霧雨の天使たち 19
翌日、表面上はいつもとは何も変わらない三人は昼休み前、雄一と遷を誘ってお昼を食べに行こうとしていたところ、突然校内放送が流れた。あさみと遷の名指しで、職員室に呼び出しをされている。
「え? なんで私が呼び出される訳?」
あさみは訳がわからない。
「遷くんも一緒という事は、異性不純交遊か何かなんじゃないのぉ?」
「美咲、からかわないでよ!」
あさみは赤くなって、職員室に向かおうとする。興味深々の美咲は、あさみの袖を引っ張った。
「ちょっと待ってあさみちゃん。私、古典の先生に渡すプリントがあったから一緒に職員室まで行くよ」
「美咲……立ち聞きしたいんでしょ」
一応、つっこんでみた美和だったが、自分も机をごそごそして、一緒にプリントを持って立ち上がる。
「私も化学の課題を提出しに行こうかしら」
かくして、三人揃って職員室に向かう事になった。
職員室に入ると、遷は既に来ていた。学年主任と遷が並び、その横に見た事のない、背広を来た二十代中頃くらいの男が立っていた。
「君が一ノ瀬さん?」
優しそうな笑顔を浮かべて話す男へあさみが近づいていった。
「僕はO府警の猪飼平と申します。君達、一昨日の夜に起こったU町の事件現場を目撃していますよね? 少し聞きたい事があるので、署まで任意同行を願いたいんですが」
内心、あさみは舌を巻いた。自分達はずっと現場に残っていた訳でもないのに、警察は二日でここまで捜査の手を伸ばしてきているようだ。
「いいですけど、今からですか?」
「いや、本日の授業が終わってからで結構です。署の車で迎えにあがりますので」
簡単に待ち合わせ時間と場所を決めると、あさみと遷は職員室から解放された。
廊下に出たあさみと遷は、しばらく黙ったまま歩きつづけ、先生の目が届かないところまで歩いてゆく。廊下の端まできて、やっとお互いの顔を見て、ほっと一息つく。
「いきなり呼び出しで、しかも警察だなんて名乗るからびっくりしたわ」
「俺も焦ったよ。ま、後ろ暗い事は何もないんだけどね」
遷が背伸びストレッチをして肩をほぐしている。
「放課後は一緒に警察署デートね。よろしく」
イタズラっぽくあさみが笑った。遷も微笑む。
「こんなデート、なかなか経験できないね」
何となくいい雰囲気になったが、廊下を息をきらせて走ってきた人物に一瞬にして台無しにされてしまう。
「遷! 呼び出しは何だったの?」
あさみは、ゲッという顔をして駆けてきた人物――井谷那子を見た。
「ちょっと、あんた遷を何をしたのよ!」
出会い頭から、那子はあさみに食ってかかる。
「別に、何もされてないよ」
遷のフォローを那子は無視してあさみを睨んだ。
「遷を誘惑したと思ったら、二人で呼び出しされるような事までして……いかがわしい!」
「いかがわしい? 那子、あんた一体何を想像してるわけ? あんたの方がおかしいわよ!」
あさみは目を剥いて那子に応戦した。どうも何か誤解されているらしい。
「しらばっくれないで! 何人の男の子と寝たら気が済むわけ?」
「はぁ?」
あさみは怒りのあまりに言葉を失う。確かに沢山の男子に告白されたりプレゼントはされたが、必要以上の関係になった事などは一度も無かった。どんな言葉を返してやろうかと、あさみが必死に考えてみたが、頭に血がのぼってしまい、思考がマヒしている。そんなあさみを見た那子は、図星だと思ったのか、どんどん罵ってきた。
「あんた、金品貰って寝てんだよねぇ? 売春みたいで汚らわしい」
ぱん!
「いい加減にしろよ」
遷の手のひらが那子の頬に当り、高い音を立てた。
「叩くのはいけないと思うけど、お前、こうでもしないと話を聞かないだろ」
無表情そうに見えるが、遷の瞳は明らかに怒りの色が浮んでいる。叩かれた那子は、信じられないというような目をして遷を見ていた。
「あさみさんに言っていい事と悪い事があるだろう?」
遷は決して怒鳴りはしない。だが、静かに低く喋る声は怒鳴る以上に迫力があった。
「で、でも。遷は騙されてるのよ」
明らかに怯えながらも、那子は上目づかいに遷を見た。
「騙してなんかいない。それに、もし騙されていたとしてもそれでいい」
真剣な瞳の遷の言葉を聞くと、那子はぐっと唇をかみしめた。うつむいて、あさみを押しのけると、その場から走り去っていこうとしたが、職員室から出てきて、事の成り行きを呆然と見ていた美和と美咲にぶつかってしまった。キッと那子は二人を睨んで、改めて廊下の反対の端へかけていった。
「えっと……揉めてるみたいだったから助けに入ろうとしたんだけど……」
静寂の中、おずおずと美咲が言ったが、その後が続かなかった。美和も気まずい顔をしている。
「あの、遷くん……」
しばらく間を置いて、あさみは遷に目を向けた。遷も気まずい顔をしていたが、無理に笑い顔を作って見せた。
「はは、女の子叩いちゃったよ。また先生に呼び出し食らうかな?」
おどけようとする遷を、あさみはからかわなかった。
「私のせいで、ごめん」
そんなあさみの表情を見て、遷は真面目な表情に戻る。
「いいよ、気にしないで。この場であった事、全部忘れていいから。じゃあ、また後でね」
そう言って優しく笑うと、遷はポケットに手を突っ込んで、ゆっくりと歩いていった。




