前にある古い喫茶店を指差した。

「昨日の電話で何か怒らせたみたいだし、機嫌取りで」

「一言多いのよアンタは!」

 言いながらも、あさみはずんずんと病院を出て、喫茶店の中に入っていった。

 シゲルは苦笑いしながら後を追ってゆく。

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